第4話 いざ、生徒会室へ

「失礼します」


 百花院学園高等部の生徒会室。まさか入学初日から入ることができるだなんて思わなかった。

 下げていた頭を上げると、そこにあったのは有名ホテルのスイートルームのような空間だった。教室の二倍はありそうなほどの面積、部屋の形は長方形でグレーの絨毯が敷かれている。

 部屋の上手に長方形のローテーブル。そのテーブルを囲むように革張りの茶色いボックスソファーが並んでいる。カーテンは空け放されており、大きなガラス窓からはこの学園の名物の一つである季節によって色とりどりの花が咲き乱れる中庭が一望できた。

 窓際のサイドテーブルにはランプが置かれていたり、壁には大きなオープンラックがあり本や観葉植物や写真が品よく飾られている。

 別の壁にはホワイトボードが埋め込まれていて、会議室でよく見るキャスター付きの安物ではないことは一目瞭然だ。そして一番奥に立派な木のテーブルとセットの椅子が一組鎮座している。

 上品だけど無駄なものがない空間、ここが本当に高校の校舎なのかと疑いたくなるほどだった。


「そんなに固くならないで」


 天城先輩にとってはこのレベルが生徒会室の当たり前、なのだろう。さっきと変わらない足取りで部屋の中に入っていく。


「すごく、広いですね」


 安直な感想、中学校の生徒会室を思い出す。教室よりも狭い空き部屋、役員分の事務机を突き合わせていた。床の材質も照明ももちろん普通の教室と同じもの。椅子は半分がどこかの教室からあぶれた生徒用の椅子でもう半分はパイプいすだった。

 あまりにも違い過ぎる文化に卒倒しそうになる。これが金を持っているということなか?きっとそうだ、金を持っているから窓際のわけわかんところに間接照明のランプがおかれているんだ。くそ、金持ちなんて大嫌いだ。


「そうかな?一応奥にも別室あるんだけど。あんまり使わないんだけどね」


 くっそ、本当に金持ちなんて大っ嫌いだ。なんのために生徒会室に別室があるんだろう。謎すぎる。

 あまりに内装を褒めてはお坊ちゃまである天城先輩から実家のレベルを疑われるかもしれない。部屋を見回しながらそれとなく話題を探る。


「生徒会ってどれくらいの人数がいるんですか?」


 ローテーブルの周りには一人用のソファが六脚、最奥のテーブルとセットの椅子が一脚、それとは別にキッチンテーブルには同じ椅子が四脚ある。


「正式なメンバーは三年が二人と二年が三人の計五人だよ。でも二年生が一人留学中だから、この学園に居るのは現状四人かな」

「そうなんですか。意外と少なめですね」


 じゃあこんなに椅子要らないんじゃないですか?喉まで出かかったツッコミをなんとかこらえる。


「数ばかりが多くても統率取るのが大変になっちゃうからね、少数精鋭でやらせてもらっているんだ」

「その集まりのボスが天城先輩なんですね」

「俺はどっちかっていうとボスよりリーダーでありたいんだけどね。やっぱりそっちに見えちゃうのなか」


 天城先輩の雰囲気が一瞬だけ変わった。口調こそ相変わらず優しいけれど纏っている温度がグッと下がったような感覚。


「すみません気に障りましたか?」


 そこを気にするタイプだったか。頭の片隅にメモを取っておく。ボスとリーダー、どちらも人の前に立ち一見すると同じジャンルとして扱われがちだけれどそこには明確な違いがある。ボスは後方から支持を出すことで全体に引っ張ってもらう人で、リーダーは先頭に達立って全体を引っ張っていく人のことを指す。


「謝らないで、同じようなものだし。俺が変にこだわっているだけ」


 天城先輩が纏っている空気の温度はもう元に戻っていた。だけど浮かべる笑顔は張り付けられたものだと見抜けてしまう。自分自身、笑顔を張り付ける癖がついていると偽物の笑顔はすぐに見抜けるようになる。


「失礼します。あら、どうしんたのこんなところに立って、お客様?」


 後ろで扉が開かれた。振り返ればそこには一人の女性がいた。胸のリボンが赤色だから三年生だろう。派手ではないけれど端正な顔立ちだ。特に目を惹くのは艶やかな濃紺の髪。とても長く腰のあたりで平行に切りそろえられている。身長も高く、女性らしい体つきで制服だから学生と分かるものの、私服では大人に間違われそうなほどに落ち着いた雰囲気がある。


「あぁ、桜子。勧誘だよ」


 天城先輩はあっけらかんとそう言った。勧誘?なんのことだろうか。状況からして私が勧誘される側なのだろうけれど全く話が読めない。


「ならこんなところで立ち話なんて失礼じゃない、座りましょう」

「それもそうだな。こっちへ」

「ありがとうございます、失礼します」


 促されるままガラステーブルを囲むボックスソファに座る。すごい、程よく反発がありつつも体にフィットする。気を抜いたら姿勢が崩れてしまいそうだ。


「まだマリアちゃんは来てないみたいね、お茶淹れてくるわ」

「ありがとう」


 桜子、と呼ばれていた女の先輩はそれだけ言うと部屋の奥へ行ってしまった。この生徒会室、給油スペースもあるのか。考えにくいけれど、スイートルームと見間違えるほどのこの部屋ではそれくらいの設備あっても違和感はない。


「改めだけど新入生代表の挨拶すごくよかったよ、おかげで良い式になった。生徒会長としてお礼をさせて」

「いえ、そんな。むしろ私なんかを代表に選んでいただけて光栄でした」

「私なんかって、今年の新入生で一番だったから挨拶の役が回ってきたんだよ。勉強面はもちろん、面接でも全ての面接官が君に最高評価をつけたって聞いたよ」

「えっ、そうだったんですか?」


 それは初耳だった。ここの入試は筆記も面接も点数や成績が公表されずにただ合否が発表されるのみだった。


「うん、筆記と面接どちらも最高得点。正真正銘、君が今年の一年生のトップで、誰よりもふさわしい代表だよ。この学園に来てくれてありがとう。生徒会長としてお礼が言いたい」

「そんな、私はまだなにも」


 まだ何もしていない。入学はほんのはじまりで、これから三年間一切成績を落とさず、実家がバレることも素性を明かすこともなく生きていかなければいけない。


「まだなにも、ねぇ。この学園で何かしたいことでもあるんだ」


 自分と似たタイプの人ととは腹の探りあいなんてしたくない。厄介だとわかっているからだ。


「深い意味はないですよ。まだ入学しただけで、高校生活これからですから」


 やっぱりこの人、苦手だ。気を抜けば簡単に相手のペースに巻き込まれて心の内を暴かれる気がする。一刻も早くお暇したいところだけど、特別コレという用事もないし。


「はい、お待たせしました。本日のお茶は京都の玉露、茶菓子は実家の練り切りよ」


 二人きりの空気が辛くなってきた私にとってその声はまさに天女の声にも等しかった。

 お茶とお茶菓子を差し出されて小さくお辞儀をする。凛と透き通った玉露と桜の練り切り。春の日に相応しい組み合わせだ。

 桜子先輩は自分の分を最後に配膳させてから天城先輩の隣に腰かけた。これが百花院学園高等部の生徒会長と副会長。品というか、高校生にはないはずの貫禄さえも感じる。


「初めまして1年A組の東雲律葉です」

「あらあら丁寧にありがとう。3年の小暮坂桜子です、ここの生徒会では副会長をさせてもらっているの」


 見た目といい話し方といい、現代の女子高生版大和撫子という表現がしっくりくる。おっとりとしているけれど真っすぐな芯を感じる。


「え、小暮坂?」

 聞いたことある、というかクラスの自己紹介で聞いたばかりの苗字だった。偶々か、いやでもこんな珍しい苗字が被るなんてそうそうない。それに練り切りが実家のものだと言っていたし。


「あの、弟さんいらっしゃいますか?」

「いるけれど……あ、そういえば柊も一組だとか言っていた気がするわ。同じクラスなのね」

「はい、教室で話しかけてきてくれて」


 言われてみれば確かに目の色や髪の色、そしてどこかおっとりとした優しい雰囲気は共通するものだ。姉と弟と言われて納得できた。


「うちの弟がどうも。なんの話をしたの?」

「それが、途中で天城先輩に呼び止められたんで特にこれといった話はできてないんです」

「あらあら。なにかあったら柊を頼っていいからね、男の子だし内部生だから」

「ありがとうございます。……あれ、私が外部生だって言いましたっけ?」


 桜子先輩との数少ない会話を思い出す。言っていないはずだ。それに、この学園では内部生であることはあまり自分からアピールしない方がいい。クラスの自己紹介でそれはひしひしと感じた。

 私の問いかけに桜子先輩は答えなかった。にこにこと柔らかな笑みを浮かべているだけ。となりの天城先輩は楽しそうにお茶菓子に手を付けている。

この二人の間で、私に関する情報共有がなされている?そもそも入学初日から会長のお迎え付きで生徒会室へ招かれるなんて妙な話だ。新入生代表として他に任される仕事があるのなら先生の一人くらい同席していないとおかしい。


「単刀直入に本題へ入ろうか」


 天城先輩はそれまでソファに預けていた背中を起こして切り出した。


「新入生代表、東雲律葉さん。君にはこの百花院学園高等部の生徒会に入って欲しい」

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