いつものラーメン屋で、俺はお前を待ち続ける⑤
その言葉を聞いておおよその状況を理解したのか、彼女は俺の鼻をツンッと弾いた。
「お預けですッ!」
それはとても懐かしく、状況を一変するだけの力を持つ者。そして俺が厚く信頼を置く者の余裕の姿だった。
かつてのパーティーメンバー。──黒魔道士リリィだ!
「まったくもー。久々に再会したっていうのに第一声が“パンツ見せて!“って。本当にしょうがない人です。どうしょうもないヘンタイさんですね!」
二度目の鼻ツンッ。
しかし俺はそのままグイッと顔を前のめりにし、リリィの人差し指が俺の鼻を圧した状態で言葉を発する。
「ありがとう。本当にありがとう。なんでかわからないけど、感謝する!」
「いや、ですから。見せませんよ?」
少し意地悪をしてくるその様はとても心地が良かった。
「パンツは見せられませんが!!」
「そんな何回も言わんでいい! わかったから!」
「物欲しそうな顔してたので念押しですッ」
あの懐かしい日々を思い出す。
まだ一ヶ月やそこいらしか経って居ないのに、ずっと昔のような気がする。
ここ最近、色々あったからなぁ。
などとしんみりしていると、ドラゴンの凄まじい雄叫びが鳴り響いた。
『グガァァァァァ!』
「あーもー、うるさいですね。ヘンタイさんと久々に会ったというのに。ちょっと黙らせますか」
「そうだな。黙らせるか」
「はい。じゃあどうぞヘンタイさん」
本当にどこまでもふざけてて可愛いやつ。
でも、それだけの強さがある。
「どうぞってことはそういうことだよな?」
しゃがんで、ローアングルになりながらリリィを見上げた。
と、瞬時にリリィはローブの裾を掴んで隠した。
「本当にしょうがない人です! このろくでなし!」
そうこうしてる間にドラゴンのブレスが放たれた。
先ほど飛んできた時は、死を悟る一撃だったけど、今は違う。
もはやなんの脅威もない恐れるに足りない、なんてことない炎。
「どうしてこう、ドラゴンというのは馬鹿なのですかね。弱いくせに相手の力量を測ることもできず破壊と殺戮を繰り返す。──ヘンタイさん、リリィの後ろから離れないで下さいね」
「お、おう」
目の前に居るトワイライトなんとかドラゴンを弱いと言い放つ。
俺は今までリリィの本気というのを一度も見たことがない。
リリィにとっては、このドラゴンさえも弱い部類に入るのか……。上位1%の魔術適正……黒魔道士。恐ろしい……。
などと思っていたのだけど、どうやら瞬殺とはいかないらしい。
リリィはブレスを防ぐように手の平を向けた。
そうして俺たちの頭上から容赦なくブレスの炎は降り注いだ。
まるで滝のように、強烈に──。
その衝撃はなかなかに凄まじくリリィが身に纏うローブは激しく風に靡いた。
そしてその下の、フリルのスカートも。
俺はそっとスカートの裾を摘む。捲れないように。
そんな俺の様子に気付いたのかリリィは振り返ると「にぃ」と微笑んだ。
グリードたちは依然として呆気にとられた表情でまるで夢でも見ているような顔をしていた。
──もう大丈夫だぞ。
俺たちはこの窮地を乗り越えたんだ!
今すぐにでも、そう言葉を掛けてあげたいが、まだそれは叶わない。とりあえず目の前のドラゴンを倒さないことには──。
やがてブレスの炎が止むと、リリィは反撃に転じた。
「ふぅ」とひと呼吸つき拳を握ると、
右手に真っ赤なオーラ。
左手には真っ青なオーラ。
それを上空のドラゴン目掛け交互にパンチを繰り出すかのごとく放つ!
「えーい!」
まずは右手。
「えーい!」
そして左手。
それは無詠唱で放たれる《極大魔法》だった。
何度見てもふざけた魔法の放ち方だなと思うも、目前では凄まじい光景が広がる。
炎と氷が対を成す様に絡まり合う。
──ニブルヘイム……!
──ヘルズファイア……!
ドラゴンの周りは獄炎の炎と絶対零度の氷結に包まれる。
上空のドラゴンは『グォォォォォン』と悲鳴じみた雄叫びを上げながら地面に落下。
と、同時にグリードたちの叫び声も鳴り響いた。
「あぢぃぃ!」
「づめでぇええ!」
グリードたちはリリィが放った魔法の残骸に悶え苦しんでいた。
まずい。と思ったのも束の間、目の前はドラゴンそれでも立ち上がった。
「ええええ! 生きてるー!」
これにはリリィも驚いたのか、溜息を吐いた。
「はぁ……。なんだこのドラゴン! ドラゴンってこんなに強かったですかねー。……仕方ないのでガチで倒しに行きます。ヘンタイさん、リリィの側を離れないで下さいね……!」
「待ってくれリリィ! あいつらを!」
「……あいつら?」
ようやくグリードたちの存在に気付いたのか、「ほうほう」と軽くうなずくような素振りすると、
「だいじょーぶい!」
笑顔でピースをしてきた。
いや! どこが!
と、突っ込みそうになるもぐっと堪えた。
これでリリィは他人に対しては無頓着だ。
だからまったくもって信用ならない。
こうしてる今もグリードたちは「あぢぃ」「づめだい」と悶え苦しんでいる。
俺はこいつらを……助けたい。
……大切な……仲間だから──。
「だめだ! じゃあもういい、俺がやる! パンツ見せろ!」
今俺が取れる選択肢と言えばこれしかない。
グリードたちを助けたい。その想いが、いけないことだとわかっていても俺を駆り立てる。
“”パンツがみたい!!“”
「…………相変わらずどうしょうもないヘンタイさんですね。久々に会ったと言うのに二度もパンツを見せろと言うとは。ほとほと呆れます。でも、そういうことなんですねッ!」
「えーい!」
そう言うとグリードたちを温かな光が覆った。
「これでたぶん大丈夫、的な?」
「恩に切るぜリリィ。じゃああとは俺に任せろ!」
リリィのスカートを指で摘むとパチンとたたかれた。
「はいそこ! どさくさに紛れてパンツ見ようとしなーい!」
さらに「お預けですッ!」と、再度の鼻ツンまでされてしまった。
「で、でも……!」
先程のリリィの極大魔法でも目の前のドラゴンはピンピンしている。
と、なると二人でやったほうが安全だ。
「あのですね、今日はヘンタイさんに見せられるような可愛いパンツは履いてないので見せられませーん!」
何を言ってるんだこの子は!
今そんなこと気にする場面かよ!
「じゃ、じゃあどうするんだよ?」
「そんなの決まってるじゃないですかー!」
そう言うとリリィは右手を天に上げた。
「“”大地の恵み、天の恵み、いと慈悲深き空なる母よ・・・まわれまわれまわれ。天までまわれ。いっそ
“”「メテオーー!」“”
それはとても懐かしい、とってもふざけた詠唱だった。
最後にリリィの詠唱を聞いたのはいつだったかな。それくらい、珍しい光景だった。
とてつもない速度で空から急転直下に落ちてくるひとつの隕石、それは瞬きすら許さない刹那的速度──。
そしてドラゴンの頭上で止まった。
ドラゴンは柄にもなくキョロキョロしだして、頭上を見てピクリと止まった。
決して抗うことのできない、──絶対脅威物。
リリィは人差し指を立てて腕を上げると、それを一気に振り下ろした。
「ちゅどーん!」
決め台詞なのか魔法行使に必要な言葉なのかはわからない。
──ドラゴンは骨も残らず、跡形もなく消えた。
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