第3話 生徒会長襲来

天城真。

 日本でも有数の商社、時価総額3兆に近い天城グループの本家長男であり私立百花院学園の生徒会長を務める男。

 性格の良さはさることながら、勉学に対する姿勢も非常に優秀で筆記試験では中等部時代からトップの成績を守り続けている非の打ちどころのない生徒である。

 エリート中のエリートであり、お坊ちゃん中のお坊ちゃん。

 私が、最も嫌いなタイプの男だ。


「いきなり呼び出しでごめんね」

「大丈夫ですよ、どうしました?」

「この後時間ある?ちょっと来て欲しいんだ?」


 相手の予定を確認する前に要件を言ってくれ、そっちの要件を。という言葉はあの天城先輩が相手なので笑顔で飲み込んだ。

 ホームルームが終わったところだったので荷物を持って廊下へ出る。教室にいる女子数名が囁いている黄色い歓声には聞こえないふりをした。


「そりゃ知っているよ、今年の新入生代表且つ優良特別待遇生徒だからね。入学式の挨拶、お疲れ様。随分と立派だったよ」

「ありがとうございます。でも天城先輩みたいに緊張せずに堂々とできていた自信はないです……」


 絶対緊張していなかっただろ、あんた。

 天城先輩の右側後ろに付いて行くような形でその背中を追う。


「緊張していないように見えた?あれでも結構、手汗ヤバかったんだよ」

「そうなんですか?なんか以外です」

「人前で話すのは緊張するよ、あれだけ大勢の前ならなおさら」


 朗らかに笑いながらも天城先輩は確かな足取りで校舎の中を進んでいく。

 百花院学園の校舎は広い。この大都市東京でこれだけの敷地面積を所有している学校はそう多くないだろう。学園全体でどれくらいの土地代になるのか、考えるだけでも恐ろしい。

 校舎は明治にこの学園が設立された当初のデザインで統一されており、古風ながらも気品ある作りが随所に見られる。

階段の手すりは意匠の凝らされた彫りが特徴的だし、冷暖房器具はその無機質な見た目がきっちり覆われ、どこぞのテーマパークの如くこの学園の世界観を守っている。

 校舎は全て三階建て。その分、横に長くて移動が大変だ。一年生から三年生の教室がある教室棟、理科室や音楽室や家庭科室のある特別教室棟、その奥に進路指導室や応接室などの学校運営に関する管理棟がある。

 その他、体育館が3つと記念ホールと部活用の建物などエトセトラエトセトラ。学園の発展とともに増改築を繰り返したせいでちょっとした迷路じみた作りになっている。

 うっかり迷うことのないように、学園の地図は頭の中に叩き込んできてある。


「こんにちは、天城先輩」

「ああ、このあと部活?頑張ってね」

「あっ、真先輩、お疲れ様です。これ、体育委員会の予算編成なんですけど提出はどちらに」

「これから生徒会室行くし俺が預かっちゃうよ、ありがとう」

「真―、先生がさっき探してたぞ」

「ホント?あとで職員室に顔出してみるわ」

「おお、天城。今日の挨拶もよかったぞ」

「本当ですか?ありがとうございます」

 同年代、後輩、先生、男子、女子関係なくこれでもかというくらい声を掛けられている。その度に後ろにいるだけの私は人好きする笑顔で会釈をするしかない。

「天城先輩、すごい人望ありますね」


 尊敬と嫌味の5:5のブレンド。

「そんなことないよ。普通の男子高校生なんだけどなぁ、俺も」


 あっさり躱されてしまった。暖簾に腕押し状態で面白くない。


「でも、期待してもらっている以上は裏切りたくないからね。力不足ながら頑張っているよ」


 力なく笑うその顔を見上げる。私の右側に天城先輩がいるから、左半分の表情が良く見える。

 話題は変わるが、人間の脳みそと体の話をしよう。

 人間の脳みそは半分に割れていて、主に右脳が感情を司る分野で左脳が理性を司る分野が集中していると言われている。そして体と脳の接続は逆接続の構造になっているから、人間の感情は左半身に出やすい。

 何が言いたいかというと、人の表情は左半分の方がありのままの素直な感情をむき出しにしやすいということである。取り繕うとすればするほど左半分の表情は不格好になる。

 声は力なく笑いながらも、左半分の表情からは自信とひとつまみの黒い野望が見て取れた。

 この人、猫かぶりだ。

 直感がそう言っている。同時にこれ以上近づくな、バレるぞ。とも警告している。

 同類には鼻が利くように、なんとなく自分と似たタイプの人はセンサーが反応するものだ。入学式の挨拶の時に感じた違和感は今、確かな確信に変わった。

生徒会長の天城真は骨の髄まで自分を偽りつくしている完璧な猫かぶりだ。

生徒会長として、いち生徒として、また天城グループの長男としてありとあらゆる場面で求められる姿を演じ続けている。


「俺の顔に何かついているかな?」


 左半分の表情を読み取ろうと凝視しすぎていたらしい。慌ててそれっぽい言葉で取り繕う。


「すいません、あまりに慕われているから凄いなぁと思って、つい」

「そんなことないんだけどなぁ」


 謙遜しながらもやっぱり左半分の表情からは微かに自信が見て取れた。この人とは深い会話はしない方がいい。警告を心に刻みつけておく。暴きたい気持ちもあるけれど、そこに踏み込めば相手から踏み込まれて暴かれる恐れがある。

 どちらにせよ、関わらない方がいいのだけれど今のところ逃げ出す術はない。


「どこへ連れていくつもりなのか聞いてもいいですか?」


 五分は歩いた気がする。教室棟から特別教室棟に移動して、三階まで昇ってきた。教室棟とは違ってすれ違う生徒の数は少ない。さっきまでの挨拶大合唱の喧騒が嘘のようだ。


「生徒会室へ案内したいと思ってね」

「生徒会室、ですか?なんで」

「勧誘だよ。生徒会へのね」


 突然すぎる展開に頭が付いていかない。私はこの学園で首席を維持して、優等生としてその恩恵を受けつつも平穏な高校生生活を送って、いい大学へ入るんだ。生徒会活動、まさしく優等生の象徴だろう。だけど、百花院学園高等部の生徒会はそうじゃない。

 この学園では生徒の自主自立を目的に学園生活の中心を、生徒総会のトップ組織である生徒会に権限を握らせている。

そしてその生徒会にはお坊ちゃん・お嬢様の中のお坊ちゃん・お嬢様とエリート中のエリートのハイブリットが集結している組織であり、他の学校との生徒会とは意味合いが少し異なる。

百花院学園において生徒会役員は憧れの的であり、それは時として学校外からも多くの注目を集めることになる。


「えっと、なんで私が?」

「それは君が優秀な生徒だからだよ、優秀な人材は是非生徒会に欲しい」

「そんな買いかぶりすぎですよ」

「だって、優良特別待遇生徒だろう?」


 優良特別待遇生徒。百花院学園で各学年一人しか選ばれることのない入学枠。入試の筆記試験で高得点を取る他、面接と自己プレゼンで認められないとこの認定は受けられない。仮に入学時に認定されても、その後の学園生活でも一定の活躍が認められなければあっさりとはく奪されてしまう。

しかも枠の認定は必須ではない為、この条件を満たす生徒がいなかった場合はその年の優良特別待遇生徒はいないということになる。


「少なくとも、この学園は君を優秀だと認めている」

「ありがとう、ございます」


 私が優良特別待遇生徒枠を死に物狂いで獲得したのは、それがこの学園に通う為の必須条件だったからだ。

 優良特別待遇生徒は学園生活にかかる全ての費用、通常授業の授業費や学外学習の卒業旅行費、今着ているブランド物の制服代から寮費に至るまで全ての費用が全額免除される。

 あられもない表現をするなら、この金持ち学校で1銭も払わずに生活ができるということだ。


「ここが生徒会室だよ」


 特別教室棟3階の角部屋にはたしかに生徒会室のプレートがあった。教室とは違う一段と重そうな扉を天城先輩は難なく開けて、レディーファーストは当然というように扉を抑えてくれている。


「どうぞ、入って」


 今更逃げ出すことはできそうにない。意を決して生徒会室に入った。

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