第22話 魅せ方の問題
少し時間が押してしまった。早歩きで茶室に向かえば玄関のところで私を待っている人がいた。
「こっちこっち、上がって」
「すみません部活動中に、失礼します」
靴を脱いで茶室に上がる。家庭科部との打ち合わせが思ったよりも盛り上がってしまった。その分、色々と変更点が見つかったからよかったけど。予行演習の前にもう一度打ち合わせを行う話になっている。
案内されたのは見学で使ったのとは違う部屋だった。八畳の間には鳥の絵や行書体の掛け軸が飾られている。襖は開かれており手入れの行き届いた庭が一望できるようになっていた。
「ぱっと目を惹くような花はないけれど、いいお庭でしょう」
「はい。眺めていて心が落ち着きますね」
百花院学園は花をはじめとにかく植物の多い。学園の至るところにちょっとした庭や花壇がある。
茶室から見える庭はまさに日本庭園そのものだった。まだ青々しい葉が品よく生い茂っている。苔の生えた岩が小さな池をぐるりと囲んでいて、その水面には柔らかな波が出来ていた。季節的に考えてあめんぼだろうか。
「お待たせしました」
急須と湯呑を乗せたお盆を持って着物姿の女子生徒が一人、入ってきた。挨拶もそこそこにテーブルを挟んで座る。
「では、改めまして。この度、新入生歓迎会の部活動発表で茶道部を担当することになりました、一年の東雲律葉です」
「茶道部部長3年の内沢鈴です。そして隣にいるのが」
「茶道部の新入生歓迎会担当の2年、石山花梨です」
切れ長の目を見て思い出した。石山と名乗った先輩は茶道部の見学の日に案内役をやっていた背筋の綺麗な女子生徒だ。内沢先輩は見学会で亭主をやっていた人、桜子先輩の友達でもある人だ。
「花梨、表情硬いわよ。そんなんじゃ東雲さんが怯えちゃうじゃない。後輩なんだから」
「すみません。怖がらせるつもりはないんですが」
「気にしないでください。あ、こちらが追加資料です」
案内をしてもらった時から思っていたけど、石山先輩は感情があまり表情に出ないタイプの人だ。そこがこの人の凛とした雰囲気をより一層際立たせているんだろう。
「用具申請書にはプロジェクターとユニフォーム(着物)の着用とありますが変更はありませんか」
「変更点、というかやりたいことがあるんだけど」
内沢先輩は申し訳なさそうに視線を下げた。
「生徒会にできることなら手伝わせて下さい。なんですかやりたいことって?」
もし本当にアピールしたいことがあるなら思う存分やってもらった方がいいに決まっている。良いアピールが出来れば新入生獲得に繋がるかもしれない。それで心揺さぶられる人がいて、入部の後押しを出来るかもしれない。
「実演しているところを見てもらいたいの」
「その方が空気感、というか茶道がどういうものか伝わりやすいですから。本当はこの茶室でできればいいんですけど、全校生徒を茶室に入れる訳にはいきませんから」
石山先輩はそう言って眉尻を少し下げた。この茶室に全校生徒を招くのは物理的に無理だ。
資料の見取り図のページを開く。新入生歓迎会を行うのは第一体育館。バスケコート二面が取れる大きな体育館だ。正面の壇上と上手の約四分の一のスペースが使えることになっている。
「実演はできますがその効果があるか?となると、微妙ですね」
スペースはある。否、スペースがありすぎることが問題なのだ。茶道の動きは激しいものではない。だからこれだけスペースがあると実演をしても茶道の動きは殆ど見えない。それに、メイン観客となる一年生まで距離がありすぎるし体育館で茶道特有の空気を味わってもらうのは難しいだろう。
「そうよね、私たちもそれで断念したのよ」
実演をしたところであの場では茶道の魅力は伝わりにくい。そうなれば一年生はなんかよくわかんねーという感想を抱き、茶道部の人たちは歯がゆい思いをしてしまうだろう。
「それでプロジェクター使用ということなんですね」
「映像で茶道部の活動風景を流しつつ、私と花梨がマイクで音声紹介を入れるという感じにしようかなと」
「これです。このUSBに入ってます」
「ありがとうございます。確認しますね」
生徒会から給付されたノートパソコンにUSBを差し込む。フォルダを開いて動画を再生。百花院学園高等部 茶道部とタイトルが付けられている。再生時間は一分ぴったりだ。
「どうかしら?」
悪くはない。けれど……良くもない。印象に残らない、という印象だ。内沢先輩の表情を見る限り自信作、というわけではなさそうだ。
「文章のイラストと写真を一枚の動画にまとめた感じですね」
動画というよりはスライドショーと言った方がいいだろう。タイトルや部活の活動日は文章のイラストで、写真は茶道部の日常風景や学園祭で一般の方をもてなしているものが数枚使われているだけ。
「これを見て茶道部に入りたいって思いますか?」
石山先輩が真っすぐな目で私を見つめる。多分、動画を作るとかパソコン操作に慣れている人が茶道部にはいないのだろう。新入生歓迎会担当の石山先輩と部長の内沢先輩なりに頑張ってこれを作った。だから慮るべき、だけれど嘘はつきたくなかった。
「……正直、あまり思わないですね。あくまで私の意見ですけど」
「そう、よねぇ」
「なんとか形にするので精一杯で、すみません」
「ちょっと花梨、謝らないで。そもそもうちは歓迎会みたいなはしゃいだ雰囲気と相性良くないタイプの部ってわかってるから」
内沢先輩の言う通り、新入生歓迎会の部活動発表と茶道部は相性が悪い。スペースはもちろん、魅力の種類が違うからだ。盛り上げてわかりやすい楽しさを笑顔でアピールする、ダンス部や軽音部が良く映える。運動部も漫才混じりのアピールで会場を沸かせることが出来れば株は急上昇するだろう。
けれど茶道部はそれが出来ない。茶道は静かで真面目なもの、という本質を突いたイメージがある以上、そこを逸脱するとちぐはぐになってしまう。
それに、内沢先輩と石山先輩の反応を見る限りそこまでして目立ちたいというわけではなさそうだ。
「花梨が言った通りこれが精一杯だから、これを流す方向で」
「本当にそれでいいんですか?」
責任を持って担当をして欲しい、その部活そのものの命運を変えることだってある。真先輩の言葉が聞こえた気がした。
「もっと、茶道部の持っている魅力を、茶道部にしかない強みを生かしていいもの作ってみませんか?」
茶道部を担当するにあたって、これまでの発表のやり方を資料で確認した。プロジェクターを使用してアナウンスをあてる。そのやり方はずっと変わっていなかった。
茶道部の部員たちもそこまで発表会で新入生を獲得することに期待していないのだろう。
「でも、実演は厳しいんじゃ」
「実演はしません。あまり効果的ではないので」
真先輩の期待に応えたい。生徒会の一員として認めてもらいたい。そしてなにより、私が担当するのならそれなりのレベルまで仕上げたい。
「大まかな流れはこれまで通り、映像を流してそこに内沢先輩と石山先輩がアナウンスをするというやり方でいきます」
「じゃあ何をどうするの?」
「流す映像を変えます。今日、活動日でしたよね?」
「えぇ、今も活動中よ。私たちもこの打ち合わせが終わったら練習に戻る予定だけど」
もう新入生歓迎会まで時間はない。少しでも早い方がいい。
「極力邪魔をしないようにするんで私も参加していいですか?」
「それは問題ないけど」
「あと動画を回させてください。スマホで撮影します」
映像に使う素材が十分いいものであることは、この前の見学会で見せてもらったから心配はない。日常風景を撮れればそれでいい。あとは編集と魅せ方次第だ。
「茶道部の映像制作、私がやります」
茶道部の部活動発表、絶対にいいものにしてみせる。
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