第6話 生徒会の噂2

『生徒会は憧れの的だよ、百花院の誇りでもあるね』

『あのメンバーはなんていうか、すごい人たち。生まれ持ったものが違うってカンジ』

『勉強もスポーツもできて性格まで完璧って、もう人離れしてるよ』

『生徒会メンバーって勉強常に十番圏内じゃなきゃいけないんだっけ?』

『暗黙のルールらしいな。学生の本文は勉強だから、そこで誇れないやつは除外って噂もあるくらい』

『俺も生徒会入りてぇ~な~』

『みんな人望がある。それで家まで完璧なんだからダメなところがない』

『生徒第一で考えてくれるし、本当にいい人達って感じ』

『会長や副会長に至っては人生何周目ですかって』

『わかる、どれだけ徳積んだらあんないい人になれるのか』


 色んな人に話してかけてそれとなく生徒会の情報や評判をかき集めた。驚くほどに賞賛の感想しかない。それほどまでに生徒会は憧れの的であり、生徒の為に尽力してきているのだろう。

 けれど、ここまで良い話しか聞かないというのはかえって気味が悪い。権力があって、こんなにも憧れの的であるのなら良く思わない人だっているはずだ。

悪い話や黒い噂の一つや二つくらいある方がまだ健全というもの。一人のアンチもいないだなんてかえって不気味だ。

 生徒会の正体を探るには噂じゃなくて、自分の目で確かめるしかなさそうだ。


「律葉ちゃん生徒会気になるの?」


 隣の席だから会話が聞こえていたのだろう。帰りのホームルームが終わると志乃はそう尋ねてきた。


「うん、みんなすごいって言ってるからどれくらいすごいのかな~って」

「確かに生徒会の人たち、みんな有名人だもんね」

「有名人、かぁ」

「そうだよ。本人もだけどお家もすごい人たちだし。わたしの家なんて比にならないくらいだよ」


 そうだ、ここは日本でも有数のお坊ちゃん・お嬢様が通うお金持ち学校、有名企業の跡取りだって在籍しているくらいだ。


「会長の天城先輩はあの天城グループで、副会長の桜子先輩は小暮坂くんのお姉さんだから和菓子屋の小暮坂だよね?」

「そうそう、2年生のもう一人の副会長と書記の先輩は一条グループとその分家の五条家出身だし、留学中の会計の先輩は大手建築会社の人だし、もう全員格が違うよ」

「……そうなんだ」

「あ、いたいた東雲さん」


 呼ばれた声に顔を上げれば小暮坂くんがそこにいた。小暮坂柊くん、京都に本店を構える百年以上の歴史がある和菓子屋、小暮坂の息子。


「どうしたの?」

「真さん、じゃなくて、天城先輩から東雲さん連れてきてって言われてさ、一緒に生徒会室来てよ」

「えっ、わかった」

 まさかのこちらから行かずとも迎えにきてくれるとはなんと丁寧な。外堀を埋められているような気もしてどことなく面白くはないけれど、今の私には断る理由がない。


「じゃあね志乃、また明日」

「ばいばい律葉ちゃん」


 鞄に荷物を詰めて教室を出る。


「ごめんね、急がせちゃった?」


 これに似たやり取り天城先輩と昨日もしたなぁ、ぼんやりと思い出す。


「ううん、大丈夫。それよりも私を連れて来いってどうして?」

「俺も詳しくは聞いてなくってさ。昨日、真さんに呼び出されてたよね。その要件なんじゃないのかな?」


 詳しくは知らされていないということか。それにしても司さんって、


「天城先輩とは知り合いなの?」

「中等部出身だから知ってるってものあるけど、姉ちゃんが司さんと仲いいし、結構家族ぐるみの付き合いもあったりして昔から知ってるんだよね」

「そっか、桜子先輩副会長だもんね」

「あれ?姉ちゃんともう会ってるの」


 小暮坂は目を大きくした。本当だ、目元とか桜子先輩にそっくりだ。


「昨日会ったばかりだけどね。美人で優しくて驚いちゃった、あんなお姉さんいたら羨ましがられるでしょ」

「まぁ、すごいと思うし尊敬してるし自慢の姉ではあるけど……色々あるよ」

「色々?」

「色々、ね。姉弟なんてそんなもんだよ」

「一人っ子だからその感覚は分からないけど、ちょっと羨ましいや」


 兄や姉、もしくは弟か妹がいたらもっと違った家族の形になれたんじゃないのかな?と考えたことは一度や二度ではない。


「意外。しっかりしているから弟か妹いると思ってた」

「あはは、そんなことないよ」


 誰にも甘えられない、誰も助けてくれない。しっかりしなければいけない状況に置かれれば、人はおのずとしっかりする。

 そんな話をしていれば生徒会室が見えてきた。


「失礼します」


 小暮坂が扉を開けてくれたので後に続く。相変わらず生徒会室とは思えないほど豪華な部屋。ボックスソファの一つに男の人と思しき影があった。


「あぁ、柊か」


 柊の声に首だけで振り向いたその人はそのまま向き直ろうとしたところで、後ろにいる私に気が付いたようだった。


「あれ?その小さい子、誰?」


 今、なんて言った!?あ?小さいって言ったか?あの男っ!飛びつきたくなるのを我慢して笑顔を張り付ける。


「同じクラスの東雲律葉です、入学式で新入生代表の挨拶してた子ですよ」

「あー、あの女子生徒か。近くで見るとやっぱ小っちゃいな」


 小っちゃいって言った、こいつ一度までならず二度も小っちゃいって言った。許せん、いくら先輩といえど許せないぞ。


「真さんが呼んだんだろ、二人とも入れよ」

「失礼します」


 今すぐ帰りたい気持ちを抑えて生徒会室に入る。昨日と同じ席を勧められたので大人しくそこに座った。


「お客様ですか?」


 部屋の奥から女子生徒が一人やって来た。すらりと細くて長い手足に人形のような蒼い瞳、緩やかなカーブがかかった金髪は品よく低いサイドテールで纏められている。背筋をピンと伸ばしたままこちらへやってきた。


「初めまして、1-Aの東雲律葉といいます」

「俺は2年副会長の一条司、こっちは書記のマリアだ」


 一条先輩は性格通りの見た目、赤っぽい髪の毛はワックスで整えているのか少しツンツンしているし、目つきだって良いとは言えない。けれどそれが惹かれるような魅力となっている。

 座っているし、制服を着ているからハッキリとはわからないけれど体格もそれなりにしっかりしていそうだ。


「初めまして、2年書記を務めさせていただいている五条マリアと申します」

「どうも、初めまして。そんな、頭下げないでください」


 しょぱなから私をチビ(※小さい子)呼ばわりした不遜極まりない一条先輩に対して、五条先輩は立ったまま深々と頭を下げている。一条先輩と五条先輩で対応が全然違う、私何かしてしまっただろうか。


「マリアさんは司さんの付き人っていうかお世話係みたいな感じなんだよ」


 私の困惑を悟ったのか小暮坂が説明してくれた。五条先輩が小さく頷いている。


「幼少期から司の身の回りのお世話を焼かせてもらっています。わたくしのいる五条家は代々一条家に使えてきた分家にあたるのです」

「分家、ですか」

「一言でいうなら主従関係」


 今度は一条先輩がぶっきらぼうに付け加えた。なるほど、それでこんないかにも俺様な対応と丁寧すぎる対応に分かれているのか。


「ただいまお茶を淹れて参りますね。何かご要望はありますか?」

「いえ、マリアさんにお任せします」

「私もそれでお願いします」

「かしこまりました。失礼致します」


 五条先輩は一礼すると部屋の奥の方へ行ってしまった。あそこにはキッチンでもあるのだろうか。


「まさか生徒会室にキッチンがあるんですか?」


 私の問に一条先輩は意味がわからない、という表情をした。そうだよね、いくらなんでも生徒会室にキッチンがあるわけ、


「キッチンがなかったら生徒会室での食事はどうすんだよ?」


 弁当作ってくりゃいいでしょうが。それかコンビニに買いに行くとかあるでしょ、この金持ちどもめ。自分の食べ物を自分で用意するという習慣はないのか。

 暫くして五条先輩は銀のトレーを手にして戻ってきた。ティーカップとティーポット、クッキーの盛り合わせが乗っている。


「髪色、すごく綺麗ですね。外国の方ですか?」


 日の光を浴びてキラキラと輝くような金髪だ。思わず心の声が漏れていた。初対面で失礼だっただろうか?質問してから気づいたけれど、五条先輩は気分を害した様子もなく「ありがとうございます」と返した。


「父親が日本人、母親がフランス人のハーフです。産まれこそフランスなのですが日本に来たのは5歳の頃なので、フランスでの記憶はほとんどないのですが」

「そうなんですか、目の色も綺麗です」

「褒めていただいても何も出ませんよ。お砂糖とミルクはいかがいたしますか?」

「ミルクだけお願いします」

「かしこまりました」


 五条先輩は琥珀色の紅茶に白いミルクを垂らして、くるりと一周だけスプーンをくぐらせた。柔らかな乳白色からふわりと甘い香りが漂ってきて、少しだけ心が軽くなる。

 だけど気を休める暇もなく扉が開かれる音がした。天城先輩と桜子先輩だ。


「呼んでおいて俺らが最後だったね」

「ごめんね、みんな」


 美男美女が並んでいるのは絵になる。そんな二人ともこちらへ来ると空いていたボックスソファに腰かけた。五条先輩は慣れた動作で天城先輩と桜子先輩にもお茶を出す。二人ともそれが当たり前であるように受け取っていた。


「少し長い話になるから、マリアも座って」

「はい、失礼します」


 五条先輩は一条先輩の隣のソファに腰を降ろした。天城先輩と桜子先輩、一条先輩と五条先輩、私と小暮坂がそれぞれ隣同士になっている。

 なに、何がはじまろうとしている?隣の小暮坂に視線を送るも、気づいていないのか涼しい顔をしてティーカップに口をつけている。


「一人足りないけど、留学中だからしょうがない。今いるメンバーだけで始めようか」


 私以外の全員が異論はない、と言うように黙っている。

 天城先輩は肘を膝の上に置いて、身を乗り出して話し始めた。


「次の生徒会メンバーは今ここに居るメンバーでいきたい思っている」

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