第9話 3つ目の顔

「うん、こんなもんかな」


 凝り固まった筋肉を解すように椅子に座ったまま伸びをする。首を左右に傾ければポキポキと軽快な音がした。あまり鳴らさない方がいいと聞くけど、すっきりするし気持ちいいしついつい鳴らしてしまう。

 カット割り、文字入れ、SE付け、サムネイルの設定などの編集作業は一通り終了した。高校生活がはじまる前に何本も撮り溜めしておいて正解だった。過去の自分を褒めてあげたい。

 そして、これだけは隠し通さなくては。

 優等生の猫かぶりがバレても、実家のこととゲーム実況の動画投稿者『ルテヒ』であることは何が何でも隠し通さなければいけない。


 いくら学校生活にかかる学費がタダといえ、なんの支払いもナシに私生活を送ることは難しい。お菓子を買うとか、欲しい服を買うとか、ちょっと可愛いバッグを買うとか、当たり前だけどそういう事にはお金がかかる。

そういうことに使うお金をおばあちゃんにせびることは絶対にしたくなかった。おばあちゃんが厳しい人だった、ということもある。けれどそれ以上に私がおばあちゃんに必要以上のお金をもらうことはしたくなかったのだ。

となると、自分で稼がなくてはいけない。けれどこの国の法律では15歳の3月31日を迎えるまでアルバイトはできない。中学生が合法的にお金を稼ぐ方法はない、わけではない。


『ルテヒ@ルテヒのゲーム部屋 21:59

お待たせしました、この後23:00に新作動画アップします!URL→https://――』


 SNSで告知アップ完了。あとは時間通りに動画がサイトに掲載されるのを待つだけだ。

 義務教育期間でも合法的に第三者から金銭を授受する方法、スマホとネット回線さえあれば世界にアクセスできるこの時代、私は動画サイトの広告収入に目を付けた。

 この方法なら学生ながらも自分のペースでお金を稼ぐことができる。

一人っ子でゲーム好きだったこともあり向いていると思ったけれど、最初の頃は動画の編集に四苦八苦してプレイ時間よりも編集時間の方が圧倒的に長いのに再生回数は伸びず、収入なんて雀の涙ほどしかなかった。

 私のプレイスタイルは、ゲームを一人でプレイしてプレイする様子と雑談を織り交ぜるという一般的なもの。基本的にはゲームのジャンルは問わないけれど、比較的対戦やホラーものが多い傾向にある。

 それは、初めて私のバズった動画が原因だ。

 中々芽がでず、動画再生回数もチャンネル登録者数も広告収入も全てが雀の涙だったあの頃、勉強と平行して実況動画の投稿を細々と続けていた。その甲斐あってか登録者数が1000人に達して、プチイベントと称して初の生放送実況を行った。

 当時、よくプレイしていた他のユーザーとオンラインで戦うというバトルロイヤルゲームで新マップが実装されたので、コンピューターと対戦しつつマップの説明をするという内容にするはずだった。

 年齢の公開は今もしていない。けれど、学校という単語を動画内で喋ったことがあるので学生だということはバレていると思う。年齢不詳の女子学生がゲームをしつつ時折、真面目な雑学を混ぜて喋るといういたって健全な路線でチャンネル登録者数を獲得していた。

 つまりは動画内でも猫を被っていたのだ。対戦プレイ中についつい出てしまった暴言は編集で全てカットしていた。

 プチイベント当日、初めての生放送に少し緊張し戸惑いながらも流れるコメントを拾ったり投げ銭にお礼を言ったりと楽しみながらもゲームをしていた。大好きなゲームの新マップ、ということでテンションが上がっていた。

 新マップということでゲーム側にミスがあり、当たるはずのない銃弾が当たった時、私はやらかした。


『はぁ!?あばけるなっ!そんなこんあるかッ』


大声で暴言を吐いたのである。ちなみに、ふざけるなを長野弁にするとあばけるなになる。

思いっきりそう叫んで、冷や汗かいてももう遅い。やってしまった……、完全に終わった。これまで清楚ぶった声で大人しく雑学交えながら配信するというちょっと不思議ながらもタメになるという路線でやってきたのに、怒鳴るならまだしもガッチガチの方言で怒鳴るなんて完全にやらかした。

 You Loserの文字が映し出された画面とともに体はフリーズして、流れるコメントを目だけで追っていた。


『あれ、今のって』『完全にやらかしたwww』『あんな声出たんだ』『ルテヒこれが素か?』『これは草』『www』 『ネタ確定』『あばけるな、今後使おう』『あばけるなで古参ぶるなw』『ルテヒ語:あばけるな』『www』『長野弁なんだ』『あばけるなw』


 叫んで直後こそ困惑が広がっていたが数秒もすれば完全にネタにして面白がってやろうという雰囲気が醸成されていた。その数日後、視聴者がその部分だけ動画を切り取ったものをSNSにアップしたらしくプチバズりを起こしたことでチャンネル登録者数が一気に倍になった。

 そんなアクシデントもあり、普段は真面目で落ち着いているけどテンパると長野弁で暴言を吐くことがいつしかテンプレートとなっている。

視聴者がそんなポイントで面白がるというのは驚きだったけれどこのアクシデントを機にホラーゲームにも手を出すようになった。そんな感じで週に二本を最低ラインにして動画投稿を続けて早二年、チャンネル登録者数で一つの町を作れるくらいには成長できた。

 広告収入は動画制作の軍資金に充てて余った分はお小遣い。衣食住以外の欲しいモノは自分のお金で買う。それが私の中のルールだった。

 だからこそ、なんの苦労もせずにお金に困ることのない連中は大嫌いだ。


 寮で共用スペースに出る時は制服を着ていなければいけない。だから朝起きて、着替えて身支度を整えてから食堂へ向かう。

 百花院学園は制服のデザインがオシャレなことでも有名だ。なんでも、卒業生であるデザイナーがデザインや生地にもこだわって作った一品だとか。

 男女ともに濃紺ブレザー、男子はネクタイが女子はリボンとスカートに深い赤のチェックでパッと目を惹く色合いになっている。私立なだけあって靴下まで指定のものが用意されている。

 制服の胸元に付けるバッジや靴下の刺繍には桜と百合があしらわれた百花院の校章がデザインされている。

 姿見で最終チェックをして部屋を出る。部屋の施錠は専用のカードキーで管理されている。ここまでくるともうビジネスホテルと大差ない設備だと思う。

 食堂は男子寮と女子寮を繋ぐ寮管理棟の二階にある。ちなみに一階は大浴場が、三階は自由に使える共用個室スペースになっている。


「あっ、律葉ちゃんおはよう」


 部屋から出て少し歩いたところで声を掛けられた。振り向けば志乃がそこにいた。そういえば寮暮らしだって言っていた気がする。


「おはよう、志乃。これからご飯?」

「うん、一緒に行こ」


 この時間のエレベーターは中々来ないので徒歩で食堂まで向かう。


「そういえば志乃って部屋何番だっけ?」

「213号室だよ、律葉ちゃんは?」

「私は201号室、部屋がちょっと遠いんだよね」


 角部屋なのであの部屋で満足しているけれど。あれ以上の設備を望んではバチがあたりそうだ。


「結構近いね、今度遊びに来てよ」

「行く行く、抜き打ち点呼だけ気を付けて遊びに行くよ」


 消灯後には抜き打ちの点呼があるらしい。その他にも寮のルールを破るとなにかと罰がある。あまりに罰の回数が多いと生徒指導の対象になってしまう。優良特別待遇生徒として罰を受けるのは何としても避けたい。


「これが朝食って、何回見ても見慣れないなぁ」

「何か言った?」

「ううん、なんでもない。取りに行こう」


 朝食はビュッフェ形式で提供されている。入口でトレーを取って好きな食べ物を好きなだけ取って席に着く。和食ゾーンには白米、お味噌汁、焼き魚、おひたし、卵焼きなどが、洋食ゾーンには数種類のパン、ジャム、スープがあり、フルーツやシリアルが並ぶデザートゾーンまで用意されている。飲み物だって水やお茶の他にコーヒーや紅茶や野菜ジュースまで揃えられている。

 これが毎朝用意されているなんて未だに信じられない。和食ゾーンで白米とお味噌汁、焼き鮭とお新香の小皿を取ってくる。


「律葉ちゃんご飯派なんだ」

「実家がご飯だったからパンにあんまり慣れてなくてさ。志乃はパン派?」

「うん、ここのジャム美味しいしいつも食べ過ぎちゃうんだよね」


 志乃の言う通りここのご飯は美味しい。だけど時々、実家のご飯が恋しくなる。おばあちゃんの漬けたお漬物また食べたいなぁ、っていけないいけない。ここに来てまだ一か月も経ってないのにホームシックになるのは早すぎる。


「そういえばちょっと聞いたんだけど」

「ん?なぁに?」


 志乃は改まった様子で切り出した。


「律葉ちゃん生徒会に入るの?」

「あー、まだ確定じゃないんだけど」

「研修期間の役員候補になるってのは本当?」

「それどこで」


 書類にサインをしたのは昨日の放課後のこと。それにこのことは私から第三者には話していない。ということは天城先輩たちの生徒会メンバーが教えたのだろうか。それにしても噂が回るのが早すぎる。


「わたしが聞いたのは外部生の子が生徒会に入るってところだけだったんだけど、生徒会に入るような外部生って律葉ちゃんのことしか思い浮かばなくて」

「あー、そういうことね」


 個人名がないあたりあくまでも面白おかしく語られている噂の範疇なのだろう。そんな大事にするつもりはないだけに、噂に一人歩きされるとめんどくさそうだ。

 けれど決して嘘ではないので否定するのも難しいし、どうしたものか。


「まだ決定ってわけじゃないから、あんまり言わないどいて欲しいんだ」

「も、もちろんだよ。約束するね」


 そう言って小指を差し出す志乃に少しだけ笑ってしまった。

多分、志乃はこの時代に珍しく生粋の箱入り娘なんだろうなぁ、なんて思いながら私も小指を出して緩く絡めて指切りをした。

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