第12話 微妙な距離感

「すみません、遅くなりました」


 口ではそう言っているものの急いでいる様子は全くない司先輩と、


「失礼します」


 と恭しく頭を下げるマリア先輩。二人揃って生徒会室にやってきた。主人と従者という関係性だけあって、この二人はいつも一緒にいるところばかり見ている気がする。


「なんかあったんですか?」


 生徒会室を見回して司先輩はぶっきらぼうに尋ねた。


「造花の説明をしていたんだ、大したことじゃない」


 その説明だけで理解したのか司先輩は「あぁ、なるほど」と納得した顔をしていた。


「あら、もう既にお茶の準備が」

「色々あって今日は俺がしたんだ。司とマリアの分も今から淹れるよ」

「へー真さんが、珍しい」

「じゃあお菓子の用意くらいはわたしがさせていただきますね」

「私も着いて行っていいですか?」


 真先輩はお湯の用意、マリア先輩はお菓子の用意をするためにまた奥の部屋の方へ行こうとしたので手を挙げた。こういうことは自分から学びに行かなくては。


「じゃあこっち来て」

「はい」


 一人で生徒会室をうろちょろするのも憚れるし、キッチン周りのことを教えてもらえれば今後は自分でもお茶の用意が出来る。そもそも、生徒会室がうろちょろするほどのスペースのある空間ってことがおかしいんだけど。


「ここがキッチンスペース、食料系は基本ここにあるから好きに使っていいよ」


 そう言って真先輩が紹介してくれた先には六畳ほどのキッチンスペースがあった。そこにはIHのコンロとシンク、オーブンレンジに冷蔵庫まで用意されていた。


「いや、完全にキッチンじゃないですかコレ!?」


 理科室を五部屋も見せつけられて、もう何が来ても驚かないしツッコまないと決心していたのにそんなものはあっという間に打ち砕かれた。

 白を基調とした清潔なキッチン空間がそこにはあった。


「一応キッチンスペースだからね、そんなに驚くことかな?」

「お昼のお料理番組のスタジオ並みに整っている空間だと思いますけど?」


 そもそも生徒会室内にキッチンスペースがあること自体驚くに値することが。私の中学の生徒会なんて電気ケトルが一つあっただけ、それだけだったというのに。


「調理器具はシンクの下、食器類はこっちの棚に入ってる」


 オシャレ過ぎてやかんと表現していいのかわからないやたら口が細長いジョウロみたいなやかんを火にかけながら真先輩は説明を続ける。


「食器棚の隣には常温で保管できる食べ物類が入ってるから」

「本当に何でもあるなぁ、ここ」


 オーブンレンジの隣にはバイキングのドリンクコーナーのようにガラス瓶に入った紅茶の茶葉が並んでいる。四×四で並べられているからその数十六種類。もうわけがわからない。一般家庭でもこんなに茶葉は用意されてないと思う。


「真先輩、あのハーブティーはローヒップでしょうか?」

「正解!一口も飲んでないのに流石だね」

「ありがとうございます。でしたらローズジャムに合うお菓子にしましょうか」


 冷蔵庫バイキングのドリンクコーナーのようにガラス瓶に入った紅茶の茶葉が並んでいた。からローズジャムを取り出して


「マリア先輩、紅茶詳しいんですね」

「プロの方には敵いませんが、一応知識としては持っています。あら、シフォンケーキがありますね。これにしましょうか」

「何か手伝えることありますか?」

「お茶の準備はわたしが」

「マリア、ちゃんと仕事を分けてあげて。後輩の立つ瀬がないだろう」


 ここでは最年少だ、何かしていないと落ち着かない。真先輩の言葉にマリア先輩は少しだけ考えるような素振りを見せた。


「じゃあ、律葉さんはこれを六等分していただけませんか?わたしは盛り付けをしますので」

「わかりました。包丁借りますね」


 年上の人にここまで丁寧な対応&敬語を使われると委縮してしまうけれどマリア先輩だと何故だかすんなりと対応ができる。けれど、


「あの、私が後輩ですし呼び方とか話し方もっとフランクな感じでも大丈夫ですよ」


 後輩の方からこんなことを言うなんてある意味では失礼だろうか。


「いえ、わたしは司の従者である身ですから、本来ならば司と同じ立場の生徒会のメンバーに対しても従者という位置づけであってもよいような者です」


 マリア先輩は淡々とした口調のまま、真っ白なお皿にローズジャムでぽつぽつと盛り付けていく。

 表情筋が必要最低限しか動かないから表情が読み取りにくい。


「本来なら生徒会メンバーのお世話をさせていただく立場であるのに、このように手厚く迎え入れていただいてこれ以上望むものなどないのですよ」

「その辺、あんまり難しく考えなくていいんだけどね。まぁ、それぞれ家の事情ってやつがあるからさ」


 お金持ちの家の事情なんてきっと私には想像もできないようなことが複雑怪奇に絡み合っているのだろう。嫌味じゃなくて本心からそう思う。だけど、


「せめてさん付けはナシにしてもらいたいです。先輩と後輩の間柄ですし、生徒会メンバーは分かってもらえても他の人からはどんな風に見られるのか。私はマリア先輩の主人ではないわけですし」


 それどころかただの訳アリ一般家庭のド田舎育ちの女子高生だ。なんでもかんでも世話を焼かれるというのはありがたいけれどもむず痒くもある。


「確かに、それはそうですね。では律葉と呼ばせてもらいます。柊さんも呼び捨ての方が宜しいですかね?」

「多分、そうだと思います」


 柊からしてみればマリア先輩は異性の女の先輩、さん付けで呼ばれて悪い気はしないものの落ち着かないし私以上に言いにくいところがあるだろう。


「後輩と仲良くなったことがないからうまく距離感が掴めないんです。……ごめんなさい」


 細い眉尻がしおしおと下がった。滅多に表情を動かさない人が萎れているとすごく申し訳ない気持ちになる。


「そんな、謝らないで下さい。マリア先輩が悪いわけじゃないですから」

 この人もしかして、主従関係から成るメイドをはじめとした上下関係で自分が下になるコミュニケーションは完璧だけれど、自分が上になるか平等な関係性の場合はコミュニケーションがポンコツになる人か?


「ほら、そろそろみんなのところに戻るよ」


 シフォンケーキだけでは味気ないけれど、マリア先輩がローズジャムを良い感じ盛りつけてくれたおかげで一気にオシャレなデザートに生まれ変わった。形を崩さないようにトレーに乗せていく。


「それとマリア、自分の立ち居振る舞いに規律を設けているのはわかるけれど、俺たち相手にそれを徹しようとしなくていいんだからな。それは一条家と五条家の話なんだから」


 トレーを両手で持ってキッチンルームを出る。私を追い抜く時に真先輩が「律葉、ありがとう」と小さく囁いたので無言のまま頷いた。


「ありがとう。あら、シフォンケーキ?」

「はい、ケーキもジャムもマリア先輩が選んでくれました」


 ローテーブルにお皿とフォークを一人一人に並べていく。


「流石マリアね、紅茶とも合う最高のチョイスだわ」

「ありがとうございます」


 全員分配り終えてから自分の分を置いて着席。


「いただきます」


 まずはローズヒップのハーブティーで口の中を潤してから。芳醇なバラの香りが鼻孔をくすぐる。柔らかなシフォンケーキはまずはそのまま、控えめな甘さが丁度いい。

 今度はローズジャムもつけて、っと。というかバラってジャムにできるんだ。

 口の中いっぱいにバラの香りが広がった。プレーンのシフォンケーキじゃ物足りないんじゃないかと思っていたけれどそんなことはなかった。むしろハーブティーとジャムのバラの香りが何にも邪魔されておらず完璧な調和を保っている。

 穏やかな日の光が差し込む、平和な昼下がりの生徒会室。綺麗に整えられた部屋で、美味しいシフォンケーキを紅茶とともにいただいている。

 上品で、美しく、綺麗な空間。


「この生徒会って猫かぶりの集まりだって言ってましたよね」


 例に漏れず私もそうだ。

 何が言いたいか、というと息が詰まる。紅茶もシフォンケーキも美味しいけれど、この空気はひどく息苦しい。


「言ったよ。今いるメンバーは全員そうだね」

「今、猫被っているって人どれくらいいます?」


 数秒の沈黙。そして、無言のまま全員が手を挙げた。


「なんでずっと猫かぶりっぱなしなんですか!息苦しくないんですか?」

「息苦しいけど……いや、新一年生がいると自然と背筋が伸びるというか」

「なんか本性出すのが申し訳なくなってきて……ひぃ、じゃないわね。柊は身内だからどうでもいいけど、律葉ちゃんすごくちゃんとしているから」

「桜子先輩、今俺のことどうでもいいっていいました?」


 柊がえっ、という表情で桜子先輩を見つめている。桜子先輩、柊のことひぃって呼んでるんだ。なんか可愛いな。


「この生徒会は唯一、素の自分でいられる場所なんでしょ。そこで息苦しさ感じていたら意味ないじゃないですか」

「真が本性出さないとみんなやりづらいのよ」

「えっ、俺の所為?」


 真先輩は目を丸くした。


「会長がちゃんとしていると下はちゃんとしなきゃって思いますよ」


 司先輩の言葉にマリア先輩も首を縦に振っている。まさかとは思ったけど、マリア先輩にも二面性があるのか。どんななんだろう、すごく気になる。


「ちなみにこの中で、猫かぶりが一番ヤバい人って誰なんですか?」


 私の発言に、また場の空気が静まり返った。

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