第23話 意地とエゴ

 平日の朝の急ぐような喧騒のない、静かで穏やかな土曜日の朝。

 天候は晴れのち曇り、絶好のピクニック日和だ。

 私の部屋からだと遠くに校舎が見える。朝の透き通っていて眩しい日差しが降り注ぐ校舎は年季が入っていることもあり神々しさを覚えるくらいだ。


「さて、はじめよ」


 寮の自室、朝ごはんは食堂で食べてきた。カフェラテの準備もオッケー、イヤホンを繋いだパソコンを起動する。

 今日はお籠り日だ。何としても明日までに動画サイトにアップする用の実況動画2本と茶道部の映像を仕上げなければいけない。

 ミルク多めのカフェラテを一口飲んでから、まずは茶道部の動画作成に取り掛かる。

 活動日である木曜日の内に映像は撮れるだけ撮ってきた。下手な加工や派手で特別なことは何もしなくていい、茶道部の持っている魅力を最大限まで引き出すことが重要だ。

 目を惹きつつも程よい厳かさと凛とした雰囲気を醸し出せるものにしたい。目指すのはプロモーションビデオだ。

 最初は肝心だ。映像は濃いお抹茶の色一面からはじめる。これは並べたお茶と茶菓子のお茶をドアップで撮ったもので、ここからカメラが上へ引いて畳の上に置かれたお茶と茶菓子がど真ん中にくるようにする。

 その速度が難しい。早すぎてはインパクトに欠けるし、遅すぎては飽きる。音はなくていい。お茶がフレームのど真ん中に来たところで停止。間をあけてから鹿威しの効果音を入れる。

 と、思っていたけれどその編集が難しいのなんの。普段から動画編集をしているからと完全に舐めていた。ゲーム実況の編集と実際に物を撮った動画の編集は勝手が違いすぎる。鹿威しの音源を探して音を張り付けるだけもかなり時間がかかってしまった。

 着物を着た茶道部部員が茶碗を三回回して口元に運ぶ動作から引きで全体を映して、茶道の風景を一目でわかるようにする。そこに繋げて整えるまでで午前が終わってしまった。

 どうしよう、自分で思っていたより難しいし編集がめんどくさい。お昼ご飯後は休憩がてらにゲーム実況の方の動画を編集する。茶道部の動画編集の合間にゲーム実況の動画編集して息抜きした気になっている現実は客観視するとしんどくなるので無視しておく。

 動画サイトで編集の参考になりそうなものを探して、真似てみようとしては技術的に難しくて……ということの繰り返し。こんなことなら撮影の段階でもっと色々考えて何パターンも撮らせてもらえばよかった。

 こうして映像をつくる側になると、普段は何気なく見ていた世の中のCMや電子公告がどうすれば見てもらえるか、どのようにして目を惹くか、上手く魅せる工夫はどんな要素か、どれだけ考えられて作られているのか実感する。

 結果、丸一日かけて土曜のうちに終わらせられたのは茶道部の動画の前半三十秒とゲーム実況の動画一本分だけだった。

 翌日の日曜日もほぼ同じルーティンで映像制作をし、25時には何とか終わらせることができた。


「それじゃあ、再生しますね」


 火曜日、放課後になるのと同時に茶道部の活動場所である茶室にお邪魔していた。まだ部活がはじまるまで時間があるから内沢先輩も石山先輩も制服のままだ。

土日の大半を裂いて作成した動画をパソコンで再生する。

 私なりに茶道部の持っている魅力を引き出したものにしたつもりだけど、反応はどうだろうか?何か癇に障るようなことはしていないだろうか。

 動画の最後に百花院学園高等部茶道部、と楷書の文字で表示される。一分ぴったりの動画が終わった。二人揃って顔を上げる。


「すごい、スマホで撮影したとは思えないわ」


 ぱちぱちと控えめな拍手とともに内沢先輩は褒めてくれた。石山先輩も隣で頷いている。よかった、とりあえず合格ラインの物は作れたみたいだ。


「こんなのが作れるなんて、何かやってるんですか?」

「え?あぁ、いやぁ~、特別これってことは何も。最近はスマホとパソコンさえあれば大体の物は作れますよ。センスとか配色は難しいですけどね」


 危ない危ない、うっかり普段から動画編集をやっているからと口を滑らせるところだった。褒められてすぐ調子に乗るのは悪い癖だ。正座のまま今一度姿勢を正す。


「ではプロジェクターに投影する動画はこれでいきましょう」

「あとはこれに合わせてナレーションで勧誘をいれればいいわね」

「質問なのですが」


 石山先輩は小さく手を挙げた。


「BGMはつけていないんですか?」


 鹿威しなどの効果音はつけたけれど、常に流れているBGMはつけないことにした。ギリギリまでつけるか迷ったけれど、いい音源を選んで時間ぴったりに張り付ける作業まで到達できなかった。それに、


「あってもいい気はしたんですけど、ない方が映像に集中できるかなと思いまして」


 その方が効果音を浮き彫りにできるしナレーションの邪魔をしないで済む。


「ちょっと寂しい感じがするのよね。今のままでも十分素敵なんだけど」

「あの、BGM探し私がやります」

「え?」

「新歓の発表担当私なのに、ここまでまかせっきりだから何かしたいんです。ダメ、ですか?」


 石山先輩の表情には責任感と焦りが混じった色が滲んでいた。


「ダメだなんてそんな」


 ここでようやく気付いた。茶道部の発表は茶道部のものだ。良いものにしようとして私が出しゃばり過ぎてはいけない。していいのは手伝う、というレベルまでだ。


「だけど今から動画に合わせるとなると」


 音源を持ってくるのに早くても一日はかかるだろう。だけど予行練習は明日だ。


「CD等で音源を持ってくるので、プロジェクターで映像を流してBGMはCD再生機で流すということはできないでしょうか?」

「それなら、いけますね。それでいきましょう」


 かなりアナログなやり方だけどそれなら難しいことは何もない。


「じゃあ流れとしては内沢先輩と石山先輩が登壇して映像に合わせてナレーションをし、映像とBGMの再生などの機械の調節は私が担当する、ということで宜しいですか?」

「私は問題ないわ。花梨はどう?」

「それでお願いします。それじゃあ、この動画にあうナレーション原稿を作って明日のリハーサルでやってみますね」

「はい、そうしましょう。ナレーションは最初の鹿威しの音が入ってからなので、四十秒強にまとめてください。備品使用申請書にCDと機材は書き加えておきますので」


 今日できる打ち合わせはここまで。そろそろ部活がはじまる時間だからいつまでも長居してもお邪魔になってしまうこともあって早々に茶室を出る。

 内沢先輩が玄関先までお見送りについてきてくれた。


「東雲さん、色々ありがとね」

「そんな、お礼なら全部終わってからにしてくださいよ」


 本音半分、建前半分の言葉を内沢先輩は優しく却下してきた。


「ううん、今伝えておきたいの」

「え?あ、こちらこそ?」

「その顔、ピンと来てないわね?」


 改まってお礼を言われるほどのことをした覚えがない。だってこれは仕事で、良いものを作りたいという原動力の六割くらいは私の意地とエゴだ。


「花梨、自分なりにどうにかしようとしてかなり頑張っていたから、BGM選びっていう仕事があってある意味ホッとしていると思う」


 内沢先輩は授業参観で緊張している我が子を見守るような目をしていた。春の柔らかな風が私と内沢先輩の間をすり抜けていく。

 文化部は運動部に比べて派手じゃない。笑顔と汗がきらめて、時には涙を流して、それでも仲間と共に青春の一ページを刻んでいくというイメージしやすいザ・青春らしさというものはどうしても連想されにくい。

 だけどそれは、文化部が運動部に劣っているというわけでない。

 文化部には文化部なりの、そして茶道部には茶道部なりの青春がある。

私はそれを証明したいんだ、と今更ながら気づかされた。

 新入生歓迎会はザ・青春という部活と相性がいい。そこで茶道部の魅力を最大限引き出して、これまでみたことのないようなものを見せてやる。


「絶対にいいものにしましょうね」


 私の言葉に内沢先輩は笑顔で頷いた。

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