第6話 いつだって君を見てるよ。好きだから


「おいおいレオンさん。土下座ってあんた、そりゃないでしょう?」


 おばちゃんのお店は裏路地の一角にある。

 それはつまり、店を出れば裏路地。

 人目に付かない場所を意味する。


 だから俺は、店を出たのとほぼ同時に土下座をした。


 そこまでして生きたいのかと言われれば、迷わず生きたいと答える。


 俺にはもう、なにもない。

 なら、別に。と、思う気持ちも正直ある。


 でも、パーティーを解散してまだ一ヶ月も経っていない。


 こんなところで最後を迎えたら、優しい彼女たちだ。きっと、責任を感じてしまう。


 それだけは絶対にダメなんだ。


 そう思う気持ちが、俺に土下座を、命乞いをさせた。たとえ、どんなに理不尽であろうとも。


「お願いします。見逃して下さい。お金なら払いますから」


「舐めてんのかおまえ。金で、このグリード様が動かせるとでも思ってるのかよ‼︎」


 頭を思っきし踏まれた。

 鼻が逝ってしまったかもしれない。

 前歯もおそらく折れている。


 ……痛い。なんてものじゃ、ない。


 それでも、しがみつく。鼻から流れる血で鉄臭くなった唇を噛み締めながら。


「お願いします。なんでもしますから。……ガハッ。お願い……します。命だけは……どうか」


「レオンさんよぉ、何か誤解しちゃあ、居ませんか? 冒険者同士の殺し合いはご法度。殺したりはしませんよ?」


 そう言うグリードの足は、さらに俺の頭を地面に押し付けてた。唇は地面につき、鼻は形を為さずほどに砕け折れ、息をするのもままならない。


 それでも、殺さないと言ってくれた。

 感謝の気持ちを、伝えなければ……ならない。


「あ、あ、ありがとう……ござ……います」


「だぁーはっはっはっは! こりゃ傑作だ! 女に囲まれて粋ってたレオンさんも、こうなっちゃおしまいだなぁ! オラ、おまえら! レオンさんのお望み通り殺さない程度に蹴っ飛ばしてやれや! こうやって……なぁ‼︎」


 その言葉聞いてすぐ、一瞬だけ意識が完全に飛んだ。

 死んだと……思った。


 おそらく、俺は蹴られた。

 先ほどまで、真っ暗な地面しか見えていなかったのに、星が見えるんだ。


 夜空が、見えるんだよ。


 ……綺麗だな。


 そう、思ったのもほんの一瞬で、視界はすぐに切り替わる。


「へへっ! こりゃサッカーボールにちょうどいいっすね!」


 グリードの子分らしき声がする。


「殺しちまったら後々面倒だからな。死なない程度にやれよ。んまぁ、死んじまったらそりゃ、仕方ねえけどな。事故ってことになるだろうよぉ!」


 「「「ぎゃはははは」」」


 不思議と痛くはなかった。


 きっと、痛いのだろう。

 でも、それすらもわからない。

 蹴られるたびに飛びゆく意識が心地良いとすら思えてしまう。


 何が心地良いのか。そんなことはわからない。

 もう……何もわからない。……感覚が、意識が……遠のく。


 ああ……、

 なんだろうな。

 明日って予定、何かあったかな。


 守りたいもの、あったかな。


 ない……か。何も、ない……な。

 俺には……もう、何も……ない。


 考えるの、めんどくさくなってきちゃったな。


「おいおい、レオンさんよぉ? もっとド派手に鳴いてくださいよ。俺らを楽しませること、放棄したらダメっすよぉ〜?」


 「「「ぎゃはははは」」」


 雑音が聞こえる。

 もう、いいから。そういうの。めんどくさいから。


 ぎりぎり意識だけはあって、視界には何も映らない。感覚もあってないようなもの。


 そんな、薄れゆく意識の中、俺の視界を光が包み込んだ。……眩しいな。勘弁してくれよ。


 こんなにも光っているのに、グリードたちには見えていないようだった。


「おらっ! 動けよゴミカスレオン! こんなんで終わらせねぇぞ!」


 その光はとても温かった。感覚もない、目も見えない。それなのに温かい。およそ説明のつかない現象。


 その光は、まるで導くように直線をなぞった。視界は閉ざされているはずなのに、光が見える。


 その先に視線をやると……とても見慣れたそそり過ぎる太もも・・・が、映った。


 薄暗い、裏路地の先。電灯が立ち並ぶ大通りに、天使のような光を見た。


 人生の終焉を演出するには、十分過ぎるフォルムだった。


 グリードとその子分たちに囲まれているはずなのに、視界にそれらが映らない。


 この太ももが現実のものではないと悟るには十分だった。


 幻覚。幻想。幻影。

 わかってはいるけれど、目が離せない。


 そう、思えるだけのスペシャリテな太ももだった。


 でも、所詮は幻。

 うん。もう、いいかな。

 そう思ったときだった。その太ももは最高潮に演出される。スカートの裾を摘む指が見えたんだ。


 人差し指と親指。その掴み方はとても如何わしく、これからどうなるのかを……俺は知っていた。


 見たい。その気持ちが俺を生へと縛り付けた。


 そして……その瞬間は訪れる。

 必然の如く、訪れる。


 ──ピラーン。


 めく……れた。

 スカートが……めくれた‼︎


 …………ピ、ピ、ピ、ピラーン?


 ハッ‼︎

 俺の意識は一瞬で覚醒する。


 それは、まごうことなき〝パンチラ〟だった。幻なんかじゃない。現実‼︎


 その証拠に、俺の中の『ラッキースケベル』がキュンキュン反応していた。


 ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


 スキルの発動を確認。

 《スカートピラーン、パンチーラ‼︎》


 脳内に元気な声が鳴り響く。


 ──ラッキースケベをチャージをしました。チャージ数『壱』ワンスケべです。一◯秒以内に放出してください。


 心の中のスケベナビゲーションがチャージをお知らせする。久々の感覚に身体中が歓喜に震える。鼓動が……熱い‼︎


 ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


「う、嘘だろ? どうして立ち上がれる?」

「グ、グリードさん? これはいったい?」


「し、知るかボケ! 俺に聞くんじゃねえ! もういい殺しちまえ! 剣を取れ野郎ども‼︎」


 「「「うおおおお!」」」


 見える。不思議と体が動く。

 グリードたちが俺を目掛けて襲い掛かってくる。……それなら、参ノ型でいこう。


 ──ラッキースケベ流、参ノ型『スカートめくりの舞』


 腰を低くし身体を回転させながら巻き起こる、風とともに斬りかかる。


 まさに一閃。刹那に等しいとき。


 およそ凡人では何が起こったのかわからない。


 グリード達の着ている服だけを一瞬で切り裂く、十八連撃。


 飛び散る布や防具の類、武器や他の全てをも、『スカートめくりの舞』の風圧で無に還す。


 ──形勢は一瞬で逆転した。


「ふぅ。殺しちまったら、後々面倒、だったか? なぁ、グリード?」


「お、お、おまえは……いったい」


「おい、グリード。俺が聞いてんだよ?」


 「「「ひぃ」」」


 少しだけ威圧をかけると、グリードと子分たちは後ずさるように壁側へと逃げた。


「これ以上やるなら、命のやり取りをせざるを得ない。グリード、覚悟はいいか?」


 我ながら、甘いと思った。

 俺はこいつらを殺すことができなかった。


 もし、食ってかかってきたら……もう勝てない。


 さっきのはきっと、死の間際の奇跡。

 じゃないと説明がつかないのだから。


「や、やだなぁ。レオンさん。お、俺らはBランク冒険者、Aランク冒険者のレオンさん──」


「うるせえ。やるのかやらないのか、それだけ答えろ」


 でも、それを悟らせちゃいけない。

 また、もう一度、さっきの攻撃をできると、ブラフを演出しなければならない。


 それが、唯一、できること。


 「「「ひ、ひぎぃ」」」


「できません。命だけは……どうかお助けを」


「なら、おばちゃんに謝って来い。俺はAランク冒険者だからな。Bランクのお前に本気を出したとなれば組合中の恥晒しだ」


「は、はい。酒場の綺麗なお姉さんに謝りに行ってきます!」


 なんとまぁ、調子のいい奴だこと。

 グリードに死をも厭わぬ、男の気概ってやつがあったのなら、俺はここで死んでたな。


 とは言え、俺も命乞いをした身。


 死ぬのは怖いよな。


 だからかな。とっさの判断だったけど、殺すことをしなかった。


 結果オーライなこの状況を考えると、正しい選択だったと。そう思えた。

 

 そんなことを考えていると、酒場からは悲鳴が聞こえてきた。

 あ。そういえば身包み剥いじゃったんだ。まさに文字通り、グリードたちは全裸。


 ま。いいか。誰も死んでないんだし!


 ……でも、あれ。そういえば俺、どうして動けるんだろう?


 あれだけボコスカやられたのに、俺の体は無傷だった。

 砕けたはずの鼻も、折れたはずの歯も元に戻ってる。


 ラッキースケベ流にこんな作用はない。ってなると、


 ……回復魔法?

 それもとびきり高位の上級魔法。……完全再生。


 こんなことができるやつって……この国には数えるほどしかいない。まさか、エリシア?


 そうだよ。あの太ももとパンツは彼女ので間違いない。


 さきほどパンチラを拝んだであろう、通りに目を向ける。

 しかし、エリシアの姿はない。


 ──あいつ……。


 俺は走った。全速力で走った。

 あの日、追い掛けることができなかったはずなのに、今、この瞬間は脚が勝手に動いていた。


 通りに出ると、エリシアの後ろ姿が見えた。


「エリシアぁぁぁぁぁ!」


 身体中を使って大声で叫んだ。


 俺の声に反応して、振り返った。

 しかし俺の顔を見るや否や、小走りに走り出してしまった。


 ふざけんな。なんでだよ。

 俺は全速力で走った。エリシアの名前を叫び続けながら。


 そして、エリシアのところまで追いつき手を……掴んだ‼︎


「はぁはぁはぁ。エリシア。エリシア!」


「あーあ。なんで来ちゃうかな。顔なんて見たくなかったのに……」


「お、俺は‼︎ お前にずっと会いたかったよ‼︎」


 自分でも何を言ってしまってるのかわからない。考えるよりも先に言葉が出てしまった。


「わたしは……会いたくないから。レオンダサすぎだよ。ほんと。何してるの。一人じゃ戦えないくせに。見苦しいところ見せないでよ。あー、気分悪い……。やなもの見ちゃった。……もう、あんな無茶……二度としないと誓いなさいよ。いま、ここで」


「誓う。誓うよ。エリシア……俺、俺……」


 話したいこと、言いたいこと。たくさんあるはずなのに、顔を見て安心してしまったのか、しばらく俺は、涙を流すことしかできなかった。

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