第7話 同類には鼻が利く
「一年生への説明も兼ねておさらいをしようか」
天城先輩は立ちあがると軽やかな足取りで壁際まで歩いて壁のスイッチを操作した。ほどなくして緩慢な機械音とともにカーテンが自動で締る。カーテンとともに電気のスイッチも切ったのか部屋の中は忽ち暗くなる。
「正面を見て」
重厚感ある木のテーブルとセットの椅子。その奥の壁にプロジェクターでパソコンのデスクトップが映し出されている。ほどなくして一枚の図に切り替わった。
『百花院学園生徒会年間スケジュール概要』とタイトルが打たれている。ゲージの右から三分の一が青色で二月から六月の研修期間・役員候補、残りの三分の二が六月から四月のオレンジ色で在任期間・役員と記されている。
「百花院学園高等部の生徒会の任期は少し特殊で、研修期間と在任期間がある。前代からの引継ぎは二月から指名制で行われて、そこから約四ヶ月の研修期間を役員候補として生徒会の仕事をこなしていく。今は四月だから研修期間だ」
赤いポインターが研修期間の青いゲージの周りをぐるぐると回っている。
「その後、生徒総会で生徒からの信任投票を規定数獲得することで本格的に生徒会役員として在任することが決定する。二月から六月までの研修期間四カ月、六月から二月までの在任期間は八カ月で計一年となる」
入学式、新入生歓迎会、球技祭、生徒会選挙、文化祭、体育祭、卒業式など様々な行事の開催される時期が書き込まれている。ポインターはゲージの切れ目、六月でピタリと止まった。
「役員は一年六月第二週に行われる生徒総会で決定しなければならない。継続する場合でも生徒総会で選挙を行う必要がある」
そこで天城先輩は私と小暮坂の方へ視線を移した。
「けれど一年生は入学自体が四月であるため、二月から研修として役員候補となることは現実的に不可能。だから四月からの二カ月間が役員候補の研修期間となる。一年生の役員市名は会長をはじめとする役員候補が指名することで行われる」
にこりと笑いながらこう続けた。
「現状、俺も会長として仕事をさせてもらったり前に立たせてもらったりしているけれどまだ本格的に会長になったわけじゃない。研修期間の候補生徒だ」
話題を切り替えるように天城先輩の声のトーンが少し明るくなった。それだけで空気が少し軽くなったような気がする。本当に場の支配が上手な人だ。
「そもそも生徒会とは」
「生徒の生徒による生徒のための自治的活動組織」
一条先輩が先回りして言葉を被せた。
「ですよね、真さん」
「司の言う通り。クラスはもちろん、委員会や部活など様々な単位の組織を束ね、統括を執る。全てはより良い学園生活を送る為に問題や課題を発見し、改善や解決に向けて尽力することだ」
天城先輩は続ける。
「百花院に限らず、生徒会というのはその学校に通う生徒を代表する存在となる。それにうちみたいな学校は社会的にも、場合によっては個人的にもある程度名が知られているからその活動に問題があれば罵倒されることだってありえる。良いことをすれば賞賛されることもあるけれど、この世の中は賞賛よりも罵倒の怒号が良く響く設計になっている」
苦い顔をしながらも天城先輩はきちんと言い切った。
「生徒会役員になるのにはメリットもあるけれど、デメリットもある。そこは理解しておいて欲しい」
スライドが変わった。『百花院学園組織図』中央に生徒会のブロックがあり、クラス会や委員会、部活動会など様々な組織に枝分かれしている。
「次に仕事内容。生徒会の仕事は多岐に渡る。常日頃から生徒がより良い学園生活を送れるようにサポートをするため改善できることを探し、取り組む。その他、学園の行事やイベントでは全体の統括を執ったり、代表挨拶として壇上に登ることも多々ある。何かと仕事があるから、放課後の時間は生徒会で過ごすことが多いね。こんなところかな」
私以外の全員がすまし顔で天城先輩の話を聞いている。同じ一年生であるはずの小暮坂も隣で授業を受けるように説明を聞いていた。
「すみません」
片手を挙げて質問の意思をアピールする。ティーカップの中の紅茶はすっかり冷めきっているだろう。
「どうしたの?律葉」
この人は当たり前のように人のことを下の名前で呼ぶ。
「話が急展開過ぎてついていけないです」
「その割には顔色に困惑が見えないよ。理解はできているんだろう?」
「私がここに呼ばれた理由について、です」
「生徒会への勧誘だよ。だから説明している」
勧誘、それは初めて会った時にも言っていた言葉だ。だけど勧誘って、人となりを知っているからするものではないのか?
「生徒会の仕事は知っているだろう。中学生の頃、生徒会の会長をやっていたことは知っているよ」
田舎の公立中学校の生徒会と都内の金持ち私立高校の生徒会じゃ規模が違う。あの時の経験がここで生きてくるとは思えかった。
「中等部も百花院だった小暮坂と違って、私は内部生じゃないですよ」
「内部生か外部生かは関係ない。そんなつまらない差別、俺はしないよ。優秀であればいい」
呆然としている私をよそに天城先輩は説明を続ける。
「確か柊は昔馴染みだし、中等部でも生徒会活動に尽力してくれていたから個人的に性格も実力もよく知っている」
視界の隅で隣の小暮坂が小さく頭を下げた。
「律葉、君に関しては個人的に知っていることは少ない。けれど、優良特別待遇生徒であるということは、勉強を含めこの学園がどこに出しても恥ずかしくない生徒と認めていることだ。だから学費を含めて学園生活に関わる全ての費用をこの学園が負担している。そうまでしても手放したくない人材ということの現れだ。それに、俺以外の候補生と全員からも承諾は得ているよ」
桜子先輩と五条先輩は頷き、一条先輩は私を視線だけで一瞥した。
「……随分と学園の判断を信用しているですね」
「知ってるからね。優良特別待遇生徒になれる人がどんな人か」
天城先輩は自信に満ちた顔で言い切った。桜子先輩が小さく笑い声を漏らす。
「そして、もう一つ心底君を信用している要素がある」
意味ありげな物言いをした天城先輩だけれど、あいにく私に思い当たる節なんて一つもなかった。
天城先輩と話したのは昨日が初めてで、プライベートな話は一切していない。そもそも私は学園にいる間、素性を明かすことなくいい子ちゃんに徹しているからそんな会話をすることは今後もあり得ないのだが。
まさか入学式の新入生代表挨拶でそこまで見初められた、わけないか。そこまで期待される理由の見当がつかない。
「俺と、いや俺たちとすごく良く似ているなぁ、と思って。だから俺たちの秘密も守ってくれるだろうから信用しているんだ」
「似ているって、何がですか?私は皆さんみたいな大きい家に生まれたわけでもないですし」
「その薄っぺらい笑顔、剥がしていいよ」
「え?」
何を言われたか理解できなかった。天城先輩、今なんて言った?困惑する私をよそに天城先輩は相変わらず軽やかな足取りで歩いて、正面にある重厚そうな机とセットの椅子を引き当たり前のように腰を掛けた。
「大企業の跡取り息子として、某老舗有名店の令嬢としての立ち居振る舞いが求められる。常に、だ。息を抜く暇なんてない、少しのミスも許されない。言葉通り息が詰まるような生活だ」
「そんな生活をいつまでも続けていたら本当の自分を見失ってしまう、おかしくなるよ。優等生、いい子ちゃん、憧れの存在を演じ続けるのは体よりも先に心が疲弊する、どこかで息抜きができる場所、素の自分を曝け出して受け入れてもらえる場所や相手が必要だ」
「この生徒会はそんな息抜きの場所でもあるんだ」
天城先輩は見るからに高そうな机になんの躊躇もなく靴を履いたまま脚を乗せた。
「ここにいる全員が猫かぶりだよ」
そう宣言する笑顔には憧れの天城先輩としての爽やかさなんてこれっぽっちも残っていなかった。
「律葉、君も同類だろ?」
同類には鼻が利く。それは自分だけじゃなく、相手も自分に鼻が利くということでもある。
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