いつものラーメン屋で、俺はお前を待ち続ける①
「ああーー! っと!! レオン君! それ間違いだから!! 間違いッ!」
リゼさんは何故か突然焦りだすように俺からくま退治の依頼書を取り上げた。
「ちょーっと仕事の疲れが溜まってるのかなぁ~、レオン君! あとで肩揉みしてくれるかなぁ~?」
「い、いいですけど……リゼさんの頼みならいくらでも……」
どうしたのリゼさん……?
「じゃあ、もみもみしてね? たぁーくさん!」
言い方が……如何わしい……。
ど、どうしたのリゼさん本当に!
「焼いちゃいますねぇ、これは!」
「いやはや、我らの兄貴さんですからな!」
グリードの子分たちが茶化してくる。
先程の「えっ?」って雰囲気が一掃されたような……。なんかそんな感じだった。
「よしっじゃあちょっと待っててね! 今グリズリーの魔物の依頼書持ってくるから!」
「は、はい……?」
ん……?
グリズリー?
確か、くまの魔物だったかな。
魔獣ほど凶暴ではないけれど、グリズリーって言ったら……。
察しの悪いを俺をみかねたのか、リゼさんにグイッと手を引っ張られコソコソと耳打ちされた。
(「レオン君、わかってないみたいだから言うけどね、Bランク冒険者のそれもグリードと一緒に仕事するのにただのくまはないよ?」)
……はっ!
ここにきてようやく、事の次第を悟った。
危ない危ない。俺は強者を演じなければいけないんだった……!
とはいえコソコソ話はコソコソ話だ。
グリードの子分たちはニヤニヤしながら俺のことをみていた。
「兄貴さん! ひょっとしてデートのお誘いでもされちまいましたか?」
「羨ましいですな~!」
「さすがは俺たちの兄貴さんっす!」
子分たちがあいも変わらず茶化してきた。
うまく誤魔化せたようだ。
リゼさんに助けられた……。なんとお礼を言ったらいいか。
そんなこんなでリゼさんが新たな依頼書片手に戻ってきた。
「おっ待たせ~!」
花のような笑顔に場が和む。
「くまたん可愛いんだけどね~、レオン君に渡そうと思ってた依頼書は少し凶暴なほうのくまたんなのでしたー!」
ひらひらと依頼書を靡かせながら、ニコッと受付の机に置いた。
「くまたん……!」
「くまたん……!」
「くまたん……!」
何故かグリードの子分たちは「くまたん」と小さな声で復唱しだした。
……うんわかるよ。ちょっと今のは可愛いかった。花のような笑顔で場はフローラルの香りにさえ包まれていた。
リゼさんマジ感謝です……!
そんな中、一人だけ腑に落ちない表情をしている者がいた。
グリードだ。
「兄貴。グリズリーの討伐ですかい」
「ああ、不満でもあるのか?」
とは聞き返して見たものの、その顔は不満そのものだった。
「……せっかく兄貴と一緒に仕事ができるのであれば、普段通りの兄貴がやっているようなAランクの任務でも構いやせんよ? 俺たちはなんというか、覚悟は出来てますんで。お気遣いは無用です」
いやいや、俺は覚悟できてないから!
一ミリたりとも気遣ったりなんてしてないよ?!
レイラさんやリリィなしでそんな任務に就いたら死んじゃうから!
死んじゃうから!!
死んじゃうから!!
……とは言えるわけもなく……。
のらりくらりと誤魔化す。
「バカヤロウ! 命を粗末にするんじゃねえ!」
「あ、兄貴! 俺らの身を案じてくれるんすね……! なんと慈悲深いお方だ……!」
うん。ちょっとコツを掴んで来たぞ。
これにて一件落着!
さあくまたん退治に出掛けよー!
と、リゼさんさながらな雰囲気で思ったのだが……。
「でもそこにあるじゃないっスか。魔獣の討伐依頼書……」
しつこいな! またかよお前!
でもこれは……。どうやって誤魔化そう。
まるで今日の予定は魔獣討伐でしたと言わんばかりに、その依頼書は置かれている。
そういうことかよ、グリード。
この場を乗り切る言葉を模索していると、リゼさんがまたしても助け舟を出してくれた。
「気付いちゃったかぁ~。これはね、私とレオン君が二人でやっちゃおうかな~って思ってた依頼書なのだよ!」
「姉御と二人で?!」
あ、姉御ってなんだよその呼び方。
「そうだよー。レオン君と中央広場で私の手作りお弁当でランチしてー、手繋ぎながら魔獣の巣食う場所までお出掛けする予定だったの!」
「な、な、な、な、なんと!!」
リゼさん言い方!!
グリードもおったまげちゃってるよ!
でも確かに、魔獣の討伐に赴くのならリゼさんの手は絶対に離せない。
むしろ陸の型「空から舞い降りるおパンツ」でリゼさんを抱きかかえながらの戦闘になるだろう。と、いうかそうじゃないと危険だ。
きっと、たくさんスケベすることになる……。
「で・も、君たちがレオン君と仕事に行くって言うなら諦める。こういうのはさ、冒険者同士で行ったほうがいいから……。で・も! でもだよ? 君たちは今日初めてパーティーを組む。だからグリズリーを討伐してくること! 初顔合わせのパーティーなんだから無理はしないこと! いいかな?」
「「「はい!!」」」
グリードファミリーの元気な返事が響いた。
「すいやせん兄貴。せっかくのデートを邪魔する形になってしまいやして……」
「気にすんな。仕事優先。それにお前らとも一度パーティーを組んでみたいなって思っちまったんだ」
「あ、兄貴!!」
うん。完全にコツ掴んだわ。
こういうノリでいけば暫くはどうにかなりそうだ。
そうして俺たちはグリズリーの討伐へと赴くことになった。
◇ ◇
出発間際、リゼさんからお弁当を渡された。
「いただけないですよ。だってこれリゼさんの!」
「そう! そうなの! まさか今日来るとは思ってなかったからね~。でも明日はレオン君用のお弁当作ってきちゃうぞ~!」
「そ、そんな! 悪いですって!」
「……いいの。これはほら……。ねっ? だからさ、明日もここに来てね!」
その言葉を聞いて、どれだけリゼさんに心配をかけたのかを悟った。
「……はい!」
俺がリゼさんに返せる唯一のこと。
それはたぶん、此処に元気な姿を見せにくること。
だから俺は、元気な声で返事をした。
リゼさんはよしよしと俺の頭を撫でると、少し心配そうに話した。
「あいつら、レオン君にかなり入れこんでるみたいで、忠誠心?的なの凄そうだから大丈夫だとは思うんだけど、元山賊って噂だからね。あまり信用はしないこと!」
さんぞく?
なんだ山賊って……?
聞いたことあるようなないような。
でも、あいつらの過去がロクなもんじゃないことくらいわかってるつもりだ。
昨晩、なんの躊躇もなく俺を殺そうとしたくらいだ。そういうことが当たり前にできる奴ら。
敵に回せば怖いが、味方のうちは頼もしい。
利用すると決めた以上、腹は括ってる。
「わかりました。肝に命じておきます。リゼさん。何から何までありがとうございます。俺、頑張ってきます!」
「うん。いい子だね。頑張ってきなさい!」
そう言うとポンッと背中を叩かれた。
「困ったことがあったらいつでもお姉さんを頼ること! レオン君は一人じゃないんだからね!」
そう言うとリゼさんはスカートを摘んだ。
きっとこれは、どうしょうもなく孤独に黄昏れた、あの酒場での俺を見ているからだ。
リゼさんが感じる責任ってやつを少しでも取り除きたい。でもそれは、いきなりは難しい。
だから俺はもう一度、明るく元気な声で返事をする。
「……はい!!」
そんな日が来ないことを……切に願って。
◇
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