第28話 新歓本番②
「以上で部活動発表第一部が終了しました。ただいまより第二部準備の為、十分間の休憩を設けます。時間までに各自戻ってくるようにして下さい。繰り返します」
真面目モードの真先輩の声が繰り返しスピーカーから響いてくる。私の頭は真っ白だった。
細く開いたクリアファイル。その中でCDだけが真っ二つに割れて、いや割られていた。クリアパッケージに何もなくて中身のCDだけ自然に割れるなんて考えにくい。一体、誰が――
「律葉ー、生徒会の方行かなくていいの?」
芹那の声にハッと意識が元に戻る。休憩時間に入って体育館は照明が戻り音楽も止んでいた。お手洗いに行く人、その場で座ってお喋りをはじめる人、二部の発表に向けて最終打ち合わせをする人。
「うん、行ってくるね」
「頑張ってね~」
真紀の言葉を聞き終えるよりも先にその場を離れる。
今は犯人捜しをしている場合じゃない。この後の茶道部の部活発表をどう乗り切るかが問題だ。
今から新しいCDを調達している暇はない。スマホで動画サイトから適当な音楽を探しても、映像と違和感なく合う音楽を探すのは難しいだろう。
だったら音楽の方を映像に合わせればいい。
「内沢先輩、すみません茶室の鍵をお借りできませんか?」
「あるけど、ちょっと待ってね」
若草色のキーケースから鍵を外そうとしながら内沢先輩は「どうしたの急に茶室の鍵が必要だなんて」と尋ねてきた。それもそうだろう、急に部室の鍵を渡せと言われたら何かあったと思うに決まっている。
「すみません、訳は後で話すので。発表前にこんなこと言っちゃってごめんなさい」
発表者である内沢先輩にCDのことを話すことはできない。混乱させてしまうだろうし、何より石山先輩にもそれが伝わってしまうことは必須だ。
「ありがとうございます。すぐ返すので」
二部発表者が集まっている体育館脇には担当の生徒会メンバーもちらほら集まっていた。でも先輩に頼んだらきっと何事かと説明を求められるだろうし。
「柊、今いい?」
「いいけど、どうしたの?」
振り返った柊に小さな声で話しかける。
「もし私が間に合わなかったら料理部と茶道部の案内しておいてくれない?」
「それはいいけど、どうかした?」
「ちょっと緊急事態があって。うまくはぐらかしておいて!ごめんよろしくっ」
それだけ言って私は体育館を飛び出した。
「あっ、おい、どこ行くの」柊の慌てる声にごめん、内心謝りつつも走り出す。目的の場所までかなり距離がある。下駄箱に寄っている余裕はなかった。上履きのまま外へ出て最短ルートを走る。
茶道部の発表はBGMがなくてもなんとかなる。多少、内沢先輩と石山先輩を戸惑わせてしまうだろうけど演出にさほど問題はない。
けど、BGMの件は石山先輩が提案して自分で探してきてくれたものだ。ここで音楽がなし、となったら石山先輩の提案を本番直前で潰したことになってしまう。それだけはしたくない。
自分でもできることを探して、何とか見つけて、勇気を出して提案してくれたものを潰すなんてことは絶対にしたくなかった。
だとすれば私にできることは一つだけ。
「この学園、広すぎでしょッ」
入学初日から思っていることがついに口を突いて出た。ここまで学校の敷地が広い意味って何?理科室が多い理由も、体育館が二個あってそれとは別に室内プールがあって、新体操部や柔道部や剣道部にはそれぞれ独立してる建物があって、寮もあって発表会用のコンサートホールまで完備されている。
これだから、金持ちはッ。浪費が趣味の金持ちどもはッ。このヤロ~~~~!!!やっぱり金持ちなんか大っ嫌いだッ!!!!負の感情をエンジンにして必死に脚を動かす。短距離は得意だけど長距離は大っ嫌いだ。くっそ、なんで部活動発表会の休憩時間に私だけこんなに必死で走ってるのか。
茶室に着いた頃にはもう息が上がりかけていた。借りた鍵でお邪魔して靴を脱ぎ捨て茶道部の普段使っている部屋へ。
「あっ、あった!!」
目的の物は床板の上で微動だにせずに鎮座していた。道具袋も一緒に持ち出して茶室に鍵をかける。スマホで時間を確認すればもう十分間の休憩が終わる時間になっていた。
急がなくては。来た道を戻る途中でスマホに着信があったけれど出ている暇はなかった。多分真先輩とかその辺りだろうか。うわ~、新入生歓迎会が終わったらお説教かな。嫌だなぁ、歓迎される立場なのにどうして説教されなきゃいけないんだろう。
体育館に到着するころにはもう第二部ははじまっていた。中に光が入らないように、ギリギリで開いた扉から体を横にして体育館に入る。ステージ前を横切ることもできないので外周をぐるりと回って壁に這う様に移動する。
発表は天文部まで順番が回っていた。ということは料理部が待機場所への移動のタイミングだ。
「おい律葉、何しに行ってたんだ!」
舞台裏へと続く扉からこっそり上がろうとしたところで司先輩に首根っこを掴まれた。私がいないことはもう生徒会メンバー全員が知っているらしい。
「すみません、三味線取りに行ってました」
舞台裏へと続く階段の扉の前には司先輩が待機していた。柊が料理部の人たちを先導する背中が見えた。
「は?三味線??」
「はい、三味線です」
「何に使うんだよそれ」
「茶道部のBGMに使います。生演奏で音楽合わせます」
合う音楽がないのなら即興で合う音楽を作ってしまえばいい。
「なんでそうなったか、事情は後で聞く。できるんだな?」
「できます。あとそうだ、マイク貸してもらえませんか」
料理部の人たちの発表が聞こえてくる。よかった、柊が上手いことやってくれたみたいだ。
「わかった。あー、俺です、司です。律葉見つけました。舞台裏入れます」
トランシーバーでそう伝えると司先輩は扉を開けてくれた。
「使用予定だったコンポの脇に司会用の予備マイクが置いてある。動作確認はしてあるからそれ使え」
「ありがとうございます」
ここまで抱えてきた三味線と道具袋の中身を確認する。部活動見学で私が触って以来、飾られたままになっていたのだろう。チューニングの必要はなさそうだ。
コンポの横にマイクはあった。卓上スタンドもあったので拝借する。
「こっちです。予行練習通りにやれば大丈夫ですよ」
柊の声が聞こえてきて緞帳の裏に隠れる。内沢先輩と石山先輩が柊の後に続いてやって来た。
「あの、東雲さんはどうしたんですか?練習では担当の人がサポートしてくれるって」
「律葉は別の案件でちょっと出張ってまして、心配しないでください完璧にサポートしますから練習通りにお願いします」
その言葉に石山先輩は何か言いたげな表情ながらも口を噤んだ。「大丈夫よ花梨、緊張しないで」と内沢先輩が隣で励ます様子を陰から見て石山先輩にも謝りたくなる。心配かけてごめんなさい、全部が無事終わったらちゃんと理由を話すので。
「料理部の皆さんありがとうございました!」
司会の真先輩の声に体育館は拍手に包まれる。プロジェクターの映像が切れている間に、登壇者の交代とマイクの受け渡し。その間にマイクを卓上スタンドにセットする。正座をしたときのお腹の高さにくるようにして、三味線を構える。
真先輩が私を見た。一瞬、驚いたように瞳を開いたかと思えば悪戯を思いついた少年のように少しだけ口角を釣り上げた。
「続いて茶道部の発表です。宜しくお願いします」
プロジェクターに映像が映し出される。これまでと打って変わって、静観で情緒的な世界観に体育館の雰囲気ががらりと変わった。
私のすることは出しゃばらずに映像に合う音楽を演奏して、登壇者の二人を喋りやすくする、それだけ。そう言い聞かせて、背筋を伸ばして撥を握った。
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