第13話 表と裏の裏側
「司くんとマリアちゃんはかなり裏表が乖離しているような気がするけれど」
「……えっ、それ桜子先輩が言う?」
司先輩が嘘だろ、という目で桜子先輩を見つめ返している。えっ、桜子先輩ってそんなに激しい裏があるの?すごく気になる。大和撫子みたいな見た目をしているけれど、ヤンキーみたいな中身をしているのだろうか。それともギャル系だろうか。すごく気になる、見てみた。
「なんかまだ物足りないから別のお菓子取ってくる」
それだけ言うと真先輩は席を立ってキッチンスペースの方に行ってしまった。そんなにお腹が空いていたんだろうか。
「その点、柊はあまり裏表が激しくないよな」
「そうですかね、まぁ元が地味めなんで。自己主張を激しくしてもどうにもならないことって多いし」
柊は教室といる時とは打って変わって、張りのない声で喋っている。手も使わずに足だけで器用に靴を脱ぐとそのままボックスソファの上で小さく丸まって体育座りの体勢になった。
「ソファの上でその姿勢って苦しくないの?」
「寧ろ落ち着く。ちゃんと座ってるほうが身体的にも精神的も疲れない?」
声だけでなく目元からも力が抜けて全体的にゆるい印象になっていた。柊ってもしかして、
「元々すごく大人しい子でね。インドアだしかなりのネガティブ思考なのよ」
桜子先輩はティーカップから唇を離した。
「ネガティブじゃなくて慎重派なんだよ俺は。下手に外出るくらいなら家の中でマンガ読んだりゲームしてる方がずっと楽しい」
柊は目線を落としたままいそいそとスマホを取りだして体育座りのまま足首だけを交差させている。
「中等部の頃より明るくなったかと思ってたけど、根っこの部分は変わってねぇんだな」
司先輩の言葉から察するに表では明るく振る舞っているけれど本質部分はかなりな根暗という事だろうか。
「あ、律葉BLってわかる?」
「BL、あっボーイズラブのこと?」
BLバーガーなんてものもあるけど、まさかこの流れでベーコンレタスが好きということはないだろう。
「そうそれ。俺ごりっごりにそういうの好きなんだけどBLに嫌悪感とかあったりする?」
「はい?」
突然ぶち込まれた時速200キロのストレートにスペキャのように思考が急停止してしまった。
「えーっと、それは恋愛対象が男の人ってこと?」
こういう話題は配慮が大切だ。何気なく放った一言が不用意に傷つけてしまう恐れがある。言葉を選んで慎重に話を進める。
「いやそうじゃなくて、BLっていうジャンルが好きってこと。男同士の恋愛ものが好きな腐男子ってやつ」
「あー、なるほどそういうことね。う~ん、嫌悪感とかは特にないかなぁ。詳しくないってのもあるんだろうけど。そもそも人が何を好きになろうがその人の自由だし」
法に触れるとか他人に迷惑をかけるような趣味はお断りだけれど、自分の好きなもので自分が楽しいと思える楽しみ方をしている人に対して好きなものを貶して嫌な思いをさせてやろうなんて気はさらさら起きない。
それこそ、さっき真先輩が言っていた『他人を貶めなきゃ自己肯定感を上げられない』人間そのものだ。
「そっか、ならよかった。俺がそういう話をして、もし嫌だなって思う事があったらすぐに言ってね」
「うん、わかった」
それよりも私はゲームという単語の方が引っかかっていた。もしかして同じゲームやってたりしないかな。これまでゲームをしていることは隠していたからオンライン上でしから共有できない趣味だったけど、これからはリアルでもゲーム友達が出来たり、
「というか俺がそういう話をして、もしめっちゃ気になるって事があったらすぐに言って、オススメの商業本貸すから!大丈夫、少女漫画みたいな感じだからさ。アニメとか観るんだったら――」
ガシッ、と音がしそうなほどの勢い両手を掴まれた。怖い怖い、急に前のめり&早口になるオタク怖いっ!私も若干オタクだけど!!
「そこまで!律葉ちゃん引いてるわよ」
桜子先輩が私と柊の間に手を入れて引き剥がしてくれた。あー、びっくりした。
「あっ、ごめん。とにかく興味があったら声かけて」
「うん、わかった」
一瞬にしてあれほどのやる気スイッチが入るなんてどれほどのものなのか逆に気になるけど、一度聞いたらそうそう離して貰えない気がする。時間に余裕がある時にそれとなく聞いてみよう。
「賞味期限近いやつあったからこれでいいよね」
「ありがとうございます」
真先輩は一人一皿ずつ盛り付けたものを準備していた。こんなに美味しいお菓子ばっかり食べていると舌の感覚がおかしくなりそうだ。
用意されたのは中にたっぷりのあんこが入っている最中と一口大に切られた羊羹。あれ、この最中ってもしかして。
「これって桜子先輩と柊の実家のお菓子ですか?」
「そうだよ、あの有名な小暮坂の最中。小暮坂家からは生徒会宛で定期的にお菓子を頂いていね。頂き過ぎて常備されているくらいだよ、いつもありがとう」
お中元やお歳暮の時期になるとよく広告で目にする小暮坂の最中。自分で食べるために買うのではなく、人に贈る用のお菓子だ。そんなものが定期的に届くなんて。
「新作送ってくる時とかアドバイスもらうって目論見もあると思うんで。いつも消費に協力してもらっちゃって、こちらこそありがとうございます」
柊の言葉に戦慄が走った。あの小暮坂の最中を『消費』って、パワーワードすぎる。一個三百円くらいするんじゃなかったっけ?
「いただきます。ん!美味しい」
ぱりっとした最中の中にはたっぷりのあんこ。甘すぎない粒あんが贅沢なほど使われている。一度にこんな大量のあんこを頬張れるなんて幸せだ。
「そんなに美味しそうに食べてもらえるなら私の分もあげるわ」
「えっ、そんな悪いですよ」
「いいの、美味しそうに食べてもらえるならそれが一番だもの」
桜子先輩は半ば強引に私の元へお皿を寄越してきた。美味しいし、折角いただけるのならいただいてしまおう。
「ありがとうございます。やっぱりご実家の物だけあって食べ慣れてるんですか?」
「……実家で嫌というほど食わさせられているわよ」
ん?世間話ついでに当たり障りのないことを言ったつもりだったんだけど、まずかっただろうか。桜子先輩の声がワントーン下がった気がする。それに食べさせられている、ではなく食わさせられていると表現した。桜子先輩も食うって言うんだ……。でもら抜き言葉になっていないあたり育ちの良さが滲み出ている。
「桜子、糖分足りてないんじゃないか?ほら、俺の最中あげるよ」
「要らないわ。そもそも真がお腹空いたって言って持ってきたんじゃない」
「イライラしている時は甘いものだよねぇ?柊」
「……俺を巻き込まないでよ。というか姉ちゃんの和食・和菓子嫌いわかってやってるでしょ」
柊はじとっとした瞳で真先輩を睨み返した。司先輩とマリア先輩はなに食わぬ顔で最中を頬張っている。
「もしかして桜子先輩、あんこ苦手なんですか?」
そんなまさか、京都に本店を構える老舗和菓子屋の小暮坂。小暮坂と言えば最中、最中と言えば小暮坂とまで言われるお店の長女があんこ嫌いだなんてまさかそんな。
「大っ嫌いよあんこなんて、あんこどころか牛皮も抹茶も大っ嫌いよ。私が好きなのは洋菓子なの!チョコやケーキやクッキーに果肉がゴロゴロ入ったジャムや紅茶が好きなの!」
あのー、桜子先輩?何やら様子がおかしいようですが……。ヒートアップする桜子先輩の声がどんどん大きくなっていく。
「なのに家が和菓子屋だからって、昔から出てくるおやつはあんこばっかり!私はチョコが食べたいのに!あんこなんて一文字変えたら〇んこじゃない!」
「チョコだって一文字変えたらチ〇コだろ」
「真、今チョコのこと悪く言った?」
「……ごめん、冗談冗談」
うわぁ、憧れの最上級生の小学生みたいな言い合いを見ちゃったよ。桜子先輩のイメージ像が音を立てて崩れていく。
ちなみにこの言い合いを聴いてマリア先輩と柊は微動だにせず、司先輩だけが噴き出した後に咳払いをしてなんてことない風を装っていた。私は桜子先輩の豹変っぷりにただただ固まっているだけだった。
「実家に居た時は洋菓子どころか洋食だって全然食べれなかった。朝ごはんにパンが出てきたことなんて一度もなかったのよ?いくら和菓子屋と言ってもそこまでご飯に拘る必要あると思う?」
桜子先輩はブレザーのポケットからお菓子コーナーでよく見るサイズの袋を取り出すと、小粒のチョコレートを二粒摘まんだ。パッケージに日本語がないから外国製の輸入物だろうか。
「そんなわけで私は和食や和菓子、特に実家のものは大っ嫌いだから遠慮せずに食べてね」
語尾にハートマークが付きそうなほどの笑顔を向けられたら断れるわけがない。いつもならお金持ちに対して沸き上がるはずの嫌悪感や、贅沢な悩みですねぇなんて嫌味すら浮かんでこなかった。
「言っておくけど俺は普通に和食や和菓子食べられるから」
0
隣に座る柊が桜子先輩と同じだとは思わなでくれとばかりにそう付け加えていた。
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