リリィ視点①
この人は本当に馬鹿だ。弱いくせに強がって、不器用なのに優しくて。自分よりも他人を優先する。本当に、本当にしょうがない人だ。
エリシアさんのことが好きなくせに、わたしなんかのために命を張って……。バカだよ。レオンくんは大バカ者だ……。
これもぜんぶ、わたしが嘘を吐いているせいだ。
ずっと言えなかった。
言ったら今の関係が壊れてしまいそうで、怖かったから。
でも、もう。ここまでみたい。
これ以上は、冗談では済まされない。
ごめんね、レオンくん……。
☆ ☆ ☆
わたしは辺境の地にある、黒魔道士の家系に生まれた。
父は国のリーサルウエポンと呼ばれ、辺境伯の爵位を与えられていた。
人々から恐れられる存在で『黒魔道士辺境伯』の名前を知らない者は、この国には居ないほどだ。
そんな特殊な家系に『娘』として生まれてしまったからなのか、わたしを取り巻く環境は耐え難いものだった。
物心がついてすぐ、父がわたしに関心を持っていないことに気がついた。
理由は単純で、娘であるわたしは爵位を継ぐことができないからだ。父が欲しかったのは娘ではなく息子だったんだ。
わたしが産まれたときにはひどく肩を落とし、残念そうにもしていたらしい。
──つまりわたしは、いらない子。
それなのに母は、父とは対照的に教育熱心な人だった。
「黒魔道士辺境伯の娘として恥ずかしくないよう、立派な大人になりなさい」
口癖のように毎日言われ、魔術の勉強を無理やりにやらされた。
「また同じ間違いをしていますよ。お尻を出しなさい。言ってもわからない子はこうです」
──パチンッ。パチンッ。パチンッ。
母からは事あるごとに、お尻を叩かれた。
わたしにとって母は、悪魔のような存在だった。
でも、そんな母との別れは早かった。
まだわたしが九つのとき。
病に侵された母はみるみる元気がなくなっていった。
そんな母が最後に残した言葉の意味を、ずっとわからずにいる。
「もう、頑張らなくていいわ。普通に生きなさい。あの人みたいになっちゃだめよ……。今までごめんなさいね……」
毎日毎日、口をうるさくして勉強しろと言っていたのに……。数え切れないほどにお尻も叩かれたのに……。
それなのに、どうして……?
最後の最後にちゃぶ台をひっくり返して、母は空に旅立ってしまった。
それからすぐ、父に異変が起きた。
男じゃないからと見向きもしなかった父が、わたしに構うようになったのだ。
まるで母との別れを埋めるため、わたしに依存しているようにも見えた。
「ほーらリリカティーヌ! 可愛いお人形さんを買って来たぞ〜?」
「パパ、きもい。きらい。こっちくんな!」
父との関係は物心ついてすぐに破綻していた。
今更父親面をされても、正直、鬱陶しいだけだ。
それでも父はめげずにわたしに声を掛け続けた。
「ほーらリリカティーヌ!」
「ほーらほーらリリカティーヌ!」
「ほーらほーらほーらリリカティーヌ!」
父と母の間になにがあったのかはわからない。
それでも父は少し、壊れてしまっているようにも見えた。
ううん。この人は完全に、壊れてしまった。
……はぁ。なんだかもう、疲れたな。
リリカティーヌとして生きていく毎日に、疲れちゃった。
だからわたしは父にお願いをした。
「学校に行きたい」
ここから居なくなれるのなら、どこでもよかった。思いついたのが、寮付きの学校。ただ、それだけ。
「パパ、お願いって言ってくれたら行かせてあげちゃうぞ〜?」
あー。もうべつに、なんでもいいや。
「パパお願い。学校行きたい」
「わかった! かわいいかわいいリリカティーヌのお願い、パパ聞いちゃう!」
「うん。ありがと」
父は学校に行くにあたり、三つの条件を出した。
・黒魔道士辺境伯の娘であることは秘密にすること。
・学校ではなるべく目立つ行動は避けること。
・リリカティーヌではなく、リリィと名乗ること。
なんのことだかさっぱりわからなかったけど、ここから居なくなれるのなら、どうでもよかった。特に三つ目は願ったり叶ったりだった。
そして──。
入学してすぐに、父の言葉の意味を知る。
どうやら学校では成績優秀者よりも肩書きがものを言うらしい。
生まれや育ち、それは単純に親の爵位からくるもの。
まだ子供だと言うのに、完全に縦社会が出来上がっていたんだ。
わたしの父はリーサルウエポンと呼ばれ恐れられる反面、辺境の田舎者のくせに生意気。と、貴族界では妬まれていると聞いたことがある。
だからもし、この輪の中に身分を明かして入ったのなら、きっと大変なことになる。
なーんだ。ともだち百人できるかな? なんて少しは期待したけど、無理じゃん。
結局わたしは、ひとりぼっち。
それが黒魔道士辺境伯の娘として生まれた者の定め。
そんな、灰色に染まった日々の中で──。
わたしに光を差してくれたのが、ヘンタイさんだった。
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