いつものラーメン屋で、俺はお前を待ち続ける⑥
地面にぽっかり空いた穴。
それはドラゴンの大きさを遥かに上回るクレーター。
グリードたちはまるで夢でも見ているような表情をしていた。
目の前の脅威。ドラゴンを倒したというのにピクリとも動かない。
ゆっくりでいい。
現実を受け止められたらハイタッチでもしようぜ! グリードファミリー!
とはいうものの、正直俺も驚いている。
あの詠唱は本当に必要だったのか、なぜドラゴンの頭上で一度隕石を止めたのか。
そして最後の決め台詞はなんだ!
魔術適正上位1%の生まれながらにしてのエリート。……黒魔道士。
わかっていたことだけど、住む世界が違う。……あまりにも違い過ぎる……。
そんなことを考えながら、俺は選択を迫られていた。
ドラゴンは跡形もなく消えたはずなのに、それ以上の問題が待ち構えているからだ──。
それは当然のごとく、始まる。
◇
リリィは汗などかいていないのに「ふぅ」とローブでおでこを拭う仕草をすると、俺にドヤ顔を向けてきた。
「まさかリリィがヘンタイさんを助ける日が来ると……は? って、あれ……? んんっ?」
でもそんなドヤ顔は一瞬で、リリィは辺りをキョロキョロと見渡した。
そして気付いてしまった。
「ってコラー! 何やってるんですか! いま絶対死んでる感じのあれでしたよ! あ・れ! おっかしーなーと思ったんですよ! いきなりパンツ見せろだなんて、ヘンタイを通り越してドヘンタイさんですもんね!!」
「ちょぉっ、痛いっての!」
ポコスカと容赦なく叩いてくる姿にホッコリするも、今日はこれだけに留まらないことを知っている。
本来なら九死に一生を得、ホッと一息一安心つく場面なのだが、今はそれどころじゃない。
──俺には守りたいものがある。
いっそドヘンタイさんと呼ぶことでリリィの気が済むのなら大いに歓迎するのだが……。
事はそう簡単には運んでくれない──。
「えーと、それで? エリシアさんとレイラさんは
この場に
ひとひねりかどうかはさておき、傍から見たら自殺行為に等しい。
あの状況に至るまでには色々あったからなぁ。
とはいえ、リリィが怒るのはきっとそこじゃない。もっと大前提の、根っこの部分。
そもそも最初から二人は居ない。
どうにかして誤魔化したいけど、状況がそれを許してくれるかどうかは、もはや神頼みでしかなかった。
「今はちょっと、その……。遠くに、な?」
「はい? 今なんて?」
「だから、ここには居ない……? 的な?」
ごまかせない状況なのに、疑問形にしてしまうのは、このあとリリィが何を言うの大方想像できるから。
……わかってるんだ。
「はぁー?! 正気ですか? 馬鹿なんですか? 死ぬんですか? 死んじゃうんですか? 死に急ぎ野郎なんですかー?!」
知ってる。痛いほどに実感している。
でもさすがにちょっと言い過ぎだろ!
と、思うもなにひとつ間違ったことは言っていないから反論の余地はない。
ポコスカと頭を叩くだけでなく、膝にローキックまでしてきた。
リリィがローキックするときは本気の時だ。
俺は……。リリィの足枷にはなりたくないんだ。
トップギルドに就職が決まったと言って出て行った。
リリィは新たなスタートを切った。
それも超エリート街道だ。
本来、進むべき本当の……道。
だから…………。
こんなところで無駄な心配、かけられるかよ。
なるべく普段通りに。
いつもの俺で──。
それが唯一、できること。
「まー、こんな時もあるってやつよ!」
余裕の様をみせ、年上たる悠然の肩ポン。
こうすることでリリィに無駄な心配をかけずに済む。いや、済めばいいな……。
「ねえレオン君。……馬鹿なの? 死ぬの? いやだよ?」
いやはや。
もはやヘンタイさん呼びですらなくなってしまった。そして死ぬ前提で話してくる。
そりゃそうだ。
会ってそうそう“パンツ見せて!“だもんな。
あの瞬間は本当に余裕なんてなかった。
死ぬか生きるかの瀬戸際だった。
もう死んだとさえ思った。
少しでも弱音を見せたらきっとリリィは……。
イイヤツだからな。本当、イイヤツだから……すごく……。
心の中ですら思うことを躊躇ってしまう。
それを思ってしまったら、きっとその気持ちはどんどん強くなる。
そうしてそのうちに抑えられなくなる。
俺たちは別々のレールに進んだ。それはもう、二度と戻ることはない。……決して戻してはいけない、道。
だから普段通りに。いつもの俺で、精一杯に……年上たる悠然な姿を見せ振る舞う。
「でもこうしてリリィが来てくれた。ディスティニーなんだろ? いや~まじで助かったわ。さんきゅーディスティニー!」
ポンポンと肩ポンを二回。
──ダブル肩ポンディスティニー。
「な! すぐそうやって誤魔化す! リリィはですね、怒ってるんですよ? これはレオン君に説教が必要ですね。小一時間くらいみーっちり!」
「望むところだ!」
「ふふっ、いいでしょう。それではまずはそこに正座! 早くッ!」
リリィは地面を指差し“ココ!”とノリノリに言ってきた。
その姿を見て遅ればせながらに安堵についた。……良かった。
だからここも普段通りに、いつもの俺が発するであろう言葉を並べる。
「調子に乗るな!」
「えへへ。冗談ですよ。でも元気そうでなによりです」
「当たり前だろ! へへっ」
あまり多くは語らないけど、俺とリリィは久々の再会を喜んだ。
そうこうしていると、リリィの視線が動いた。
「ってあれ、先ほどの通行人の方々が手を振りながらこちらに向かってきてますね?」
いったいなんのことだと思ったらグリードたちだった。
夢見心地な気分は解けたようだ。
俺は手を振り返した。
グリードたちには悪いことをしてしまった。俺のせいで散々な目に。
と、その瞬間“しまった“と思った。
でも、……こればかりはどうすることもできない。
「お知り合いですか?」
「知り合いも何も仲間だよ」
「…………はい? すみません。リリィは少し耳が遠くなってしまったようです。もう一度お願いします」
「大切な仲間だよ」
「あっれれー。おっかしーなぁ。そういえば最近耳かきしてなかったかもしれない」
何かを考えるような素振りを見せると神妙な面持ちに変わった。
「死ぬんですか?」
「いや、なんで考えてその結論にたどり着くんだよ!」
「だって男じゃないですか! え、待ってください。……もしかして、ジョブチェンジしちゃった感じですか? 目覚めた?」
リリィが言わんとしていることがわかってしまった……。
でもそういう解釈にしか至れない。それが今、俺が置かれている状況だ。
リリィはまさかにも思っていない。
あの日、パーティーが解散してしまったことなど、想像もしていないんだ。
だから俺は誤魔化す。
誤魔化さなければいけない。
はずなのに…………。
ついさっきまでなら、なんとでも誤魔化したと思う。でも今の俺はグリードたちのことを本当の仲間だと思っている。
たとえ嘘でも、
「健全な普通のパーティーだよ」
その言葉を聞いてリリィはキョトンとした。
しかし次第に顔つきが変わっていく。俺が今、どんな状況に置かれているのか、気付いてしまったかのように──。
ここまで、エリシアやレイラさんの話については深堀りしてこなかった。
わざわざ聞くまでもないこと。
まさかにもありえないこと。
それも、今こうしてバレてしまった。
点と点が繋がりひとつの答えを導きだす。
それはもう否定の余地もない純然たる事実。
恐れていた事態が、現実のものとなってしまった──。
「ねえレオン君。本当に何やってるの? こんなの聞いてないよ?」
もはやその言葉には普段のふざけた様子など、一切なかった──。
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