第21話 始動・新入生歓迎会

 豊崎が去った後、私たちの茶道部見学会がはじまった。美味しいお茶とお菓子を頂いてから軽く茶道部の説明を受けて、私と志乃は茶室を出た。


「なんか今日は甘いもの食べてばっかりの一日だね」

「ね~、晩御飯少な目にしないと」


 見学会の最後のグループだったのでそのまま寮へ向かう。今日は生徒会室に顔を出さないことは事前に伝えてあるから問題ないだろう。


「それにしても律葉ちゃんにあんな特技があるとは知らなかったよ」

「人に見せられる特技なんてあれくらいしかないんだけどね」


 あそこに三味線があって本当に助かった。

「そんなこと言って、お茶の時だって作法は完璧に見えたよ?茶道もやってたの?」

「おばあちゃんに少し教わっててね、はは」


 おばあちゃんがやっていたのは三味線教室だったけれど、引き取られてからといもの三道の茶道、書道、華道は齧る程度に教え込まれていた。なんでそんなことを、というのは今でも疑問だ。少なくともたった一人の孫が可愛いから、という理由ではないと思う。


「茶道まで習ってるなんて立派なお家だったんだね~」

「……そうだね、尊敬してるよ」


 おばあちゃんとおじいちゃんのことは。尊敬しているし、ありがたいと思っている。だからこそこの恩を返したい。百花院で三年間過ごして、自分に実績と人脈を作って大学に入っていい会社に勤める。楽させてあげると共に自慢の孫になってあげたい。


「いつか会ってみたいなぁ」

「そうだね。あ、着いたみたい」


 そこでエレベーターが止まった。同じフロアなので一緒に降りる。私は角部屋だから志乃とはここでお別れだ。


「じゃあね、律葉ちゃん」

「うん、また明日」


 振り返ってホッと溜息をつく。足早に部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。

 そうだね、なんて言ったけどおばあちゃんには絶対に合わせられないかなぁ。心の中で志乃に謝る。絶対に教育の行き届いたいいところのお嬢様だと思われているだろう。まさか田舎の平屋一軒家に住んでる普通の老人だなんてバレるわけにはいかない。

 それにしても予想外のことがあった一日だったなぁ。ぼんやりと天井を見上げる。私を敵視している人が誰か判明したまでは良かったけれど、まさかあんなに堂々と敵意を振りかざしてくる人がいるだなんて。

 自分の株が下がってもおかしくないのに怖気づく気配がなかったのは、それくらい内部生の味方をする価値観がこの学園に根付いている、ということだろうか。

 ちょっと、厄介なことに巻き込まれているのかもしれない。天井に向かって吐いた溜息は重力に従ってそのまま顔に降ってきた。



「昨日茶道部で派手にやったんだって?」


 生徒会室、私の席となりつつあるソファーに腰かけたタイミングで真先輩は楽しそうにそう言った。


「私はなにもしてませんが!?」


 反射的に無実を表明する。ちょっとした騒ぎになっちゃったかもしれないけどあれは相手から吹っかけてきたし怒られるようなことをした覚えはない。


「すごく上手な三味線の演奏だったって鈴が言ってたわよ」


 桜子先輩はにこにことした優しい笑みをこちらに向けた。鈴って確か亭主をやっていた3年生の先輩の名前だ。桜子先輩と同じクラスだったりするのだろうか。


「なんかそんな話聞いたなぁ。なぁ、マリア」

「はい。3年生だけじゃなく2年生の間でも噂になっていますよ。入学式で挨拶をしていた生徒会候補の一年生が素晴らしい三味線演奏を披露した、と」


 マリア先輩は司先輩に同調するだけではなく詳細まで教えてくれた。


「俺も朝イチでその話聞いたし、もう学校中の人が知ってるんじゃない?」


 隣にいる柊は他人事のようにキャンディを口に放り込んだ。いや、実際他人事なんだろうけどさ。


「俺もみんなも怒ってるわけじゃないよ」


 真先輩は相変わらず楽しそうな笑みを浮かべている。なんだろう、今日上機嫌だなこの人。


「本当ですか?」

「うん。寧ろその現場を見たかった」

「楽しんでるじゃないですか!」


 人が困っているっていうのにこの人は。あの現場にいたとしても決して助け船を出すことはなく私の対応をニマニマしながら達観していたことだろう。居なくてよかった。


「ちょっと難ある子みたいだったわね。お疲れ様」


 桜子先輩が差し出してくれたクッキーを受け取る。うん、そこの籠から取ってきただけだけどね、嬉しいよ。


「なんか知らないうちに敵視されていたみたいで。少し困りますね」


 自分が良く思われない存在であることは多少覚悟してこの学園に入ったし、今後も首席であり続ければどこかから疎まれることは確実だろうから対処法を身に付けなくては。


「当分の間は警戒しておいた方がいいかもね。その子の名前わかるかしら?」

「豊崎です。豊崎美音って子なんですけど」


 隠す必要もないので言われた通りに名前を出せば、質問をした張本人の桜子先輩に真先輩と柊が顔を顰めた。特に柊は苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「え、なんですかその反応」


 司先輩とマリア先輩は通常通りだ。ということは内部生だけが豊崎を知っているということだろうか。


「その話はおいおいするとして、今日の本題に入るか」


 真先輩はすでにファイルからプリントを引き抜いている。あんな顔していたら根掘り葉掘り聞きたくなるものだというのに。


「気になるじゃないですか」

「ちょっと長くなるんだよ、近いうちに話すからさ。はい、全員書類取って」


 渋々書類を受け取る。気になるけれどここで食い下がっては全体の進行を止めてしまうことになるので大人しく手元に視線を落とした。書類には新入生歓迎会・部活動発表と記載されている。


「さて、知っての通り新入生歓迎会が近づいてきている訳だが、メインイベントの一つである部活動発表の担当を発表する。本当はそれぞれの希望を聞いて割り振りたかったけど時間がないから俺の方で決めさせてもらった。各部の部長と発表担当の部員一覧は二ページ目にある」


 一覧のページには文字がぎっしりと詰まっていた。部活動が盛んな学校とは聞いていたけれど、こうして全体の数を見るとびっくりする。運動部と文化部合わせて四十はありそうだ。同好会を入れると六十はあるんじゃないだろうか。


「全体への説明会は入学式前に済ませてある。個々にやることは発表内容のチェックやヒアリングだからそんなに難しいことはないと思うけど戸惑うことがあったら俺か桜子に聞いて」


 新入生歓迎会は五六限の時間を使った短い会だけれど、どの部活動も新入生獲得のために全力でアピールをし合うというかなり盛り上がるイベントだと聞いている。


「それで担当だけど、男子の運動部は司、女子の運動部はマリアに頼みたい」

「はい」

「かしこまりました」


 司先輩とマリア先輩はそれぞれ二つ返事で頷いた。


「そして家庭科部と茶道部は律葉、いいかな?」

「はいっ、わかりました」


 家庭科部に茶道部。ちょうど昨日見学に行った部活だ。部長の顔と名前もわかるし、なんとなくだけど雰囲気も掴めている。


「柊には天文部とゲーム部を」

「了解です」

「文化部の残りは俺と桜子で半分ずつ担当する。事前の振り分け通りでいい?」

「えぇ、問題ないわ」


 各自、自分の担当する部活にマーカーを引いたりチェックをいれたりする。


「発表時間は六十秒から八十秒。これだけはどこの部活も守るようにさせておいて。それと使用する備品は申請されている物だけだからそこにも注意を。予行練習は前日の放課後に行うけど、それまでに担当の生徒会役員が一連の流れを確認して時間内に収まるかどうかチェックしておいて」


 次いで会場の変更点や使える機材の再確認をして話しは一区切りついた。


「全員、責任を持って担当をして欲しい。ここでイイものを作ることが出来ればその後の部活動の入部数に影響を与える。そうなればその部活そのものの命運を変えることだってあるからね。じゃあ、この話はここまで。各自で取り掛かって」


 司先輩とマリア先輩は足早に生徒会室を出て行く。二人とも担当する部活動が多いから早い段階から動きださないと後が大変なのだろう。

 私の担当する家庭科部と茶道部は今日が活動日じゃない。となると動けるのは最短でも明日だ。先にアポだけ取っておこう。一覧表にある連絡先へ送るメッセージを作成するためにスマホを開いた。

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