第5話 俺はただ、静かに酒が飲みたかっただけなのに
「酒くれー! おかわりー!」
ここに来ると安心する。
俺は元気よくおばちゃんにジョッキを差し出す。
「いらっしゃい。今日はちゃんとジョッキ持って帰ってこれたんだね。えらいじゃないか!」
そういえば昨日はジョッキ無くして怒られたっけ。
「当たり前だろ。おばちゃん。キンキンに冷えたの頼むわ!」
◇
どれくらいの時間が経ったのだろう。
本日、何杯目のエールか記憶にない。
常連客しか来ないはずの酒場に、ぞろぞろと冒険者っぽい奴らが店内へと入ってきた。その数、十人ほど。
そしてボス格の男が、俺の顔を確認するや否や、ニヤリと笑った。
「聞いた通りだわ。こんなところに居やがった。こりゃ、傑作だ!」
その言葉はまるで、俺に向けて言っているようだった。面を確認するも、身に覚えがあるようなないような。ある……ような。……あるな。ボス格のやつ、知ってるわ。
大柄なガタイに日焼けした体。
そして何より頬に十字の傷。うん。見たことある。
でも、酒に酔った今の頭では名前までは出てこない。つまりはその程度の面識しかないやつだ。
十字傷の男は真っ直ぐと俺が座るカウンター席へと向かって来る。
そして、目の前で立ち止まると馴れ馴れしくも、しらじらしく話しかけてきた。
「おっ、これはAランク冒険者のレオンさんじゃあないっすか」
肩をポンポンされ、とてもフレンドリーな様子で接してきた。
体格差が凄まじく、肩を叩かれるだけでずっしり重く、正直……ちょっと痛い。
「グリードさん、元って付けてあげないと可哀想っすよ」
「ははっ、そりゃそうだ! 優秀な女に囲まれてAランク冒険者にまでなっちまった無能なレオンさんだもんなあ」
「「「ぎゃははははは!」」」
あぁ。なんとなく状況を察した。
大方、俺を笑いにきた見物客ってところだろう。
ゲスな連中だな。
「うるせえよ」
「あ? おまえいまなんつったよ? ゴミカスレオンよお?」
「うるせえつったんだよ」
「グリードさん。こんな浮浪者相手に切れたら名が廃りますよ」
さっきからグリードを煽るような言動を繰り返す子分らしき奴。ただ、その口調は妙に洗練されていて、まるで台本でも読んでいるかのような感じだった。……言わされている感。
「ははっ、ちげえねえ。俺としたことが、ついカッとなっちまった。悪い癖だな。こいつみてーな、女におんぶに抱っこで粋ってるやつ見るとよお、胸糞悪くてかなわねえー」
「グリードさん、ですからこいつ、ひとりなんすよ。ぼっちになっちゃったんすよ」
「あちゃー。そうだったそうだった。女に捨てられちまったんだっけか。こりゃ、すまねえな。お詫びとして一杯奢らせて下さいよ。元Aランク冒険者のクソザコレオンさん」
「…………」
なんだよ。この茶番は。
茶番も茶番。あまりに茶番過ぎた。
グリード。
その名前には聞き覚えがあった。
確か、Bランク冒険者。
特に関わった記憶はない。顔を合わせれば挨拶をする程度だった。言ってしまえば、通り過ぎる景色のような存在。
恨みをかった覚えは……ない。
けど、めちゃくちゃ恨まれている風。
風とは言ったが、たぶん絶対に恨まれてる。
面倒なことになってしまった。
今になって「うるせえ」と言ってしまったことを後悔する。
下手したら、行くところまで行く。
俺の脳裏を最悪の結末が過った。
──それは徐々に現実のものとなる。
「おい、ばばあ、ここの浮浪者にエールを一杯頼むわ!」
俺を指差しながら注文した。
その注文におばちゃんはあたふたする。
やはりまずい。おばちゃんのことをばばあ呼ばわり。ここは足早に去るに限る。
お店には迷惑は掛けられない。絶対に。
「いいよおばちゃん。今日はもうお開きにするから。お勘定頼むわ。騒がしくしてごめん」
「別にわたしゃ、構いやしないけど。大丈夫かいレオン」
心配そうな眼差しを向けてくる。
普段の減らず口は何処へと。……おばちゃん、不安にさせちゃってごめんな。
「ぜんぜん。なんともないよ」
「なら、いいんだけどね」
「おいばばあ? 客が注文してんのにシカトか? 俺ぁ、客だぞ? それからレオンさん。連れねえこと言わないで下さいよ。まあまあ一杯やりましょうよ」
そう言うと腕を掴んできた。めちゃくちゃ強い力で。……痛い。
そのまま引っ張られるように席へと戻され、俺は着席を余儀なくされた。
俺が帰ることをグリードが見過ごすはずはなかったんだ。
考えてみればわかること。
おばちゃんには悪いけど、こんな寂れた酒場にわざわざ来るなんて、それなりの目的がなければ起こりえない行動力。
「おいばばあ! とっととエール持って来いや! レオンさんをあんまり待たせると殺すぞ?」
予想は確信へと変わる。
殺すぞと言われれば、それはもう従うしかない。おばちゃんはジョッキにエールを注ぐと俺のテーブルの前へと、申し訳なさそうにしながら置いた。
俺にはまだ、自分で注文した残量7割ほどのエールがあるというのに。
「あれれ〜、飲まないんすか? しゃーない。俺が飲ませてやりますよ」
そう言うと俺の頭の上からエールをかけてきた。
ああ、冷たい。これはキンキンに冷えている。
「ほら、身体中で味わって下さいよ。なんて贅沢な飲み方。これは、俺からの奢りですから。遠慮はいらねぇっすよ。無職のヘタレレオンさん」
「「「ぎゃははははは」」」
耐えろ。我慢だ。穏便に済ませるんだ。
「ああ、レオン。大丈夫かい。ほらタオル」
エールで濡れる俺を見かねたおばちゃんが、タオルを渡したときだった。
ついに、恐れていたことが起こってしまう。
「さっきからうるせえぞクソばばあ! 引っ込んでろや!」
グリードがおばちゃんを突き飛ばしてしまったんだ。
おばちゃん……ごめん。俺のせいで……。
さすがにもう、これは覚悟を決めるしかない。
「おい、グリード。いい加減にしとけよ? 表出ろや。外で話すぞ。覚悟、出来てるんだろうな?」
腰にぶら下げた剣を右手でキュイっとし、威嚇するような目で問いかけた。
勝てる道理はどこにもない。
でも、これ以上店に迷惑は掛けられない。
「は、ははは。この人数相手になに言ってんすか?」
嘘も方便。グリードは僅かながらにおののいていた。手下供も苦笑いを掛け合っていた。
仮にもAランク冒険者。ハッタリくらいはかませるさ。
「れ、レオン……あんた」
「おばちゃんごめんな。これ、お勘定。お釣りはいらないから」
「馬鹿なこと言うんじゃないよ。お釣りは……明日渡すから必ず取りに来るんだよ」
その言葉に対して、俺は笑顔を返すので精一杯だった。エプロンのポッケに手を入れればお釣りを払うことは容易いのに、それをしない。
おばちゃんは俺に生きろと、そう言ってるような気がしたからだ。
このあと、どうなるのかはわからない。
冒険者同士の殺し合いはご法度とされている。だが、そんなのは表向きに過ぎない。
剣術の才もなく、魔術適性もゼロ。
戦う前から勝敗は決してる。
……命乞いでもしようかな。プライドなんてとうの昔に捨てている。もう、守りたいものはないのだから。
エリシア、リリィ、レイラさん。
会いたいな。……会いたいよ。
散々エールを飲み続け、現実を逃避をしてきたというのに、
窮地に陥った時にだけこんなことを心の中で思ってしまうのだから、俺も大概……クソ野郎だ。
起こりうる全ては必然。
きっと、日頃の俺の行いが招いたツケ。
あの日、パーティーが解散してしまった時のように。グリードにも、知らぬうちに恨みを買っていたのだろう。
こうなってしまった以上、
今となっては、どうでもいい話だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます