いつものラーメン屋で、俺はお前を待ち続ける②
グリードたちと仕事を始めて一週間が過ぎた。
“兄貴に手間は取らせませんぜ!”
などと言われ、俺は特等席で眺めるだけのポジションを確立していた。
はっきり言って居ても居なくてもいい存在だ。
それでもこうやって依頼をこなすことには大きな意味がある。日銭を得られることは勿論だが実績にもなる。
仮にも俺はAランク冒険者だ。
ある程度の実績を残さなければ降格の可能性も出てくる。
可能性とは言ったが、貴族様の依頼をバックレたことでいつ降格してもおかしくない状況だったりもする。
俺一人だったら素直に受け入れたが、そう遠くない未来にエリシアが帰ってきてくれる。
だから、できることなら守りたい。
分不相応だとしてもAランク冒険者でありたい。
──きっと、そう思ったことが間違えだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「兄貴、あいつは信用ならねえす。腹黒たぬきっすよ」
その日、珍しくグリードが俺に意見をしてきた。俺の手には一枚の依頼書。
冒険者組合から少し離れたカフェテラスに二人、軽めの朝飯がてら、それをグリードに見せていた。
《はぐれドラゴンの討伐》
この依頼書は冒険者組合の所長直々に手渡されたものだ。
ここで生きていく以上、断るという選択肢はないに等しいのだが、グリードにはそういったことは関係ないらしい。
本来、敬うべき相手を“腹黒たぬき“なんて呼んでるくらいだもんな……。
「でもな、所長からの直々の依頼だぞ?」
とはいえ、戦うのはグリードだ。
俺は特等席でその様を観戦するだけ。
そのグリードが行かないと言うのなら、断るしかないだろう。
俺の問いかけに対し、グリードは顔を曇らせた。
「兄貴の居場所を教えてきたのはあの腹黒たぬきなんすよ。受付の姉御に聞いても一切教えてくれなかったのに、あいつはしたたかに笑いながら酒場の場所まで丁寧に教えてきたんす。俺らとレオンの兄貴が衝突すればどうなるかくらいわかってたでしょうよ」
所長が……?
所長は俺と貴族様の仲介に入ってくれて違約金をとことんまで値切ってくれたんだぞ。
それこそぎりぎり払える額まで。
殆どスッカラカンになってしまったけど、もし足りなかったらと思うと今でも悍ましくなる。
とはいえ。
とはいえだ。
俺は観客席から眺めるだけ。
おそらくグリードと所長との間には何かしらの確執があるのだろう。だったら無理する必要もないか。
「わかった。今回は断っとくよ。悪かったなつまらない話しちまって」
「つまらない話だなんて、そんな! 兄貴のお気遣いに感謝っすよ!」
「ははっ。いいってことよ」
強者を演じるのにも慣れてきた今日この頃。
とりあえずくまたんの討伐でも十分金にはなるし実績も作れる。
これ以上なにを望むというのか。
所長には悪いが丁重にお断りしよう。
◇ ◇
グリードと共に冒険者組合に入ると、珍しく所長がエントランスに居た。
「おぉ~やっと来た。遅かったじゃないか!」
どうやら俺を出迎えるために待っていたらしい。これが意味することは間違いなく“はぐれドラゴン“の討伐に関してだろう。
それなら早いほうがいいな。
「所長……非常に申し上げにくいのですが、先日お話いただいた件ですが、辞退いたします」
「なんだって?!」
温厚なイメージが強い所長が突如として声を荒げた。
「ええ。ですがパーティーの意思ですのでこればかりは」
「君が行かなかったら他に誰が行くというのだ? 困るよ今更。君はまたそうやって放り投げるのかい?」
……待ってくれ所長。
今回と貴族様の時とでは、状況は全然違うだろ……。とは思うも、それを意見できるような雰囲気ではない。
確かに依頼書は受け取ったのだから。
言葉に詰まる俺の様子を察したのか、隣りに居たグリードが口を開いた。
「そもそもこの依頼書はなんだよ? 依頼内容はBランク程度。それでどうしてレオンの兄貴を指名するんだ?」
所長はグリードに冷たい視線を向けるもやれやれと話し始めた。
「この依頼書はな、三大ギルドの
「……銀翼の宴………」
グリードはその名前を聞いて少しおののいているようだった。
銀翼の宴。その名前をこの王都で知らない者はいない。武闘派で自由奔放。辺境の地に大きなギルドタワーを構え、国の一切に関与しない。
国からの要請に応じることもなく、懲罰や厳罰を下そうものならいつでも戦争をする構えだとか、なんだとか……噂の耐えない尖ったギルドだ。
戦闘に関してはスペシャリストの集団。
……………………。
いやいや。無理だろ!
聞けてよかった。こんなの一端の冒険者が関わっていい案件じゃない!
「所長の気持ちはお察ししますが、やはり辞退させていただきます」
「ならば報酬は十倍だそう。100万Gでどうだ」
なんだって……?
それは目からウロコが出るような金額だった。
「怪しい。その討伐報酬はどこから出すつもりですかぁ~? 所長~!」
聞き耳を立てて居たのかリゼさんが話に割って入ってきた。
「なんだ君か。それは無論、私のポケットマネーから出すつもりだ。さっきも言ったがな、銀翼の宴に恩を売っておきたいのだよ。なにかと都合が良いからな」
「そういうことでしたか。レオン君。この依頼断りなさい! 絶対に行ってはダメよ」
いつもの花のようなイメージから一転。リゼさんから鋭い眼光が向けられた。
……こんなリゼさんは初めて見る。
「はい、わかりました。絶対に行きません」
だから俺は即答した。
「うん。いい子だねレオン君!」とリゼさんから頭を撫でられ、これにて一件落着。と思ったのだが……。事は思わぬ方向へと発展した。
「そうか。ならレオン・ザ・ハート。君をたった今、Aランク冒険者から降格とする。今後のランクに関しては後日通達する」
その言葉は思いもよらぬものだった。
……どうして…………?
そう、俺が心で思うのと同時にリゼさんは所長に食ってかかった。
「ちょっと所長! どうして?!」
「当たり前だろう」
所長は冷めた声色でリゼさんを煙たがった。
それでもリゼさんは負けじと食い下がる。
「こんなの職権乱用じゃないですか?」
「Aランクとはうちの花形だ。それがなんだ? ここ最近は低級の魔物を狩って日銭を稼いでいるだけじゃないか」
「それはパーティーメンバーの入れ替えがあってですね」
「だったら尚更だ。降格は然るべき処置ではないのかね?」
「あー! じゃあもういいです。レオンくん私と行こ? いいよね?」
そう言うとリゼさんは俺の手を取り、強く握った。
その瞬間、俺は悩んでしまった。
いつもなら“ダメです“と即答している場面なのに、それができなかった。
──でも、それすらも…………。
「なにをわけのわからないことを言ってるのだね君は! ダメに決まっているだろう。行くならここを辞めて冒険者免許を取得しなさい」
所長の言っていることは、どうしょうもなく全て正論だった。
──そうして、強く握られていたリゼさんの手は……ゆっくりと力が抜け、離れていった。
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