第16話 ミッション・新入生歓迎会

「司先輩の場合、表と裏とかいうレベルじゃなくて、最早別人のような気がするんですけど」


 あの後、すぐに真先輩と桜子先輩と柊が生徒会室にやってきた。マリア先輩は司先輩が零した紅茶を片づけていてくれたので、私がことのあらましを説明した。


「元々、司は気の弱い方で、それに手先が不器用なんだ」


 真先輩は鞄を降ろしながらそう答えた。


「愚図でのろまなんですよ」


 新しい茶葉で紅茶を淹れ直しながらマリア先輩は淡々と答える。


「マリア先輩、司先輩にだけは結構言葉キツめですよね」


 柊は苦笑いしながらそう言った。マリア先輩との距離間を決めあぐねているようだ。

 聞けば司先輩とマリア先輩は高等部から百花院に入学した外部生。柊としては、面識はあるけれど親しい仲というわけではないらしい。


「こうでもしていなきゃあれのメイドなんてやってられませんよ。そろそろ胃に穴が開きそうです」


 そう言ってマリア先輩は制服の上からお腹を擦った。


「でも司先輩の場合、表と裏とか猫かぶりとか以前に最早、別人のような気がするんですけど」


 真面目な優等生。眉目秀麗で品行方正。才色兼備な好青年。など表では良い子として振る舞い、裏では性格に難があるというのが一般でいう猫かぶりだけど、司先輩のドジ、マリア先輩がいうところの愚図でのろまというのは性格ではなく、性質になるから本人がいい子に振る舞おうとして隠せるようなものではない。


「本人曰く『スイッチが入っていれば俺は完璧なんだよ』らしいです。だけど今日みたいに調子が悪い日は、人前でこそなんとか気丈に振る舞っていられますが気を許した相手、生徒会の皆さんですとそのスイッチとやらが切れてしまうようで。甘ったれたことです」


 そんな調子の善し悪しでそこまで変われるって、別人格と切り替わるスイッチでも入っているんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。


「本当に調子が悪いときは立ち振る舞いや性格が変わるだけじゃなくて、作画まで変わりますよ」

「作画!?顔が変わるんですか?」

「顔だけじゃくて体全体の作画が変わります」

「いや、小説で作画が変わるって言われてもわかりづらいですよ!アニメ化、せめてコミカライズ版じゃなきゃわからないですって」


 滅茶苦茶メタ発言している気がするけど、まぁいいか。とにかくラノベで作画が変わるとか言われても伝わらないよ。


「結構すごいよ、アレ。調子が最悪の時とか作画崩壊レベルになってるから、楽しみにしておくといいよ」


 真先輩は随分と面白そうに話すけど、楽しみにしていいことじゃないんだよなぁ。


「司!いつまでそこにいるつもりですか?」


 マリア先輩が振り返った先には、人見知りの子どものように部屋の様子を伺う司先輩がいた。


「自分のことボロクソ言われている空間に突っ込んでいけるほど、メンタル強くないから!」


 及び腰でそう叫んでいた。


「なんかさぁ、今日は朝から調子悪かったんだよ。金曜日だからか?ヤル気でないし、なんかお腹痛い気がするし。一限から体育だったから頑張らなきゃいけなかったし」


 ぶつぶつぶつぶつ。何かを呟きながらずるずるとしゃがみこむ。


「……桜子先輩の言っていたことがわかりました」


 表と裏の乖離が一番激しいのは司先輩とマリア先輩。

 特に、司先輩のそれは本人が意図的に演じ分けているというよりは、本性を隠し通すために無理矢理作り出したもう一人の自分になっているようなものだった。


「もうこの話はお終いにするから、司くんもこっちへいらっしゃい」

「……ハイ」


 桜子先輩にそう言われては逆らえないようで、司先輩は大人しく自分の席に戻って来た。


「今日はちょっと話しておきたいことがあってね。はい、これ」

「ありがとうございます」


 ホチキス止めされた資料には新入生歓迎会とタイトルが記されている。


「みんなも知っての通り、来週の金曜日の五六時間目を使って新入生歓迎会が開催される。場所は第一体育館、式の全体進行は俺たち生徒会が行う」


 目次を挟んで全体のスケジュールが記載されていた。なるほど、千石先生が言っていた部活動紹介はこの新入生歓迎会の中で行われるらしい。


「新入生歓迎会は主に、百花院学園高等部がどんな学校なのか説明しながら一年生の入学を祝う会だから律葉と柊は当日、自分たちのクラスで待機して会を楽しんで欲しい」

「いいんですか?」


 自惚れではないけれど、私と柊が抜ければ生徒会は四人になってしまう。


「まぁ、なんとかやって見せるよ。後輩にいいところみせなきゃね」

「だから二人は気にせず、一年生として歓迎会に出席してね」


 会長の真先輩と副会長の桜子先輩にそう言われてしまったら頷く他ない。


「でも二人にも前日までの諸々の準備は手伝ってもらう。生徒会がどんな仕事をしていて、どんな風に生徒と関わっていて、また生徒からどんな生徒会であることを望まれているのかいい勉強になるから」

「それって、俺たち一人で?」

「いや、一年生には必ず2、3年の誰かが同行するようにするよ。二人には歓迎会のネタバレしているようで申し訳ないけど」

「そこは気にしないで下さい」


 生徒会に入る以上、部活には入らないから正直、部活動紹介がすごく楽しみというわけでもないし。


「今回の新入生歓迎会の目標は、例年通り新入生に百花院学園のことを理解してもらうこと。そして、一年生の満足度92%以上を目指すこと。満足度に関しては歓迎会後のアンケート調査で満足度を図る。アンケートのフォーマットをイエスorノー式から点数式のモノに変更する。書式の仮案はこれ」


 回ってきたプリントには各質問に対して一点から五点で評価できるようになっていた。


「毎年指摘されているのが、在学生が楽しみすぎてしまい新入生を歓迎するという目的から外れたパフォーマンスになりがちというのがある。今年はそこの気配りを徹底していきたい」


 真先輩はそこで一度口を止めて、全員を見回した。


「一年生が心弾むような、これからの高校生活が明るくて楽しいものに違いないと心の底から思えるような会にしていこう」

「そうね、なんたって新入生歓迎会、だものね」


 司先輩とマリア先輩も頷いている。さっきまでのふざけ合いはどこへやら、一転して真面目な顔つきだ。

 中学までの生徒会は、生徒会顧問の先生がいてその先生の指示に従って動く集団だった。行事も毎年同じ時期に、フォーマットに習って問題を起こさず合格点に届けばいいというスタンスで取り組んでいた。

 だけど、高校は違う。先生がいなくても自分たちで考えて、合格点ではなく満点を目指して動きかけている。

 生徒の生徒による生徒のための自治的活動組織。

 仮ではあるけれど、私は今そこに所属できている。

 なんだか、面白いことになりそうだ。務めて真面目に話を聞きながらも、どくどくと早鐘を打つ心拍を抑えられなでいた。

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