第27話 新歓本番①

「律葉ちゃん、こっちこっち」


 手招きされる方へ向かえば、生徒の待機列は既に首席番号順の列は乱れてグループ同士で集まっていた。

遠目で担任である千石先生の表情を確認するけれど、何か言い出しそうな雰囲気はない。寧ろ何か言いたげな学年主任の先生を宥めているようにも見えた。

 五限の開始時間ぴったりに開会式がはじまった。開会の挨拶に真先輩が登壇すると体育館は忽ち静寂に包まれた。


「これより、百花院学園高等部新入生歓迎会を開始します」


 顔つきは真面目そのもの、入学式での生徒代表挨拶時と同じ空気になる。真先輩が前に立つと圧を感じる。苦しくはないけれどこの人の言葉は正しい、従った方がいいとそう思わせる何かがある。

 特に真紀といったら真剣なまなざしで壇上を見つめていた。真先輩のファンは真紀だけじゃない、男子生徒にも真先輩に憧れている人はぽつぽつといる。人柄や人望に憧れているんだろう。

 そんな人たちがもしうっかり生徒会室での真先輩の本当の姿を見たらどう思うんだろう。少なくとも真紀には何が何でも見せてはいけないという使命感が沸いてくる。この子の純粋な夢は私が守らなくては。


「改めてたった一度の高校生活、青春をこの百花院学園で過ごすと決意してくれたことを嬉しく思う。入学おめでとう、そしてこの学園へ入学してくれてありがとう」


 歯の浮くようなセリフは恥ずかしがったら負け。徹底的に、利き手に突っかからせる隙のない演技で押し切るのが王道だ。


「青春を謳歌して欲しい、百花院学園で過ごす三年間を唯一無二の価値あるものにして欲しい。今日はその為の歓迎会だ」


 体育館は完全に真先輩の独壇場と化していた。


「一年生には是非楽しんでもらいたい。二年、三年、準備はいいかー」


 マイクを握り出さんばかりの勢いで真先輩は叫んだ。後方にいる二、三年生から歓声と拍手が上がる。


「聞こえないなぁ……準備はいいかぁ!」

「「「うぉぉぉおおッ」」」


 歓声と拍手が鳴り響く。これまでの固い空気が一気に変わった。体感的にはイベントの野外ステージにいるような感覚だ。否応なしに期待が膨らませられる。

ちらりと壁際に集まる先生たちを見れば固い表情をしている人もいた。そういえば行事ごとは何かと教師陣と対立しがちだ、みたいなことを桜子先輩が言って言っていたっけ。

 ちなみに千石先生は不適な笑みを浮かべたかと思えばすぐさま真面目な表情を取り繕っていた。先生の性格からして高校生のこういうノリには寛容なタイプなんだろう。


「それではただ今より部活動発表を行います!ここからは百花院学園が誇る部活動の紹介です。みんな、大いに盛り上がって楽しんでいって!」


 一斉に照明が落ちた。わかっていても動揺してしまう。けれどそれは不気味な動揺じゃない。いうなれば、ジェットコースターの最高地点に向かう時のような、次に何が来るかなんとなく予想できるけれどワクワクしてしまう動揺だ。


「それではトップバッターのダンス部、どうぞ!」


 華やかな音楽とともにチアガール姿のダンス部員が一斉にステージへ上がる。予行練習と同じ段取りで、予行練習以上の盛り上がりだ。

 ダンスのリズムに合わせた手拍子がどこからかはじまって、すぐに会場全体に伝播する。手拍子に合わせてポンポンが宙に舞い、脚が高らかに挙げられる。


「こんにちはー、ダンス部ですッ」


 部長の挨拶に歓声が飛ぶ。流れる音楽に負けないくらいの声量で部活説明の音声が聞こえてくる。それは最後まで止むことなく、退場の際には一際大きな歓声と拍手が上がった。

 予行練習通り掴みは上々だ。そのままサッカー部、バスケ部、と運動部が次々と続く。お笑い芸人のネタをベースにした漫才やアイドルミュージックを野太い声で合唱したり体育館の熱気はうなぎ登りで高まっていく。

 一部の後半になる頃にはもうライブ会場さながらの雰囲気になっていた。新入生だけじゃない、在校生である二、三年生も部活に入るわけでもないのに純粋に発表を楽しみにしている気配がある。

 ここまで盛り上がるものなのか。改めて関心していた。どこの部活もクオリティが高い。みんながみんな表に立って前に出ることに慣れているわけじゃないのだろうに、自信を持って堂々と挑んでいる。

 そして、その舞台の裏には生徒会がいる。各部活と出し物から考えて綿密なセッティングを行い、全体の構成を考えながら動いていた先輩たちがいる。そのことに改めて関心していた。

 生徒会に入るのは成績の為。優良特別待遇生徒として、このお金持ち学校にタダで通う為。そのメンツの為。そのはずだった。けれど今は、少し、ほんの少しだけこの舞台を作って、この学園生活の根底を作ろうとしている人たちと一緒に何かしたい。という気持ちが芽生えてきていた。

 体育館の中はもう列なんてあってないようなものだった。学年の境界線も曖昧になりつつある。舞台に知り合いが出れば野次が飛び、ギャグが出れば笑い声が上がる。


「芹那ちゃんと真紀ちゃん、あっち行っちゃってるね」


 いつの間にか私と志乃、芹那と真紀で別れていた。ここまでもみくちゃになっていれば仕方ない。


「今やっている陸上部の発表が終わったら合流しよっか」

「うん」


 二部になったらこの場を離れきゃないけないから志乃を一人にさせるのは心苦しい。バレー部の発表が終わった。芹那と真紀の元へ行く為に失礼ながらも人の波を掻い潜ろうとした時、小脇に挟んでいたクリアファイルがないことに気づいた。


「律葉ちゃん、どうしたの?」

「いや、ちょっと」


 咄嗟にそう答えた。ステージへのスポットライトを頼りに目を凝らす。どこかに落とした?だとしたらこの辺りのハズだ。列が乱れたとしても歩き回った訳じゃない。


「何かあったの?」


 心配そうな表情の志乃に嘘をつくのはなんだか申し訳なかった。


「実はファイルをなくしちゃったみたいで」

「えっ」

「一緒に探してもらってもいい?」

「当たり前だよ。さっきまで持ってたよね?落としたってことはこの辺だよね」


 ここに来るまでずっと持っていたからなくしたとしてもこの体育館には必ずあるはずだ。膝をつけて床を探す。そこそこの大きさもあるのに落としてなくすなんてことあるのだろうか?

 周りの歓声がまた大きくなった。「いいぞー」なんて野次が飛んで誰かの脚がお腹にあたる。盛り上がるのはいいけど、これ盛り上がりすぎじゃない?


「あっ、律葉ちゃんあれじゃない?」


 志乃の指さした方向、A組の列から外れた壁までの何もないスペースにファイルがぽつんと落ちていた。落とした拍子に蹴られでもしたのだろうか。すっと列から離れて足早にクリアファイルを取って戻ってくる。


「あってよかったね」

「うん、見つけてくれてありがと。芹那と真紀のところに行こう」


 一部は今出ている部活で終了だ。その後十分休憩に入って二部へ突入。

 暗がりの中、こっそりファイルの中身を確認する。大事はないと思うけど一応。それにしても落としたらその場で気づくと思うんだけどな。いくら盛り上がっているといってもあそこまで蹴って床の上をつるつる滑って都合よく止まる、なんてことあるものなのだろうか。

 まぁ実際あったってことはあるんだろう。


「えっ?」


 ファイルを開いて確認する。資料は全て揃っている。その中で透明パッケージに入ったCDだけが真っ二つに割れていた。

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