第2話 自己紹介

 名門・百花院学園の高等部は中等部から百花院に通う内部生が8割を占めており、厳しい入学試験を合格し高等部から通い始めた外部生が2割となっている。

 生徒間で壁を作らないようにする為に1年から内部生・外部生関係なくクラスの振り分けが行われる。

1クラス30人が10クラスあるから一学年300人。

 今日から始まる高校生活3年間、私は何があっても300人の頂点に君臨していなければいけない。主席の座から落ちようものなら即退学だ。

 

 1年A組の教室には緊張と困惑と高揚が混ざった言い表しにくい空気で満ちていた。入学式が終わり、各教室へ戻ってきてからのホームルームの時間だ。


「改めまして、おはよう。今日から君たち1年A組のクラス担任になった千石伊織です」


 教壇に立っているのはクラス担任の千石先生。男性にしてはかなり身長があるように見える。眼鏡をかけているものの冷たい印象はなく、シャープながらも優しい顔つきに太めの黒ぶち眼鏡をかけているのでかなり親しみやすさを感じる。

年齢も二十代後半と、百花院の先生の中でもかなり若い部類に入るだろう。


「担当教科は英語でみんなの授業もみることになる、とりあえず一年間よろしく」


 ぱちぱちぱち、控えめな拍手が響く。その控えめ具合がクラスメイト同士の距離感を探り合いを表しているみたいだ。


「それじゃあ俺の話はここまでにして、みんなの話にいこうか。出席番号順に自己紹介していこう」


 千石先生はパンっと大きく手を叩いてそう提案した。入学したばかりなので窓側から出席番号順に席が割り振られているから自然と席順に発表していくながれになる。


「じゃあ一番の上戸から」

「はーい」


 窓側の最前に座っていた男子生徒は明るいノリで立ち上がって教壇へと上がった。

 意識的に上戸くんの情報を頭に入れていく。身長は高めでツリ目が特徴的な上戸くん。どうしてこんなことをするかって?高校生活において交友関係を充実させることは高校生活の質に直結する。

 内部生の8割は既に友情や仲間意識がある。外部生にはそれがない分、高校生活のスタート位置が最初から違う。

 三年間しかない高校生活を充実したものにする為に、クラスメイト全員の顔と名前を覚えるのはここ一週間で済ませておきたいところだ。


「出席番号一番の上戸陸です。なに話せばいいんだろう、こういうのって」


 上戸くんに緊張の色は全く見られない。名門のお金持ち学校といえど、通うのは十五歳の子どもだから普通の高校生となんら変わりはない。


「中学は百花院の中等部なんで内部生です。趣味はサッカーとゴルフです。特技もゴルフで部活はゴルフ部入部予定です。勉強も部活も頑張りつつ、高校生活楽しめたらなって思ってます、まぁよろしく」


 パチパチパチ。今度はしっかりとした拍手が教室中に響く。


「二番、海老山」

「はいっ。海老山芹那です。出身中学は百花院学園中等部で――」


 出席番号二番の女子が教壇に上がって自己紹介を始める。

あれ、これ出身中学を言うながれになっちゃってない⁉なんてことしてくれたんだ上戸!

 正面を向いている上戸の後頭部を睨みつけてももう遅い。三番目の男子も出身中学が百花院学園中等部であると高らかに宣言していた。

 これはまずい。だって、ここは名門・百花院学園高等部。8割の生徒は内部生だから百花院学園中等部で残り2割の外部生だってほとんどがお金持ちやエリート輩出で有名な私立中学出身に決まっている。

 ど田舎の公立中学の名前なんて言えるわけがない。出身校をネットで調べられたら実家が一般家庭であることなんて簡単にバレてしまうから絶対に言えない。

 かと言って、適当に有名な私立中学出身にすることは非常にマズイ。この学園には全国各地から生徒が集まっている、適当に語った学校名の本当の出身者が同じ学年にいないという保証はない。

 どうしよう、どうにかして誤魔化さなければいけない。

 頭をフルで回転させながらも顔と名前と特徴を脳に刻み込んでいく。

 どんどん自己紹介の順番は進み、誤魔化すための良い方法は浮かばないまま次は私の番となっていた。


「出席番号9番の小暮坂柊(ひいらぎ)です。中学は百花院学園中等部で三年間過ごしてました」


 小暮坂、どこかで聞いたことある名前だ。記憶を掘り起こす。小暮坂、コグレザカ、こぐれざか――最中といえば小暮坂。お歳暮がはじめる少し前にCMでよく聞く有名なフレーズが蘇る。

 あっ、有名和菓子店の息子がいるって噂、この人か。


「趣味は音楽と読書で、特技は茶道。楽しい高校生活にしたいと思ってる。これからよろしく」


 けっ、何が音楽と読書と茶道だ。心の中で毒づきながらも特徴を覚えていく。

髪は艶のある濃紺、身長は平均より少し高いくらいで喋り方が柔らかいこともあって物腰穏やかそうな人だ。小暮坂柊くん、周りの反応を見る限り仲良くしておいて損はない人物だろう。


「じゃあ次、東雲」

「はい」


 順番が来てしまった。大丈夫、ついさっきまでやっていた入学式の方が多くの人に見られていたじゃないか、大丈夫できるよ。自分にそう言い聞かせて教壇へと向かう。

 教壇に立てばクラス中の視線が自分に集中していることは明白だった。新入生代表をやったからなおのこと注目されているのは気のせいじゃないだろう。


「初めまして、東雲律葉です」


 精一杯の笑顔を張り付ける。この笑顔が偽物だと見抜かれることはまずない。


「趣味は新しいお菓子のチェックで、特技は三味線です。三味線は小さい頃からやっていたのでそこそこ出来る方なんじゃないかなぁ、って自分では思っています」


 お菓子のチェック、と言ったところで一瞬だけみんなの顔付きが変わったけれど、三味線と聞いた途端に関心したような表情になった。

こわっ、お金持ちって怖い、そしてそんなところが大っ嫌いだ。

 心の中でおばあちゃんに感謝する。私に三味線のお稽古をつけてくれてありがとう、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ、おばあちゃん。


「あとは……出身中学か。外部生なので百花院学園について詳しくないです、色々と教えて仲良くしてくれると嬉しいです」


 たった今思い出したように取って付けて具体的な学校名ははぐらかしたまま、また笑顔を張り付けて席に戻る。

 自己紹介は次の人の番だというのに、ちらちらと視線を感じた。気にせず前だけを見つめて引き続き顔と名前を憶えていく。

 外部生と言った時、お菓子のチェックだと言った瞬間以上に空気が変わった。今だって、好奇心の中に部外者を見るような視線が混じっているのを感じている。

 先生たちがどれほど内部生と外部生の壁を取り払おうとしたって、当の生徒たちがどのように相手を見るのかは個人の自由だ。

 出身中学を発表するとき、内部生か外部生かで異なっている反応を見せる人がちらほら見受けられる。ほら、今だって外部生だって言った途端に視線を逸らしたクラスメイトがいた。まるで、百花院以外から来た生徒は百花院の生徒ではないとでも言いたげだ。

 やっぱりこの学園には外部生と内部生で溝がある。

 それは百花院学園というブランドなのか、悪い価値観なのか。入学初日では判断するのは性急極まりないけれど、外部生である一個人としては面白くないものだ。


「東雲さん、だよね?」


 全員の自己紹介が終わって、その流れで簡単な連絡事項の伝達があったホームルームも終わった。この後の用事は得にない、少し学園の中を見てから寮に戻ろうかと考えていた時、隣の女子に話しかけられた。


「律葉でいいよ、同い年なんだからさ。私も志乃って呼んでいい?」


 志乃、新留志乃だ。趣味は音楽鑑賞、特技はバイオリンの内部生の子。覚えたばかりの記憶を反芻させる。


「じゃあわたしも律葉って呼ばせてもらうね」


 人は、好意を持ちながらも自分のことは知らないだろうと思っている相手に、下の名前で親しみを込めて呼ばれると好感度が上昇しやすい。不意打ちであればあるほどその効果は高くなる。


「律葉はこの後、何か用事あるの?」

「いや、特にないよ。まだこの学校の構造よくわかってないから少し見て回ろうかなって思ってたところ」

「じゃあ、わたしが案内しようか?」

「え?いいの?」

「あたしも一緒に回っていい?」

「もちろん、一緒に行こうよ」


 クラスががやがやと騒がしくなって会話の輪が大きくなっていく。ここで数人と一気に距離を縮めてしまいたいところだ。

 百花院学園について知らないことは多いし、自慢げに語られることを考えるとうんざりするけど知っておいた方がいいことがしいずれ知ることになるなら早めに知っておくに越したことはない。


「失礼します」


 お喋りの声で溢れた教室に一際、品のある声が通った。


「東雲律葉さん、いますか?」


教室前方の引き戸を引いて顔を覗かせたのは、百花院学園高等部生生徒会会長、3年生の天城真先輩だった。

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