第24話 新歓予行練習①

「マイクテスト、マイクテスト。律葉、柊、問題なく聞こえている?」


 壇上、マイクを片手に喋る真先輩に見えるように頭の上で丸を作る。二階席を確認すればそっちで仕事をしていた柊も私と同じように丸を作っていた。


「オッケーありがとう。持ち場の仕事が終わったら担当している部活の最終チェックして」


 水曜日の放課後、今日は生徒会室ではなく第一体育館に集合していた。新入生歓迎会の部活動発表リハーサルだ。

 続々と各部活の発表メンバーが集まってくる。ユニフォームに着替えた運動部の人たちはそれぞれの競技の道具を持っていて、ちょっとしたイベントみたいな雰囲気だ。

 そこと比べてしまうとどうして、文化部の人たちの影は薄く見えてしまう。


「料理部ってここでいいのかな?」


 柳田先輩は制服の上からピンク色のエプロンを身に着けていた。


「はい、ここに並らんでいてください。全員、揃ってますね」


 料理部は柳田先輩を含めて四人が登壇する手筈になっている。全員エプロンを着用して、プロジェクターにこれまでの料理の写真を投影しつつナレーションをあてていく段取りだ。私が担当していることと発表方法がほとんど一緒で使用機材が同じことから、料理部と茶道部の順番は前後にしてある。


「ごめんね、遅れちゃったかな?」


 着物では走れないので早歩きで内沢先輩と石山先輩がこちらにやって来る。

 一度しかないリハーサル。本番と近い雰囲気で行う為に原則、ユニフォームでの参加となっていて二人とも見学会と同じ着物を着ていた。


「いえ、これからなんで大丈夫ですよ。待機列は家庭科部の隣です」


 発表順に並んでもらうと改めて百花院学園にこれだけの部活動があるのかと実感させられる。


「あ、そうだ石山先輩、CDありがとうございました。映像に合いそうないい感じです」


 昨日の昼休みに石山先輩はわざわざ一年A組にまでBGM用の音楽を持ってきてくれた。三味線と琴と笛が奏でるいかにも茶道部らしいく上品な音楽だった。


「本当?よかったぁ」


 石山先輩の顔から力が抜けてほっとした表情になる。よかった、仕事がないことを負い目に感じたまま当日を迎えさせるようなことをしなくて。

 本格的に人が揃ってきた。先生がいるわけでもないので自然と賑やかな雰囲気が広がっていく。


「なぁおい、今年サッカー部ヤバイらしいぜ」「ダンス部も相当派手だって聞いてるよ」「なんかネタ練習してるとこ見たんだけど、あれどこの部だっけ?」「え~、どこだっけ?でもすごい面白そうだった!」「軽音はHT3が演るんでしょ、楽しみ!」


 こうしてイベントのリハーサルの時点で盛り上がっている姿を見ると、どれだけ有名なお坊ちゃん・お嬢様学校といえど中身は普通の高校生だと思い知る。

 そろそろ時間だ。桜子先輩たちはステージのすぐ下に居たのでそちらへ向かう。ほどなくして壇上にいる真先輩が喋りだした。


「それでは定刻になりましたのでリハーサルを開始します」


 その一言だけで体育館はスン、と静まり返る。すごい、中学校で全校集会をする時なんて何度も何度も「静かにしてください」と言わなければいけなかったのにたった一言でこの場を治めてしまった。生徒会長という肩書だけじゃない、真先輩の人望がそうせていた。


「新入生歓迎会はあくまで、今年は入った一年生にこの学園の説明と、そして楽しい学園生活を送る上でどのような楽しみがあるか知ってもらう為の会だ。だからメインは新入生である一年生、俺たち二・三年生が楽しんで盛り上がって一年生を置いていく、なんてことがないように」


 そこで真先輩の真面目な顔つきがフッと緩んだ。


「でもまぁ、こっちもある程度楽しんでないと一年生に楽しさは伝わらないだろうから、節度は守りつつ盛り上げていこう」

「どこの部も優秀な部員を獲得できるように。そして、この学園の生徒全員が素晴らしい青春を送れるように、俺たち生徒会は全力でサポートさせてもらうから」

「よっ、さすが生徒会長!」


 男子バスケ部の部長らしき人が手でメガホンを作って真先輩に激励を飛ばす。「はいはいわかったから」壇上の真先輩は笑顔で対応していて、隣にいる桜子先輩は肩をすくめていた。


「じゃあ生徒会長の会式宣言、学園長挨拶が終わって部活動発表の第一部のスタートから入ろう。全体は一年生の整列ラインまで下がって。発表順一番のダンス部はステージに、二番目の男子サッカー部は待機場所に」


 真先輩の指示で全体が一斉に動き出す。自分の担当する部活以外はなにをするか知らされていない。真先輩からは極力、生徒会の仕事はしないで一年生なんだから発表の方を見ておくようにと言われていた。

 部活動発表は全体を一部と二部に分けている。単純に時間が長いことと、器具や機材の移動を間で行う為だ。料理部と茶道部は二部の後半、柊の担当している部活は料理部の前で連番している。


「いいのかな、みんな仕事しているのにここで休んでて」


 眼下では桜子先輩と司先輩とマリア先輩が忙しそうに話しては走り回っている。先輩が仕事をしているのにそれを眺めているのはどうにも落ち着かない。


「当日も発表も観とけって言われるんだから大丈夫だよ」


 二階の客席、今は私たち以外誰もいないから広すぎる特等席から一階の壇上とステージエリアを見渡す。


「観れるのはありがたいんだけどさ、もし生徒会に入ったら部活との両立は厳しくないの?」

「いや、相当厳しいと思う。中等部に比べて忙しいなら絶対に無理。姉ちゃんとかは上手い具合にやってるみたいだけど、休まず練習に参加しないといけない運動部系はまず無理だと思う」

「やっぱりそうだよねぇ」


 危険防止の柵に顎を乗せながらリハーサルの開始を待つ。こうして並んでみると柊は意外と大きい。いや、私からしてみたら大抵の人は大きいんだけど。

生徒会室にいる時は基本的に背が曲がっているけど、今は他の生徒の目もあるからか、ちゃんと背筋が伸びている。


「入りたい部活あったの?」

「そういうわけじゃないんだけど、部活入るのも悪いもんじゃないのかなぁって」


 次の瞬間、照明が落ちた。窓ガラスには既に遮光カーテンが引いてあるから体育館は忽ち暗闇に包まれる。


「一年生のみんな、お待たせしました!」


 パッとスポットライトに照らし出されたのはマイクを持った真先輩だった。声がワントーン高い。場の空気を引っ張り上げるようなパワーのある声を出してる。


「ここからは百花院学園が誇る部活動の紹介です。みんな、大いに盛り上がって楽しんでいって!」


 入学式で祝辞を述べていた時と全く同じ人が同じ制服を着ているのに別人のように見える。まるでバラエティの司会者のようにハイテンションで流暢だ。


「それではトップバッターはダンス部、どうぞ!!」


 真先輩が上げていた手を振り下げるのと同時に爆音のBGMがかかった。アップテンポな英語の曲、確か有名なスクールドラマの曲だった気がする。チアガールの衣装に身を包んでポニーテルで統一したダンス部員たちが一斉にステージへ駆け上がって来た。それだけで一気に会場のボルテージは上がる。

 女子の運動部担当はマリア先輩だ。この前、発表順を決める時に司先輩とかなり白熱した口論(後半は司先輩へのディスでメンタルを殺しに行っていた)でダンス部発表順一位をもぎ取っていたけれど……これは正解だと思う。

 盛り上がり方が半端じゃない。圧倒的な華を持っているダンス部をトップバッターに持ってくることで新歓の雰囲気を一発で明るく・楽しいものだと思わせる。

ステージで音楽に合わせてポンポンを振って、飛んだり跳ねたりしている姿には笑顔がとても似合っているし発表待ちの在校生もアイドルのライブ会場に来たファンのような顔つきになっている。


「あたしたちダンス部は部活の応援や発表会に向けて日々練習しています!活動日は月・水・金の週3だから勉強との両立も可能な部活です」


 部長と思しき人がダンスの列から抜けてマイク片手にアナウンスをはじめる。声は明るくハツラツとしていて聞いているだけで元気になりそうだ。


「新入生も部活入ってないよ~っていう在校生も、入部まってまーす」


最後は部員全員で「「「まってまーす」」」と声を合わせたところで終了した。


「以上、ダンス部の発表でした!」


真先輩がそう締めるとどこからともなく拍手が沸き起こる。会場のライトがまた落ちた。さぁ、次は男子サッカー部の発表だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る