第17話 寮での休日
深海から浮上するように、ゆっくりと意識が覚醒する。目を開けてもまだ視界がぼやけている。天井をぼーっと見つめて焦点が合うのを待つ。
充電器にさしっぱなしのスマホを手探りで見つけ出し、時間を確認。時刻は十二時十五分。大変おそようございます。重い頭を持ち上げて何とか起き上がる。家にいた時は休みの日でもおばあちゃんに叩き起こされていたから、こんなにのんびりと眠れるのは寮生活に入ってからだった。
その前に居た家では、常に警戒心を張り巡らせていたせいか眠りが浅くどんな物音でも起きてしまうくらいだったからなぁ。一人で生活していると誰にも文句を言われることなく過ごせるのは本当に快適だと思う。寮生活だから、ある程度の縛りはあるけれど。
例えば、土日は三食寮での食事になり各食事、決まった時間帯しか開いていないので今日の二度寝も一度、朝ちゃんとした時間に起きて朝ごはんを食べてから部屋に戻ってきて二度寝をした、という具合だ。
「部屋片づけとこ」
朝ごはんを食べた後、そのまま二度寝をしてしまったのでお昼ご飯を食べたいと思うほどお腹が空いていない。十五時に志乃が遊びに来ることになっているけど、それまでまだ時間ある。
適当に部屋を片付けてから教科書を開く。授業の前に斜め読みでもいいから教科書は読んでおきたい。勉強をしたり、動画のネタにするゲームを探していたりすればすぐに約束の時間になった。
「お邪魔します、律葉ちゃん」
「どうぞどうぞ、って寮だから志乃の部屋と何も変わらないけど」
「窓が二個あるところは違うかも、角部屋だからかな。あ、これ飲み物ね。リンゴ平気?」
「ありがと、さっそく開けさせてもらうね。そこの椅子に座ってて」
差し出されたのは瓶に入ったリンゴジュースをコップに注ぐ。少し濁っているのは美味しさの証拠だろう。リンゴの爽やかで甘い香りが漂う。お高いジュースだこれ。ジュースなんて滅多に飲んでこなかったなぁ。実家に居た頃はもちろん、おばあちゃん家に居た頃の飲み物は水か緑茶か麦茶だった。それで充分だったしなぁ。
据え置きのテーブルをベッドと椅子の間に持ってきてベッドに腰掛ける。
「もしかしてわたし、勉強の邪魔しちゃった?」
机の上に広がったままのノートを見て志乃は言った。
「ちょっとだけ予習してただけだから、気にしないで」
「律葉ちゃん英語得意なんだよね、今度教えてくれないかな?」
「わかる範囲ならいくらでも教えるよ」
中学、高校、そして大学も英語が得意なことは有利になるから英語中心に受験勉強をしてきた。塾に通う余裕はあったのかもしれないけれど、塾に行きたいなんておばあちゃんには言い出せずに自分で何とか勉強してきた。
「国語は得意なんだけど英語はどうしても苦手で」
「国語ができるなら読めるようになっちゃえば大丈夫だよ」
そこが難しいところなんだけど。ひたすら単語を覚えて文法と長文に取り組んでいた受験勉強が懐かしい。
「テスト前とか勉強会しようね」
「そうだね、寮だし集まりやすいもんね」
他人に教えるためには自分でも十分に理解していなきゃいけないから、誰かに教える機会があるのはちょうどいい。
優良特別待遇生徒として、日ごろの勉強から手を抜くわけにはいかない。試験で一回でも順位を落とせば、来年の優良待遇生徒枠が危ないものになる。
「そうだ、生徒会入るの決まったの?」
そう言った志乃の声はお祝いをするときのように明るかった。
「まだ決定ってわけじゃないんだけど。部活でいうところの仮入部、みたいな感じ?どんな仕事をしているのか見学させてもらったりしてるんだ」
入学して一週間、百花院学園高等部における生徒会の立ち位置は大方把握ができた。
生徒からの支持はもちろん、教師陣からも厚い信頼を受けている。長い歴史と格式高い品格を持つ百花院学園で、改革推進的発想で高校生活をより良いものにしていこうという生徒主体の活動を行っている。
生徒会メンバーは天城グループの御曹司である真先輩を筆頭に、優秀な人たちが集まっている。真先輩は天城グループ、桜子先輩と柊は老舗和菓子屋さんの小暮坂和菓子店、司先輩は一条家でマリア先輩は分家の五条家。
日本屈指の有名企業のお坊ちゃん・お嬢様が集うこの学園でも群を抜いてお坊ちゃん・お嬢さまな人たちだ。あまり考えたくないけれど、そういった実家の太さというものも百花院学園高等部生徒会、という立ち位置をより強固なものにしているのだろう。
そこがネックなのだ。まさか、実家がド田舎の平屋一軒家で、馬鹿高い学費は有料特別待遇生徒に与えられる、学園生活全てに関わる費用を学園が負担する。を百パーセント当てにしている、なんてバレた日にはどうなってしまうのか。
「そうだ、部活で気になっているところあるんだけど、もしよかったら一緒に見学行かない?時間あれば、だけど」
「うん、いいよ。私もどんな部活が百花院にあるかちゃんと見ておきたいし」
今のところ、私の持っている先輩繋がりは全て生徒会の人間関係で完結してしまっている。それ以外で繋がりを作っておくことも大切だろう。
『という訳で、月曜日の放課後は生徒会室に行くの遅れても大丈夫でしょうか?』
あの後、志乃とお喋りをしていたらあっという間に寮の晩御飯の時間になったので私の部屋から食堂へ行き晩御飯を食べて部屋に戻ったきたところで、忘れないうちに真先輩へメッセージを送った。
『わかった。生徒会に入ることはまだ確定じゃないし、やろうと思えば部活と兼ねることもできるから見学期間の内は部活を見て回ることを優先してくれていいからね』
シャワーを浴びてスマホを確認すれば、そう返信が入っていてなんだかやさぐれたような気持ちになる。勉強はもちろん、その他の部分でも頭が良くて有能な上、自分よりも非力な人間に対してここまで配慮が完璧とは。何か一つくらい圧倒的な欠点があってもいいものだけど、と考えて生徒会で時折見せる本性が欠点か、と思い当たる。
正直、あの程度では欠点には見えないけどなぁ。我が物顔で生徒会室に踏ん反り替えっていたり、どうやら確固たる野望を持っていたりするようだけど人道に反しているわけじゃない。寧ろ、生徒の生徒による生徒のための自治的組織を本物にしようとしている人だ。
桜子先輩に司先輩とマリア先輩、そして柊も表では求められる姿を演じて生徒会に相応しい人として振る舞っている。
生徒会に入って、自分のやりたいことをやっていくには役職を獲得するほかにも一般生徒から認められるような人間であらなければならない。
「私も頑張らなきゃ」
言葉にしてみると気力がふつふつと湧いてくる。お坊ちゃんもお嬢様も相変わらず大嫌いだけれど、この学園に通う以上はそういう人たちに認められる必要がある。
入学式で新入生代表の挨拶を務められたことは大きな意味があった。あそこで私は新入生の中で一番優秀だ、ということをアピールできたのだから。そこで注目を集められたおかげで、私が優良特別待遇生徒であるという噂が学園中に広まるのは予想以上に早かった。
日頃の生活態度に気を使いつつ、実家のこととゲーム実況でお小遣いを稼いでいることだけはなんとしてもバレないようにして学校生活を送るかしかない。
なんてことない会話の中で、私が良い意味で凄いとか金額的に高いとか恵まれていると感じることが生まれてこの方当たり前のように享受してきたお坊ちゃん、お嬢様には反吐が出そうになることもあるけれど、そこは上手く隠していかないと。
まずはお小遣い稼ぎだ。自分で使うお金は自分で工面する。その為にパソコンの電源ボタンを押した。
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