第8話 決意表明
いつからバレていた?
生徒会室を出て、寮の自分の部屋に戻ってきてもそのことばかりが頭の中で渦巻いていた。
優等生を演じていること、猫かぶりであること、一体いつからバレていた?公言するようなことじゃないから、見透かされたのだろう。多分、最初から。新入生代表の挨拶の時点でバレていたのかもしれない。
これまで猫を被っていることがバレた相手なんておばあちゃんしかいなかった。身内だけだった。天城先輩とはこれまで二回しか喋ったことがなかったのにあっさり見透かされた上、生徒会メンバーの前で直接そのことを問われた。
だけど問題はそこじゃない。
同類には鼻が利く、と宣言したことは自分自身が猫かぶりであることを公言したのと同義でありその上、実際に猫かぶりであると宣言した。あの場の雰囲気を見る限り、猫かぶりは天城先輩だけではなく全員事情があって望まれる姿を演じている。
お金持ちのお坊ちゃまお嬢様たちだ、だいたいの事情は察しが付く。
天城先輩含め、現生徒会メンバーは全員優秀でありながらも猫をかぶっている人たちで構成されている。そして全員がそれを周知している。それはつまり、あのメンバーといる時ならば素の自分を曝け出せる、ということ。
つまり、私立百花院学園高等部の生徒会は表向き眉目秀麗で品行方正、非の打ち所がない優秀な生徒が集まった憧れだけれど、中身はお坊ちゃんお嬢様が素でいられて本音で喋れる場といった具合なのだろう。
生徒会としての仕事は完璧にこなしているから、外側から見ているだけでは実態までは掴めない。そもそもあの人たちがボロを出すようなことはしないのだろう。生徒会室でのみ本音で喋って、生徒会室から出たら各々が望まれる姿を演じている。
その関係性が羨ましいな、と思ってしまった。
一度、優等生を演じてしまったら途中棄権は許されない。私はずっとそうして生きてきた。
本音を隠し、質問には相手が喜ぶ回答をつらつらと答える。偽物の笑顔を張り付けて、溜息一つ零さない。誰にも相談できない、誰にも本音を喋らない。
制服のままベッドに寝転ぶ。
相談できる相手がいる、本音で喋れる仲間がいる。そんな関係性が羨ましい。まるで普通の友達みたいだ。
「……いいなぁ」
無意識のうちにそう呟いていた。
思い返せば、私には胸を張って友達といえる人なんていないんじゃないか。
中学時代のクラスメイトや一緒に生徒会で活動していた人たち、円滑なコミュニケーションが図れなかったわけではないけれど、業務外の悩み後を相談したりわざわざ休みの日に遊びに行ったりそういう経験があまりない。
あったとしてもそのコミュニティが存続している限りの話で、クラス替えで別のクラスになった元クラスメイトと仲良くしたり、卒業してもこまめに連絡を取り合うような相手はいない。
私、友達が欲しいのかな。
「生徒会室、行こうか」
高校生活三日目、帰りのホームルームが終わると小暮坂は当たり前のようにそう声を掛けてきた。
クラスメイトからの視線を感じる。中には攻撃的なものも混じっているけど今はそっちに構っている暇はない。
「うん、行こっか」
鞄を持って教室を出る。三日連続の生徒会室、もう道のりも覚えた。
「天城先輩から何か言われているの?」
隣であるく小暮座にしか聞こえないくらいの声量。放課後の校舎は色々な音が混じっているから注意しないと簡単に聞き逃してしまう。
「連れて来い、とだけ」
「律儀だね。天城先輩って怒ると怖そうだもんね」
言いつけをきちんと守っているあたり、生徒会内の規律はきちんとしているのだろう。
「怒らないよ、あの人。不気味なくらい怒らない」
呟くようにそう言った小暮坂の瞳は前を向いていながらも視線は少しだけ上に注がれていた。
「尊敬してるんだ」
「まぁ、すごい人だからね」
また出た。すごい人、という誉め言葉。天城先輩を含め、生徒会メンバーを賞賛する人はこぞってすごい人だと表現する。
「みんなすごいすごい言っているけど、いまいちどんな風にすごい人なのかよくわからないんだよね」
家柄、頭脳、性格、人望、そしてある程度の見た目も求められるこの学園で生徒会長の座を確かなものとし、厚い信頼を寄せられているのは素直にすごいと思うけれど、ここがすごいという明確なものがわからない。
「それは生徒会に入って、真さんを見てればわかるんじゃない?」
小暮坂はニヤリと笑った。自己紹介の時に見せた笑顔とはまるで違う。そうだ、小暮坂も生徒会メンバー候補なのだから当然、猫かぶりということになる。
「腹の探りみたいのは好きじゃないから、早く生徒会に入ってくれると嬉しいんだけど」
「そういえば、小暮坂は中等部時代も生徒会入ってたって聞いたけどやっぱり会長やってうたの?」
勧誘の言葉は聞こえないふりをして強引に話題を変える。
「俺?俺が最終的についた役職は副会長だよ。どっちかというと補佐の方が好きだし」
「え、じゃあ会長だった人は?」
順当に考えるなら、私なんかじゃなくて中等部で会長をやっていた人が生徒会に勧誘されるはずだ。高等部と交流があるなら天城先輩をはじめみんな面識があるだろうし。
「会長だったやつは別の学校行ったの。百花院の生徒でもないのに生徒会に勧誘なんてできないでしょ」
「あ、なるほど」
百花院学園はエスカレーター式だからついつい中等部から高等部に進学するものだと思っていた。
「ほとんどの人が内部進学するんだけどね、あいつは他行っちゃったから」
そう呟いた小暮坂の横顔はなんだか寂しそうだった。
「あのさ、」
「はい、到着。失礼します」
私が声を掛けるよりも先に小暮坂は生徒会室の扉を開けた。
「失礼します」
仕方がないので私もあとに続く。生徒会室には既に天城先輩と桜子先輩、一条先輩に五条先輩と生徒会役員候補の面々が既に集まっていた。
「本日の紅茶は世界三大紅茶の一つであるダージリンティーです。香り高い茶葉なのでお菓子は香りの良さを引き立ててくれるようにプレーンのクッキーです」
昨日と同じ席に着くなり五条先輩が滑らかな動作で紅茶とお菓子を出してくれた。一条先輩のお世話係と聞いていたけれど、メイドさんとしての仕事もしているのだろうか。
「まさか昨日の今日で来てくれるとは思ってなかったよ」
口ではそう言っているものの、天城先輩の表情に驚きの色なんてこれっぽっちも見えない。
「生徒会に関する質問ならなんでも受け付けるよ」
「質問はありません、決意表明をしに来ました」
折角、お茶とお菓子を用意してくれた五条先輩には申し訳ないけれど、何にも手を付けないまま席を立つ。
天城先輩のデスク、重厚そうな机とセットの椅子の前に立つ。今日は机の上に脚を上げてはいない。
「私をこの生徒会に入れて下さい」
ボックスソファでパソコン作業をしていた桜子先輩と一条先輩の視線が画面から私に向けられた気配があった。そして何より、天城先輩が目を見開いた。
瞼がほんの数ミリ持ち上がった程度の事。それでも、その反応だけで何か大きなことを達成したような気持ちになる。
「それは、嬉しい限りだよ。本当に」
一条先輩は少し考える素振りを見せてからつづけた。
「だけど時間はまだある。大事なことだろうからもう少し考えてくれてもいいんだよ?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、時間を掛けたところで結論は同じだと思いまして」
「と、言うと?」
そこに不快感や猜疑心は一切なかった。ずっと欲しかった新しいおもちゃを手にした子どもような眼差し。
脅しかけるくらいの心持ちでいたのに純度百パーセントの好奇心を向けられるとは想像していなかったので一瞬、怯んだ。
みんなが口を揃えて言っている『すごい人』の片鱗を見た気がした。
「自分を含め、生徒会メンバーがみんな優等生を演じている猫かぶりだって公言されたんです。勧誘からそう簡単に逃れられると思っていません」
虚勢でもいいから気丈に振る舞うこと。女という性別に生まれて、身長に恵まれなかったからこそ早いうちに学んだ教訓の一つ。
ややあってから天城先輩はゆっくりと口を開いた。
「律葉は賢いから自ずとそういう思考に至って、早く結論を出してくれると踏んだからあの場で暴露したんだよ」
清々するほど天真爛漫な笑顔。だけどそれだけが本心じゃないことは嗅ぎ分けられた。
「そういう算段もあったと思います。嘘ではないけれど、それは暴露した理由の半分にも満たないですよね」
博打が過ぎるのだ。万が一にも私が猫かぶりではなく、生徒会への加入意思が引くかった場合、生徒会役員候補が猫かぶりで先生や生徒そして家族までも騙しているような性悪だとバラす可能性だってある。
私が本物の猫かぶりで、生徒会を嫌っていないという確信がないと実行するにはキケンすぎる作戦だ。
「生徒会メンバー候補の本性をバラすなんて危険なことをしてまで、私を生徒会に入れたい理由はなんですか?」
最早、暴露した理由なんてどうでもいい。そんなことは私を生徒会に入れたい理由さえ分かれば自然と導き出せることだろう。
硬直した空気は燕が飛ぶような軽やかな口笛に切り裂かれた。
「生意気そうだけど俺は嫌いじゃねぇよ」
口笛は一条先輩が鳴らしたものだった。
「なにより真さんの珍しい顔も見れたし、面白そう。いいんじゃないですか?生徒会に入れても」
この雰囲気に不釣り合いなほどの至極楽しそうな口調だった。
「はっきりとモノが言えることは大切よ。可愛い後輩が出来ることは嬉しいし、私も律葉ちゃんを歓迎するわ」
小さく右手を上げてこちらを見ている。まさかの桜子先輩まで一条先輩に同意見だった。
「マリアはどう思う?」
「司がいいと言うならわたしに異論はありません」
立ったままの五条先輩はきっぱりとそう言い切った。次、というように天城先輩の視線は事の成り行きを見守っていた小暮坂に向いた。
「俺はまだ一年だから律葉と同じ立場です、候補加入にどうこう言える立場じゃないですよ」
「という訳だ、生徒会役員候補の加入を正式受諾するよ。詳しいことは書類を用意して説明するからそこにサインを」
「待ってください。まだ質問の答えを聞いていません」
そこをうやむやのままにするのは消化不良のような気がして居心地が悪い。
なぜ、私なのか?目的は何なのか知っておきたい。
「それは」
天城先輩はにっこりと微笑んだ。
「それは、正式な生徒会役員の就任が決まってからのお楽しみ、ということで」
見た目にそぐわない茶目っ気たっぷりのセリフすら似合ってしまうあたり、本当にこの人はすごい人なのかもしれない。
とんでもないとことろに飛び込んじゃったかなぁ。差し出された紙を手に取りながら早くもそんな思いが胸を掠めた。
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