⑩
「ズズズ……Zzz……ズズズ……Zzz」
「なんなのこいつ? ありえないわ。ズズズってなによ」
ハレンチシーフの言葉を聞いて、スヤァに続きまたしてもやってしまったことに気づく。
夢見心地の良い気分のせいか、軽くトリップしているのかもしれない。
魔術適正のない俺がリリィの魔術に抗うなど世の理に反した愚行。
それでも、眠るわけにはいかなかった。
どうしても守りたいものがあるから──。
“パチンッ“
「起きなさい。こういう舐めた態度を取られるのが一番腹立つのよね」
なにをためらうことなく俺の頬を叩いた。
これには正直驚いたが、猛烈な睡魔に侵されているせいか痛みはない。
とはいえ現状、魔術を打ち消したわけではなく、あくまで意思を強く保つことで眠らずにいるに過ぎない。
“パチンッパチンッパチンッ”
そんな俺を容赦なく叩いてくるハレンチシーフ。
これはまずい。非常にまずい。
叩かれるたびにリリィの太ももがいっとき視界から離れる。そのたびに意識が途切れそうになる。
もはや、ここまでなのかな。脳裏に諦めが過ぎったとき──。
「やめろ。それ以上レオン君に手を出してみろ。ただじゃ済ませない」
リリィが怒りに震える声で、ハレンチシーフを止めに入った。
ドドドドドド──。
禍々しい黒いオーラに身を包んでいた。
「当たり~。やっぱりこいつに何かあるのね~。名前はレオンって言うんだ~へぇ~」
まさかこの女……。俺を餌に使ったのか?
「うるさい。それ以上レオン君に危害を加えるなら──」
「どうするって言うの? はっきり言いなさいよ? さぁ早く!」
「…………………」
「まぁいいわ。あなたがあたしに意見してくるなんて初めてだものね? 今回だけは特別に許してあげる。ついでにお望み通りこの男に手を出すのもやめてあげるわ。そのかわり、わかってるわね? 歯食いしばりなさい」
「……はい」──デュクシ。
またしてもグーパンがリリィの頬に飛んだ。
なんで……?
「もう一回よ~!」
「……はい」──デュクシ。
どうして……?
「まだよぉ~! これは教育的指導~。上官に歯向かったのだから、それ相応の報いを受けなさ~い」
「……はい」──デュクシ。
なんだよこれ……。
いいかげんにしろよ……。
完全にパワハラじゃねーか……。
エリート社会ってのはこういう世界なのか?
これが、この国の三大ギルドを担う蒼龍の館のやり方なのか?
──だったら、クソ食らえ。
這いつくばってでもパンツを見てやる……!
そう決心した瞬間、猛烈で強烈な先程までとは比べものにならない睡魔が襲ってきた。
まさか、殴られながら俺に睡眠魔法を重ねがけしたのか……?
そのまさかだった。薄れゆく意識の中、リリィに視線を向けると薄らと微笑みながら口づさんだ。
だ、い、じょ、う、ぶ、い──。
どこが!!
大丈夫なんだよ!!
口先が切れて目元は青く腫れ上がっていた。
……ざけんな。ふっざけんなよ!
頭の中が怒り沸騰になるも、すべてが手遅れで、すぐにまぶたを開くことすら叶わくなってしまう。
身体がぐったりして、重たい。
視界は閉ざされ、夢の旅へとカウントダウン。
このまま寝てしまうのか。
……………………………。
嫌だ!!
絶対に嫌だ!!
妄想しろ。妄想しろ。妄想しろ。
脳内メモリから記憶を呼び起こせ。
太もも。太もも……。太もも……!
リリィの──!
ふ・と・も・もぉぉおおお!
うああぁぁあああああああ!
どうにも抗えない現実を前にして、
俺の意識はここで、完全に閉ざされる──。
◇ ◇
剣術の才はなく、魔術適正もゼロ。
そんな俺が、この睡魔に抗えるのだとしたら、それもう殆ど、奇跡に等しいこと──。
ときに奇跡とは、絶望と希望の狭間で気まぐれに、皆の予想に反して起こるものなのかもしれない。
ゆえに、誰もが想像すらもしなかったからこそ“奇跡”と言われるのかも、しれない──。
──『パパパパンチーラ♪』
俺の意識を呼び起こすように、脳内に元気な声が鳴り響いた。
それは懐かしくも温かい、スケベナビゲーションの声だった。
『スケベティックエイリアスを起動しますッ♪』
『おパンツアーカイブに接続ッ♪』
…………………………え?
今までに一度も聞いたことのない言葉だった。
な、なんだって? スケベティック……?
『アーカイブより、リリィのおパンツを複数確認しました♪』
あ、アーカイブ? ってなに?!
『表示します♪ おパーンッツ・ザ・オープン♪』
その瞬間、妄想や想像とも違う、リアルと遜色ないパンチラが脳内に流れ込んできた。
それはかつて見た、大切な思い出のパンチーラ。
──ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
高鳴る鼓動は、それらをリアルだと錯覚させる──。
『スカートピラーン♪ パンチーラ♪ チャージ数【壱】』
『ピラーン♪ ピラーン♪ パンチーラ♪』
『チャージ数【弐】【参】…………【陸】…………………【拾】♪』
『チャージ数が限界に到達しました♪ 放出してください♪』
まるで夢でも見ているようだった。
でもわかる。これは夢じゃない。
ラッキースケベルがきゅんきゅんとうねりをあげるこの感覚は、現実だ!
そして──。
ゆっくりと瞳を開けると不思議なことに、先ほど意識を失ってからコンマ数秒しか経っていなかった。
幸いにも二人の意識は俺から逸れていた。……それなら、陸ノ型でいこう。
俺は起き上がるのと同時にスキルを発動させた。
──ラッキースケベ流『陸』ノ型。
【空から舞い降りる夢幻のおパンツ──】
不意をつき一瞬でリリィを抱きかかえ、空へと舞い飛ぶ──。
最中──。
斬撃の雨をハレンチシーフ目掛けて降らせる。
三大ギルドだろうが蒼龍の館だろうが、
お前を傷付ける奴は全員、俺がぶっ潰してやるよ。
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