第10話 広がる噂
「ねぇ律葉、生徒会入るってホント?」
「役職はもう決まっているの?天城先輩とお喋りしたの?」
教室に到着するなり芹那と真紀が私の席まで飛んできた。生徒会、という単語に何人かのクラスメイトが反応してこちらにこっそりと視線を送ってきている。
「ちょっ、二人とも声が大きいから。というかそれどこで聞いたの?」
しぃー、と人差し指を口の前で立てる。
「噂になってるよ、優特待の子が連日生徒会室出入りしてるって」
「新入生代表やった人が生徒会入るのはここでは普通の流れだしね」
生徒会加入ってだけで噂になるほどのことなのか。この学園では生徒会の存在感が大きいことは重々承知していたけれどまさかここまで注目の的だったとは。
「というか、新入生代表が生徒会に入るのが当たり前なんだ」
私の問に芹那と真紀は顔を見合わせた。そっか、この子外部生だったっけ、というやりとりがあったように思うのは私の考えすぎだろうか。
「新入生代表をしたってことはその年の首席入学ってことだからね、生徒会は百花院学園の生徒の選抜みたいなものだからそういう人が選ばれるんだよ」
「天城先輩も首席入学だったんだよ、すごいよねぇ」
「またすぐ天城先輩の話に……。今年は律葉が新入生代表だったから首席、次席は発表されてないけど生徒会に呼ばれている人って線から考えれば小暮坂なんじゃないかな」
「毎年主席と次席が生徒会に入っているの?」
「毎年ってわけじゃないけど、生徒会に入れるのは少なくとも成績十番以内までとか言うよね」
芹那の言葉に真紀は頷いた。百花院の生徒である以上、好成績を修めていることは最低ラインの条件なのだろう。
「それに、今の二年生は生徒会に三人入っているから次席までってことはないんじゃないかな」
「そういえば、もう一人いるって言ってた」
「去年の冬からかな?海外の姉妹校に留学してるんだよ」
学年が違うのに留学していることまで知られているなんて、やっぱり生徒会に入ることは相当な有名人になるということなんだろう。
「ん?」
開けっ放しになっている教室と廊下を繋ぐ扉、そこからちらちらと1-A組の教室を覗く女子生徒の人影があった。
「誰か呼びたいのかな」
大した距離でもないし聞きに行こうか、けれど席を立ったら教室を覗いていた生徒は目を逸らして足早にいなくなってしまった。
あれ、どうしたんだろう。用事は済んだのかな。中途半端な位置で浮いている腰を椅子に降ろす。ちょうどチャイムが鳴って千石先生が教室にやって来た。
「ホームルーム始めるぞー、日直よろしく」
「起立、礼」
「「「おはようございます」」」
「着席」
「おはよう、早速だけど連絡から。放課後に校舎案内がある。有志の三年生の先輩方が来てくれるから失礼のないように、各自4~5人程度のグループを作っておいて。それと、一限二限は体育で体力テストだな」
体力テストの記録用紙とプリントが配布された。プリントには体力テストの順番が記されている。
「一組は体育館種目からスタート、反復横跳びからだな。きちんと準備運動をして取り組むように。持ち物は今配った記録用紙とプリントとペン一本、それと貴重品は自分で管理するように」
「「「はーい」」」
A組、B組は前半が体育館、後半が校庭での科目が割り振られていた。体操服に着替えて体育館へ向かう。
「体操服すごいね、これちゃんとしたやつじゃん」
「そうかな?これが普通じゃないの」
私の言葉に志乃は首を傾げた。そうか、有名スポーツブランドの手がけたオリジナル体操服がこの学園では普通なのか。金があるとはこういうこと、体育の授業で着るだけの服にアスリート選手が使うのと同じものが採用される環境ということ、自分にそう言い聞かせる。
体育館だって普通の広さじゃない。バスケットコート二枚分の面積があり、正面以外の二階部分にはぐるりと観覧スペースが設けられている。
そしてエアコンまで完備されている。体育館にエアコンって、中学校じゃ普通の教室にすらなかったというのに。
「ん?」
「どうしたの律葉ちゃん?」
「いや、今誰かに見られてた気がして」
気のせいだろうか、私のことをじっと見ている粘着質な視線を感じた気がした。
「ねぇ、あの子じゃない」
「……ホントだ、新入生代表やってた子だよね」
「近くで見ると……意外と小さくね?」
「確か外部生だったよな」
それだけじゃない、どことなくひそひそ話をされているのは聞こえてきている。
「律葉ちゃん、大丈夫?」
「気のせいかも知れないし、平気平気」
気のせいなわけがないけれど、ここでなんの話をしているの?と突っかかっていっても印象を悪くするだけだ。それに大方、生徒会加入のことで一時的に注目を集めているだけのようだし放っておいても問題ないだろう。
「準備運動始めるわよーぶつからないように広がってー」
体育科の女の先生が首に掛けたホイッスルをピィーっと鳴らした。等間隔に広がって準備体操を始める。
授業が始まっても、粘っこい視線がなくなることはなかった。
「3年の小暮坂桜子です、今日はよろしくね」
放課後、学校案内の時間。有志で学校案内をしてくれる3年生の先輩数名がA組に来た。その中には桜子先輩もいて、私が目に留まったのか私のいるグループを担当してくれることになった。
ちなみにメンバーは私と志乃、そして芹那と真紀の四人グループ。体力テストの移動中に一緒にグループを組もうという話になった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくていいわよ、じゃあ行きましょうか。みんなも知っての通り、この学園は増改築の繰り返しでちょっと構造が複雑になっているからね」
四人で桜子先輩の後についていく。今日は学年全体で学校案内の予定が組まれているのでどこもかしこも五人程度のグループになって盛り上がっているちょっと不思議な光景だ。
「教室棟は一階に一年生、二階に年生、三階に三年生の教室っていう単純な作りであまり面白みがないから特別棟の方に移動するね」
「「「「はーい」」」」
百花院の校舎はコの字型になっていて、管理棟が中央にくる形で東側に教室棟が西側に特別教室棟が繋がっている。
生徒会室は特別教室棟の三階、最も人が来ない場所にある。ここ最近、毎日のように生徒会室に行っていたけれどこんな風にのんびりとした心持ちでここに来たことはなかった。緊張していないと周りの風景で気づくことが多い。
「この学園って本当に花が多いですね」
コの字型になっている校舎の中央部分、中庭には芝生だけではなくありとあらゆるところに花壇が設けられていて色とりどりの花が咲き乱れている。校門は桜の木がならんでちょっとした桜並木になっていたし、とにかく花が多い。
「百花院学園なんて名前に百の花の院と入っているだけあって、花を大切にする習慣があるの。昔はクラスもA組やB組とかじゃなく、桜組や菫組や百合組なんて花の名前で付けられていたそうよ」
「あっ、バラも咲いているよ。中等部もお花いっぱいあったけど、やっぱり高等部は違うね」
真紀が廊下の窓から中庭をキョロキョロ見渡す。
「確か温室もあるんでしたよね」
芹那が思い出したように質問した。
「小さいのだけれど外にあるわ。後で行きましょうか。さて、ここが特別教室棟一階。ここには第一理科室と第二理科室、第一視聴覚室とプラネタリウム室と書道室と第一音楽室があるわ」
百花院学園の校舎はとにかく横に長い。これだけの教室がワンフロアにあれば当然、移動が大変になる。
「理科室だけど第一は科学で第二が生物で使う教室になっているわね、プラネタリウム室は主に天文学部が使用しているけれど、基本的には常時解放中だから一般生徒でも使えるわよ」
どの教室も十分な広さ、そしてなにより立派な設備が整っている。
学校にあるプラネタリウムってカップ麺の空き容器に錐で穴開けたやつとかじゃないの?暗幕の張られたプラネタリウム室は中央に黒くてごつくて高そうな機械が鎮座していた。
音楽室には大きなグランドピアノ、音楽家の肖像画があるところまでは普通だけれど、なぜかガラスケースに入ったバイオリンがあった。あれ、いくらするんだろうか。そもそもそんなバイオリンを弾きこなせるような生徒がいるのだろうか。
一階の教室を見て回ったので二階へ移動する。
「ここは第三理科室と第四理科室と第五理科室、第二視聴覚室と美術室と第二音楽室があるわ」
「まだ理科室あったんですか!?」
思わず突っ込んでしまった。理科の授業に特化しているわけでもないのにそんなにあるの?一体なんの基準で使い分けているのか。
「第三が物理で第四が化学で使っているわね。第五理科室は特に決まってないからあまり使う機会がないんだけど」
ほら!理科室余ってるじゃん!第五理科室だけ仲間外れみたいにされて可哀想じゃん!
「ここがその第五理科室なんだけど」
桜子先輩は第五理科室の扉を開けた。
そこには標本や剥製、おおきな魚の骨なんかが並んでいた。なに、ここ。本当に学校?
「資料を置ている部屋なんだけど、博物館みたいになってるからここに生徒を入れて授業できなくなっちゃってるのよね」
桜子先輩は恥ずかしそうに笑っているけれど、恥ずかしがる理由が全く分からない。むしろこんなところに金をかけるくらい金があるんだぞって誇るところじゃないのだろうか。志乃も芹那も真紀も苦笑いを浮かべている。これだから金持ちの感覚は分からない。
「三階は生徒会室なんもあるけど空き教室だしつまらないだろうから外に行こうか」
生徒会室、その単語に真紀が反応したようだったけれど桜子先輩は気づくことなく階段を降り始めた。管理棟の一階に下駄箱スペースが設けられている。外履きに履き替えて校舎を出る。
「外で案内出来るとことなると、華道室と茶室、そしてさっき話した温室もあるわ。その他だと記念ホールとかになるけどその辺りは見て面白いとは思えないかも」
「温室行きたいです!」
「わたしも温室見てみたい」
真紀と志乃の意見で温室に行くことになった。季節の花が咲き乱れる中庭を抜ければ白い噴水が見えきた。学校内に噴水って、一体どんな理由があって設置されているのか。太陽の光を浴びて水の上では光が乱反射している。
「あそこにあるのが温室よ」
校門から入って桜並木とは逆の方向に、サーカス団のテントのような施設があった。ガラス張りながらも半透明のビニールで覆われているのか外からではぼんやりとした色しか見えない。
「温室へようこそ、結構立派な作りになっているわよ」
「……わぁ」
無意識のうちに声が漏れていた。
そこは明るく、暖かく、柔らかな空間だった。中庭に咲いていた花とはまた種類の違う花、南国を思わせる鮮やかで派手な色をしたが咲き乱れている。周囲には幹が太く、大きな葉が特徴的な背の高い木が天井まで伸びている。
「すごいですね」
私の言葉に志乃も芹那も真紀も無言のまま頷いていた。三人にとってもこの空間は驚きだったらしい。
耳をすませばちろちろと水が流れる音も聞こえてくる。建物の中央部分には簡易的だけれどテーブルと椅子のセットがぽつぽつと点在していた。
「あら、先客がいるみたいね」
桜子先輩の視線の先には私たちと同じく一年生のグループがいた。見たことない人たちだからA組ではないだろう。今日の体育で見た気がするし、B組の人だろうか。
「温室は隠れ人気スポットだからみんなここを見に来るのね」
少し進むと花の種類が変わった。蔦がアーチ状になっていて緑のトンネルが出来上がっている。そこを抜けるとバラの生垣が広がっていた。まるで迷路のような作りになっている。
「造花の分際で」
振り返った先には誰もいなかった。
優しくて柔らかくて暖かい空間を切り裂いてこの耳に届いた悪意ある言葉。本物の花が溢れんばかりに咲き乱れる空間、造花なんて一つもないはずだ。
名前を呼ばれた訳じゃない。けれど付きまとうような視線から私に向けられた言葉であることは明白だった。
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