第14話 つかの間の休息
食堂で晩御飯を食べ終えてから寮の自室でサッとシャワーを浴びた。
パジャマ替わりのハーフパンツとシャツに着替えると体から自然と力が抜けていく。ドライヤーの強風で髪を乾かしてぼっーとしていたらどっと疲れが押し寄せてきた。
「なんか濃密な一日だったなぁ」
小暮坂姉弟(きょうだい)の素顔はまさかのものだった。柊の、控えめな性格というのはまだ分かるとして、桜子先輩の極度な和食・和菓子嫌いから引き起こされる言動の荒ぶり方には度肝を抜かれた。
だからこそ桜子先輩の『司先輩とマリア先輩が一番、表と裏がかけ離れている』という言葉が気になって仕方がなかった。その後、別の話に花が咲いてしまって結局、司先輩とマリア先輩の本当の顔を知ることはできなかったのだけれど。
生徒会メンバーの裏の顔を見ただけじゃない、体力テストに学校案内と動き回った一日だった。体力的にも疲れている。
そして何よりも、粘着質に纏わりつくあの視線。あれは一体、なんだったのだろうか。噂の人物として一過的に注目されているようなものではなかった。もっと禍々しさとこびりつくような執着心が感じられた。
ドライヤーのスイッチを切る。備え付けの小さな冷蔵庫から作り置きしてあるお茶のボトルを取り出してコップに注ぐ。冷えた麦茶はシャワーで温まった体をいい具合に冷ましてくれる。
飲み物は水でもいいのだけれど、まだ都会の水道水を飲むことへの抵抗がなくならない。かといって、ミネラルウォーターを買うことには別の抵抗がある。育ったところはコンビニもないド田舎だけど、空気と水はとにかく綺麗だった。実家なら水道水でも難なく飲むことができる。そもそも水を買うという習慣がない。
でも、それにも慣れていかなくては。郷に入っては郷に従え、という言葉の通り暗黙のルールというものがある。この学園に通う生徒はミネラルウォーターを買うことに抵抗なんて持たない。当たり前のようにペットボトルの水を買うし、私が贅沢だと思っていることが普通の基準になっている人たちだ。
そこで齟齬が生じれば、違和感を持たれて出生と実家がバレる発端になるかもしれない。
「そんなことより、動画撮らなくちゃ」
黒い影となって襲ってきた不安を振り払うように次の行動を口にする。そうすると、体は自然とその方向へ切り替わる。
スリープ状態のパソコンを起動させれば、ダウンロード完了の文字。シャワーを浴びる前に新作のゲームをダウンロード版で購入しておいたのだ。
マイク付きのヘッドセットをパソコンに繋げる。画面録画機能で録画開始。
「あー、あー、マイクチェックマイクチェック」
マイクの反応は良好、コントローラーの同機もよし。問題なし。よし、はじめよう。
「こんにちは!ルテヒです!今日はこちら、ラビット&タートルをプレイしていきます」
タイトル画面にいるウサギと亀が一本道のある草原でストレッチをしている絵が流れている。そのウサギと亀というのが問題で、明らかに中に誰かいそうなウサギと亀が二足歩行で直立しているのだ。
ゲームの映像は全体的にのっぺりとしていて、空なんてみずいろ一色で塗られているだけだ。
膨大なコストと気の遠くなりそうな時間、そして最新技術と重厚なストーリーで作られた誰もが知っているようなゲームも好きだけれど、私はこういうチープな感じのゲームの方が好きで、趣味と実益を兼ねて作成したようなものをネットで見つけてきては、面白そうなものを実況動画にしている。
有名なタイトルはみんな動画にする。そうするとどうしても有名な実況者とネタが被るので再生回数が伸びにくくなる。誰も知らないようなニッチなゲームだと誰とも被らないので、なんだこれ?と思った人が見てくれる可能性がある。動画投稿サイトに開設しているルテヒのゲーム倉庫はそうして地道に成長してきたチャンネルだ。現在のチャンネル登録者数は約3万人。
所謂、バカゲーと呼ばれるものを馬鹿真面目にプレイしながら実況していくタイプの動画はルテヒの十八番となっていてそれが売りでもある。今回のゲームも事前にサーチした感じ、バカゲーに分類されるもののようだ。
「タイトルの通り、ウサギと亀がいますけれどこれあれですよね、イソップ童話のうさぎとカメがベースになったゲームですよね。なんかもう絵面からツッコミどころ満載ですがとりあえずプレイしていきましょうか」
スタート画面を選択する。アメリカのゲームなので全文英語の表記だ。ゲーム画面で並ぶのは簡単な英単語ばかりなので決して難しくは、
「えっ、ストーリーモードあるの?」
うさぎ(着ぐるみ二足歩行)が亀(同じく着ぐるみ二足歩行)に向かって喋っている。音声はないけれど、着ぐるみの口がありえない速さで動いているから相当な早口のはずだ。それにしてもどちらも顔が絶妙に可愛くないな。
「英語なんで読み上げてから訳してみますね……できるかな」
専門的な単語もなく文法的にも難しくないため英語を読むこと自体は簡単だった。
「ジェファーのスマホにお前とのツーショット写真があった。お前、あいつに色目を使っているのか?と。えーっと、訳すとうさぎが亀に彼女を取られたということですかね。二足歩行の着ぐるみの修羅場からはじまるゲームってパンチ強すぎですよ」
ジェファーは熊の女の子でうさぎと付き合っていたらしい。そもそもうさぎと熊が付き合っているんだ、世界観がカオスすぎる。ツッコミを入れている間にも二人の会話は進んでいく。言い合いになり競争で決着をつける展開へと進んでいった。
「あっ、これうさぎと亀選べるんですね。どっちにしようかな。普通はうさぎが早いところですけど、イソップ物語を踏襲しているなら亀を選んだ方がいいですねよ」
うさぎと亀、どちらを選ぶかの選択画面。カーソルを動かすと選ばれた方が準備運動を始める。
「うわっ、着ぐるみの準備運動って妙にリアルで気持ち悪いですね。亀が屈伸って、どう考えても無理でしょ。イソップ童話を踏まえて亀の方を選びましょうか……うさぎが序盤飛ばすものの、途中で休憩して亀が勝つとかそういうオチですかね」
亀の方を選択すれば場面が変わった。ここがゲーム要素の部分らしい、某赤い帽子を被ったおじさんのキャラクターゲームを彷彿とさせる画面になった。ここでは選ばなかった方がコンピューターで、ダッシュしたりジャンプしたりしながらゴールを目指すものらしい。
背景は運動会の校庭のような絵になっていて、うさぎと亀がクラウチングスタート姿勢になっている。
「亀のクラウチングスタートって本当に気持ち悪いですね。あ、クラウチングとは英語で屈むやしゃがむといった意味があります。おっ、スタート!え?」
コントローラーの十字キー右を長押ししてびっくり、スタートした亀が四足歩行で歩き出した。
「えっ、ちょっ、遅っ!!さっきまでの二足歩行は何?ブラフ?そういうの要らないって!」
二足歩行のうさぎは華麗なダッシュと持ち前のジャンプ力で障害物を次々と超えて進んでいく。一方、亀は四足歩行でめちゃくちゃ遅いし、ジャンプも低い。なに、なにこれ?負け確じゃん。
あっさりうさぎのゴールで終わった。どうやらここまでがチュートリアルだったようだ。
「チュートリアルで負けるって珍しいですね。というか本編入ってないのにもう疲れてる……さぁ、一面行きますか」
とりあえず消灯時間まではプレイできるところまでプレイしたい。そして明日からあ動画のチェックと編集をして、頑張れば明後日には完成させられるかな。
一定の収入は欲しいから更新頻度は落としたくない。ドカンと当たるような動画を作るのは、想像以上に難しい。当たったところで他にも面白いと思ってもらえるものがないと一過性の収入で終わってしまう。
画面の向こうで私の動画を見てくれている人は、きっとお坊ちゃま・お嬢様学校での生活費にするために動画を作成しているなんて思ってもないんだろうな。そんなことを頭の中でぼんやりと考えながら、ゲームスタートの決定ボタンを押した。
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