第4話 酒くれよ。飲ませろよ
「ほら、もうランチの時間はとっくに終わってるんだよ。さっさと帰っておくれ」
「……ヒック。酒くれえ」
「あんたね、さっきからそればっかり。まだ二杯目を飲み終わってないでしょ。ジョッキの中を見なさいって。まったくもう。ロクに飲めもしないくせに」
「ここは、おかわりもさせてくれないのかぁ! 金なら……あるぞぉ!」
「いい加減にしておくれよ。何回同じこと言わせるんだい」
そう言うとカウンター越しのおばちゃんは俺が手に持つジョッキを指差した。
9割……いや、ほとんど満タンに入っていた。
……そういえばさっきも似たような会話してたっけ。
「あはは。ごめん、おばちゃん」
「はぁ。レオン。しっかりしなさいよ。おばちゃんはね、あんたのことが心配になってきちゃうよ。どうしたって言うんだい本当に。……これじゃ、あんたの爺ちゃんもお空で心配が絶えないでしょうよ」
「あはは」
◇
此処は通い慣れた寂れた酒場。
昼はランチで定食屋も営んでいる。
郊外から少し離れた路地裏の一角にある。
佇まいこそ地味だが、とても温かい場所だ。
基本的には常連客しか来ない。
だからこうして、ランチどきに堂々とエールを注文できたりもする。
おばちゃんとは古くからの馴染みだ。
爺ちゃんがこの酒場の常連で小さい時から何度も来ていた。おすすめはカツカレー。隠し味にガーゴイルの涙を使っているんだとか、なんとか。
おばちゃんはエプロンに三角巾が似合う、あったかい人だ。口は少し悪いけど……。
することもない。話し相手もいない。
そんな俺の話し相手になってくれてたりもする。内容は殆ど、あってないようなものだけど。
気がつくとここに来て、酒を浴びている。
まだ昼間だと言うのに、ランチどきでも酒を出してくれるのだから、おばちゃんには感謝している。
◇
あれから一ヶ月が経とうとしている。
ずっとこんな感じの日々を送っている。
仕事は……してない。
懲戒処分になり十日間の冒険者免許剥奪。
それから気が抜けてしまった。今更働くのも馬鹿らしい。
俺はあの日、貴族様からの依頼をバックれたんだ。信用が全ての世界。俺の信用は一日で地に落ちた。
貴族様もカンカン。
冒険者組合の受付の姉ちゃんもカンカン。
さらには所長室に呼び出されてお叱りを受けた。カンカンのカンカンだった。
依頼放棄の慰謝料が、払える額で合意を得られたのは不幸中の幸いだったかもしれない。
パーティーのためにと、貯めていた余剰資金は殆どなくなり、残ったお金で飲み明かす日々。
酒を飲んでいると、全てがどうでもよくなってくる。これを飲んでいるときだけは、嫌なことを忘れさせてくれるから。
だから……シラフになるのが怖い。
たとえ飲めなくても、飲み続けないと……壊れてしまいそうで怖いんだ。
「……はぁ」
「ため息をつきたいのあたしの方だよ。どうせまた夜も来るんだろう? そのジョッキ持ってっていいから、さっさと川のほとりにでも行ってきな。こちとら、夜の開店作業の仕込みもあるんだ。あんたが居ると邪魔ったら仕方ないよ」
「おばちゃん。いつも悪いな」
「そう思うならとっとと出ていっておくれ」
グイグイと背中を押され店から追い出された。
◇
人目につきにくい橋の下に一人。エールの入ったジョッキを片手にボーッとする。
ただ、夜が来るのを待つだけ。
夜になれば酒場が開店するから。
けど、今日は曇りかぁ。太陽が見てえよなあ。
「ふざけんな雲ー! 消えちまえー!」
言ってみる。とりあえず言ってみる。
上級魔法が使えれば、できるんだよな。
でも、俺には無理。魔術適性ないから。ははっ。
何も、できない。
哀れな、存在……。
「ハッ‼︎ 酒飲まないと!」
グビッと飲む。一口で十分。
「やっぱエールはうめえなぁ! これさえあれば他には何もいらねえよ。……何も、いらねえ……よ…………」
一気に飲み干した。
気付いたら寝ていて、起きたら夜になっていた。
「行かないと。エール飲まないと」
──早く、飲まないと。
そう思った時には既に、俺の足は酒場へと走り出していた。
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