第25話 新歓予行練習②
サッカー部の発表は今年はやったお笑い芸人のネタをリフティングしながらやり切る、というもので最後の「どうも、ありがとうございました」で高く蹴り上げたサッカーボールをキャッチした瞬間には大きな拍手と歓声が鳴り響いた。
バスケ部、バレー部、ソフトテニス部、陸上部、野球部、などなど運動部の発表が続く。どこの部も部活の説明をしながらも一年生の気を惹こうと様々な趣向を凝らしている。特に野球部が某女性アイドルグループの可愛い曲を野太い声で熱唱している絵面はいい意味で見ごたえがあった。
感心する反面、内心焦っていた。ここまでクオリティが高く、かつ盛り上げることに特化した発表内容だとは思っていなかったからだ。
「百花院の部活動紹介って、毎年こんな感じなの?」
「俺もちゃんと見るのは初めてだけど、例年通りって感じだと思う」
「ボンボン学校って思われがちだけど中身は普通の高校生だし、割と厳しい家で育った人こそこういう学校行事ではっちゃけてる気がする」
もっと大人しいと思っていたけれど、反動が原因か。見ているだけで楽しい、テーマパークの出し物を見ているような気分になる。
だからこそ、焦る。私の作ったあの映像で勝負できるのか。
運動部と文化部、そんな分け方はあまりしたくないけれどうしたって所属する人の傾向からある程度タイプの分類はできてしまう。
もしかしたらいるかもしれないけれど、運動神経抜群で勉強もそこそこできるようなクラスイチの人気者、先生にもタメ口で話せるような人が茶道部ってことはほぼないだろう。
こういう華やかで、わかりやすく盛り上がる場と文化部、特に茶道部のようなタイプの部活動は相性が圧倒的なまでに悪すぎる。
バスケ部の十連シュートが決まってまた拍手が起こる。一部の最後が男子バスケ部だ。「熱き信念を持った者の入部、待ってるぞ!!」暑苦しい決め台詞にドッと笑いが起こる。こういうのは恥ずかしがらずに大胆にやった方がいい。そういうことができる人が運動部には多い。
盛り上がる歓声を脇目にステージの裏方へ移動する。暗くて埃っぽい体育館のステージ裏はいかにも裏方の場所、という雰囲気があってなんか好きだ。
「これにて一部を終了します。二部は十分後に開始予定ですのでそれまでに各自持ち場に戻って下さい。二部のスタートは吹奏楽部だ、準備入って」
前半はステージ用の声、後半はリハーサル用の声だった。もう今から新しく出来ることはない、私がすべきことは発表が上手くいくようにお手伝いをするだけだ。
後半のトップバッターが吹奏楽部なのは椅子と楽器の移動に時間がかかってしまうからだ。担当の桜子先輩はストップウォッチを片手に吹奏楽部の準備に指示を飛ばしている。
「あ~、緊張してきた。一個前の天文部が発表している間に裏に回ればいいのよね?」
「そうです。案内は私が担当するのでそれまではリラックスして待っていて下さい」
柳田先輩は緊張している、と言いつつも表情は明るいし一緒に登壇する料理部の人たちと「大丈夫かな?」なんて言い合えているから大丈夫だ。それよりも問題は。
「も~花梨ったら緊張しいなんだから」
「す、すみません」
「謝らなくていいのよ、落ち着いて。ね?」
石山先輩を宥める内沢先輩もどこか落ち着かない様子で何度も自分の手を擦ったり握り返したりしている。これでは緊張を解いて、と言ったところで他人からも緊張しているように満見られている、と意識してしまい逆効果だろう。そもそも緊張したくて緊張している人なんてほぼいない。
「大丈夫ですよ、緊張したままでも」
石山先輩は不思議そうな表情を浮かべた。
「茶道部のアピールポイントは真面目さとか和風っぽさとかそういうものですよね?だったら変にテンション高くして盛り上げようとしなくていいんですよ」
妙にテンションを上げたり馴れ馴れしくしたり、下手にズレたことをするとそれは観客にも伝わって微妙な空気になってしまう。
「だったら緊張したままの方がアピールしたいものとはマッチしているはずです。固くてもいいんですよ、勤勉で真面目でそういうのでもいいんです。そこに魅力を感じて入部してくれた人がいたら、その人は絶対に茶道部と相性いいですから」
「そうね、私たちらしいアピールをしよう」
「はい」
石山先輩の表情にいくらか覇気が戻った。よかった、このまま上手くいってくれればいいけど。
「そろそろ二部がはじまります。私が案内するまでここで一緒に発表を観ましょう」
吹奏楽部の準備が整いつつある。もうすぐ十分間の休憩終了だ。
「吹奏楽部、準備いい?」
壇上に戻ってきた真先輩が桜子先輩に目配せするのがこちらからでも見えた。
「よし、じゃあ始めよう。お待たせしました!後半戦の二部を開始します。後半のトップバッターは吹奏楽部です。吹奏楽部の皆さん、お願いします!」
やや間があってそれから、音が炸裂した。トロンボーンやホルンやトランペットが楽しげなリズムで左右に揺れている。演奏のない奏者が頭上で手を叩くのでその手拍子は自然と私たちの体に馴染んできて不思議と手を叩いてしまう。
体育館が一気に吹奏楽部の空気になる。いつしか激しいメロディから幼子を寝かしつけるようなゆったりとした曲に変わった。曲にあわせて手拍子も止む。どこかで聞いたことのある曲、これは、小さな世界だ。トライアングルの瞬く星のような音色が響く度キラキラとした光に包まれているような気持ちになる。
シャボン玉が弾けるようにまた音楽が楽しいものになって、吹奏楽部を宣伝する声がマイクに乗って聞こえてきた。
「経験者も未経験者も入部お待ちしております!」
その声に合わせるように全ての楽器が音を揃えて発表をバンっと締めくくった。どこからともなく拍手が広がる。
吹奏楽部の部員たちは凄い速さで楽器と椅子を撤収させていく様子を見て、これがリハーサルであることを思い出させられた。
二部もまさかこのテンションだなんて。想定外だった。文化部メインの二部だから一部ほど派手でなく、穏やかな発表になると睨んでいたけどそうはいかないらしい。
それから続く部活の発表はどれもクオリティが高いものばかりだった。マンガ研究部は自分たちの描いた漫画に合わせてアフレコをしながらの発表だったりどれも趣向が凝らされている。
「料理部のみなさん、移動です」
スマホの灯りを頼りに料理部のメンバーを待機場所へと誘導する。舞台上の袖、灯りは目安程度にぽつぽつと置かれているだけで全員の表情は見えない。
料理部の発表には初めから映像に音楽が合わせられていたので私がするのは誘導だけだ。
「みなさんが所定の位置に着いたら、生徒会長の『それでは料理部の皆さん、お願いします』という声に続いて映像が流れます。あとは映像に合わせて打ち合わせ通りに喋ってください」
料理部の発表はホームビデオ風に撮った映像がメインだ。手作り感があり料理部の持つアットホーム感を伝えるためにも完璧らしさを追求する必要はない。どこか抜けているのも愛嬌に変換できるから。
一つ前の天文部の発表が終わって拍手が響く。
「マイクは天文部の方から受け取ってくださいね」
「よし、じゃあ行こうか」
内田先輩の後にエプロン姿の料理部員が続いていく。
真先輩が反対側の舞台袖からこちらを見ている。所定の位置に着いたのを確認してから頭の上で大きく丸を作った。
「それでは料理部の皆さん、お願いします!」
映像が流れ始める。本当はちゃんと確認したいけれど、次の茶道部の誘導と補助をしなくては。目を凝らしながら内沢先輩と石山先輩へ急ぐ。
「こちらです、段差気を付けてください」
薄暗いにも関わらず二人とも着物姿だ。歩きにくいことこの上ないだろう。足元を照らしながら舞台裏まで誘導する。
「映像が流れるのは二人が所定の位置についてからなので焦らないでください。BGMはここにあるコンポから流します。私が再生スイッチを押しますからお二人はナレーションに集中してくださいね」
横目で料理部の発表を確認しながら説明する。放課後にお菓子作りをする高校生らしさを全面に打ち出した映像が流れていた。
プロジェクターに映し出される映像は全て一台のPCにまとめてある。操作は司会役の真先輩が反対側の舞台袖で行う仕組みだ。
「なにから何までありがとうね」
内沢先輩は人の目を見てお礼や感謝の言葉を口にできる人だ。大切なことだと思うけど、受ける側としてはちょっとだけ気恥ずかしい。
「その言葉は全部が終わってから聞かせてくださいよ。そろそろ出番です」
料理部の人たちが反対の舞台裏にはけていく。私はコンポの前に移動して二人が壇上に立った。マイクの受け渡しを確認してからオッケーサインを真先輩に送る。
「次は茶道部の発表です。茶道部の皆さんお願いします」
パッと映像が映し出される。映像を挟むように上手に内沢先輩が、下手に石山先輩が背筋を伸ばして凛とした表情のまま立っている。
お抹茶と茶菓子の映像が映し出されて、ピタリと止まったところで少しの間。さっきまで発表していた料理部の楽しげな雰囲気は一瞬にして消えた。
カコン、と気高い鹿威しの音。コンポの再生ボタンを押せば緩やかなBGMが流れ出す。合わせるように内沢先輩が喋りだす。
「初めまして、百花院学園高等部で活動をしている茶道部です。本日は皆さまを茶道の世界へご案内するべく登壇させていただきました」
柔らかいけど深みのある声。場の空気がガラリと変わる。映像は問題なく流れているみたいだ、それにGBMも映像とこの上なくマッチしていて真面目だけど固すぎない、品の良い空間を作り出せている。
よかった、石山先輩がこの音源を見つけてきてくれて。和楽器を使ったGBMがあるのとないのでは全然違うだろう。
「活動日は火曜日と木曜日の週に二日間。放課後に美味しいお抹茶とお茶菓子をご用意してお待ちしております」
最後のセリフは石山先輩だ。映像の終わりに合わせてBGMもフェードアウトさせる。
水を打ったように体育館は静まって、それから一斉に拍手が響いた。
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