第5話 生徒会の噂

 百花院学園高等部・女子寮、二階の角部屋。全室一人部屋のこの豪華な寮生活。食事やお風呂は共同スペースなものの、各部屋にシャワーとトイレは備え付けられている。この空間だけでも十分に生活できるほどのレベルで整っている。


「あ~、疲れた」


 鞄を机において、ジャケットを脱ぎ胸元のリボンを外してベッドに倒れこんだ。シャツが皺になっちゃうな、わかってはいるものの動く気にならない。

 寮の食堂で晩御飯を食べてきたところなので、心地よい満腹感満たされている。

 色々なことがあった一日だった。入学式で生徒代表挨拶をして、そのまま新クラスで自己紹介して校内を見て回ろうと思っていたのに生徒会室へ連れられて、まさか生徒会の勧誘を受けるだなんて。


『百花院学園高等部の生徒会に入って欲しい』


 天城先輩の言葉に驚かない訳がなかった。入学式初日に生徒会スカウトなんて前代未聞だ。そもそも生徒会は選挙で当選しないと決められないなど様々な制約があるはずだし、一年生がいきなり四月から生徒会なんて聞いたことないし、そもそも私はこの学園に身分を隠して在学している身だ。優等生ではありたいものの、あまり目立つことはしたくない。

 けれど、生徒会に入ればほぼ確実に優等生のイメージを定着させることはできる。優良特別待遇生徒として加点になることは間違いなしの話なので、私にとって悪い話じゃないのもまた事実だった。


『少し、考える時間をいただけませんか?』


 私の申し出に天城先輩も桜子先輩も快く頷いてくれた。そして、生徒会やこの百花院学園について詳しい説明もしたいからまた時間がある時にでも来て欲しい、と。


「この学園と生徒会について少し調べよう」


 今の私には情報がない。外部生だからこの学園の制度や学風に詳しくないし、生徒会のポジションや知識についてはほぼ皆無だ。つまり圧倒的に不利、まずは情報収集からだ。


「……とりあえずシャワー浴びよう」


 情報を集めはとりあえず明日からだ。シャワーを浴びて早いところ寝てしまおう。

 それにしても豪華な部屋。この部屋を貰ってから飽きるほどに抱いた感想だ。寮の一人部屋にしてはかなり広いほうだろう。セミダブルのベッドに勉強机と椅子と本棚、クローゼットも二つある。

 家具は全て備え付けのもので、シンプルながらも洗練されたシンプルなデザインのもの。全室同じブランドで揃えられていると噂で聞いた。カーテンなど好きな物に変えてもいいらしいけれど、備え付けのもので十分なレベルなのでどこも弄っていない。

 パジャマ替わりの服と下着、バスタオルを用意してシャワールームへ。洗濯機こそ共用だけど、タオルやバスマットは備品として用意されているので毎日交換してもらえる。学生寮というよりはビジネスホテルに近いかもしれない。

 シャワーを捻ればすぐに熱いお湯が噴き出してきた。少し熱いくらいが丁度いい、疲れを落とすように頭を洗う。

 今、使っているシャンプーだって備品として支給されているものだ。優良特別待遇生徒なら寮での生活も学園生活の一部とみなされるので、実質どころか本質タダで雨風を凌げる立派な建物があり、三食保証されて高校生活が送れる状態。寮生活込みの学費なんて、到底私に払えるような金額じゃない。

 生徒会加入の話はリスクもあるけれど悪い話じゃない。

 正面から質問する以外にも、色々と探ってみよう。そう決心してシャンプーの泡を落とした。




 高校生活二日目、朝起きて身支度を整えて、寮の食堂でご飯を食べてからもう一度部屋に戻って、鞄を持って教室へ向かう。

 寮生活の大きなメリットとして、学校が近いことあげられる。朝、早く起きなくていいし電車やバスの遅延で遅れることもない。そして何より、通学にお金がかからない。タダって素晴らしい。

 中学時代、一時間に一本しかないバスに是が非でも間に合うように準備して、定期だけは忘れないようにしていたあの頃が懐かしい。

 授業が始めるまでまだ時間はある。寮の自室で時間ぎりぎりまで過ごすか迷ったけれど、結局早めに教室に来ておいた。クラスメイトと少しでも仲良くなるためには、同じ空間で過ごす時間を増やすに越したことはない。


「ねぇ、昨日天城先輩と一緒にいたよね、何かあったの?」

 席に着くなりクラスメイトの女子生徒に話しかけられた。えーっと、確か

「何かあったって、いうか。新入生の挨拶褒めて貰ったりとかそんな感じだったよ」


 生徒会の話はしていいのかわからずに咄嗟に隠した。昨日の自己紹介を思い出す。えーっと、内部生の宮ノ下真紀、だったはず。


「え~、いいなぁ。あの天城先輩から声かけてもらえるってだけでもすごいことなのに、褒めてもらえるなんて」

「天城先輩って、そんなにすごい人なの?」


 私の素朴な疑問に目を大きく見開いてから早口で喋りだした。


「すごい人だよ、あの天城グループの長男で百花院の生徒会長。中等部の時にも生徒会長やってたんだけど、その時から生徒第一に考えて色々企画して動いたり、地域行事に参加したりして優しいし、生粋のリーダーっていうか生まれ持ったものが違うというか。とにかく勉強も運動もなんでもできるすごい人なんだよ。中等部の時も学則変えたこととかあって、」

「ハイ、ストップ。真紀、天城先輩のこと大好きなのはわかるけど喋りすぎだよ、困ってんじゃん。ごめんねー東雲さんこの子、天城先輩のことすごい尊敬してて」

 ヒートアップする真紀を止めたのは、同じく内部生の海老山芹那だった。昨日も入学式を終えた教室で喋っていたし、同じ内部生だから仲もいいのだろう。

「気にしてないよ。あとクラスメイトなんだから名前で呼んでよ」

「あっ、ホント?じゃあ今日から律葉って呼ぶね。そっちも芹那でよろしく」

「ちょ、あたしだけ仲間外れみたいじゃん。律葉って呼んでもいい?真紀でいいからさ」

「もちろん。いちいちそんな許可取らずに名前で呼んでくれていいのに」


 真紀と芹那は顔を見合わせた。ややあって、芹那が口を開く。


「うーん、正直なところ外部生だからみんな距離詰めづらいんだと思うよ。内部生の人たちはさ、特別仲良くなくても中等部の時、一年だけでもクラスが一緒だったとか、選択授業で見たことある人だ、みたいのがあるけど外部生の人とはそういう接点全くないし」

「わからない人にわざわざ話しかけるくらいなら、顔見知りの人に話しかける方が気持ち的にも楽だもんね」

「そうなんだよね、そこが天城先輩がどうにかしようとしていることの一つなんだけどね」

「天城先輩が?」


 そう聞き返せば真紀は先ほどとは変わって神妙な顔つきになった。


「天城先輩はね、内部生と外部生の間にある溝を埋めようってことをしてるの。昔の高等部は内部生と外部生ってだけで仲悪かった人もいたらしいよ」

「みんながみんな外部生のことが嫌いって訳じゃないよ。だけど百花院には内部生であることにプライド持っている人がいるのも事実でさ。今は結構減ったみたいだけどね」


 芹那がそう付け加える。昨日の自己紹介の時に感じた違和感の正体はこれだったのか。


「過ごしてきた時間が違うんだもん、しょうがないよ」


 仕方のないことだとは思う。それと同時に、少しだけくだらないとも思ってしまった。

 中等部からのエスカレーター進学は八割で高等部から百花院に通う外部生は二割程度。この比率は百花院の入試制度が変わらない以上、絶対に変化しない。自分たちよりも小さな集団に外部生というレッテルを貼ってマウントを取る。その程度で守られてしまうプライドがくだらない。


「この学園のことまだあんまり知らないんだけどさ、生徒会ってやっぱりすごいの?」


 教室にはちらほらとクラスメイトがやって来はじめた。もうすぐ朝のホームルームだ。


「他の学校の生徒会がどんな感じか知らないけど、すごいしすごい人たちが集まっていると思うよ」

「あの天城先輩いるんだよ、生徒会と言えば憧れの存在だよ。今の代の生徒会メンバーは会長に天城先輩、副会長には高嶺の花の小暮坂先輩でしょ」

「入学したばかりなのに詳しいね」

「中等部と高等部は結構交流があってね。特に今の高等部生徒会は中等部に顔出す事おおかったから割と見てたし、中等部時代も被ってたりするからかなり知ってるんだよ。先輩たちはこっちのこと知らないだろうけど」

「そうなの、あたしが天城先輩に憧れたのは中等部一年の頃、先輩は三年でその時から会長でね、入学してすぐの時に部活紹介で――」


 真紀がヒートアップしてきたタイミングで予鈴が鳴った。名残惜しそうな真紀を連れて芹那も席に戻っていく。

ほどなくして千石先生がやってきて朝のホームルームがはじまる。おはようの挨拶、そして諸連絡が続く。

 二日目、まだ教室の空気は固い。

 生徒会と、内部生と外部生の関係についてちょっと調べておこう。千石先生の諸連絡を聴きつつも、頭の隅でそんなメモを取っていた。

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