第7話 エリシアちゃんの言うことは〜『絶対!』


 わたしがその事・・・を知ったのはパーティーを脱退してニ日後。夕飯の買い出しに街へと出掛けたときだった。


 ……レオンと偶然会っちゃったりなんかして、どうしてもって言うならパーティーに戻っても良いかな。

 ……なんて、都合の良い馬鹿なことを考えながら、レオンが帰ってきそうな時間を狙って、冒険者組合の通りにある商店街をうろうろしてた。……何時間も。


 そして、通り掛かったカフェテラスで、変な噂話を耳にした。話していたのは冒険者っぽい二人組の男。


「Aランク冒険者のあいつ。依頼放棄の違約金500万Gだってさ」

「やっば。馬鹿だねぇ〜」

「でもさ、一括キャッシュで即日払いよ」

「うへぇ。やっぱ金持ってるなぁ。さすがはAランク冒険者ってやつか。あいつ変わり者だしな」


 すごく、嫌な予感がした。


 この国『リズロッテ』にはAランク冒険者のパーティーは2つしか存在しない。


 Aランク冒険者になると、ギルドや騎士団から勧誘話が持ちかけられるため、登竜門的なランクに位置付けられているからだ。


 Sランクには余程のことがない限り昇級はできない。そのため、Aランクとは実質的な冒険者のゴール。


 名門ギルドから落ちてきた英雄・・元剣聖・・・などが、EからAランクを経由せずSランク冒険者になったり。


 だから……Aランク・・・・冒険者・・・のあいつ・・・と言われると、レオンのことしか……思い浮かばなかった。


 気付いたら走っていて、切らした息のまま冒険者組合の扉を勢いよく開けた。


 〝バタンッ〟


「はぁはぁはぁ」


 辺りはすっかり暗くなっていたため、仕事を終えた者で賑わっていた。けど、わたしの姿を見るや否や、空気は一変。ざわついた。


 そしてわたしが声をかける前に、受付のお姉さんが飛び出してきた。


「あー、あなたねえ! レオンくんのところの‼︎」


 ものすごい剣幕だった。


 その瞬間。疑いは確信に変わった。


 腰が抜けて、目の前が、真っ白になった。


 あの日、わたしのせいで500万Gの違約金が発生したんだ。


 レオンは自分のために殆どお金を使わない。いつだって貯金してた。


 酒も飲まない、煙も吸わない。

 武器や防具も新調しない。


 新しいアジトを買うんだとか、いずれはギルドを作りたいとか。嬉しそうに夢だけを語ってた。


 それを、わたしが奪った。


 レオンの夢、奪っちゃった。


 バカだわたしは。

 取り返しのつかないことをした。


 ほんとはあの日、着替えのスカートを持ってきてた。ただ一言、似合ってるよと言って欲しくて。そしたらすぐに着替えるつもりだった。


 そんな、くだらないことで……わたしは……。


 …………お金。稼がないと。500万G稼がないと。レオンに合わせる顔がない。……ううん。お金だけの問題じゃない。……もう。


 それでも、お金だけは。絶対に。


 ◇

 500万Gなんて大金まともな仕事をしていたらいつになるかわからない。


 だから聖女派遣センターに登録してお金を稼ぐことにした。使い捨てヒーラーセンターなどとも言われている。その分、金払いは良い。


 登録した翌日、さっそくギルドからのオファーが何件か来ていた。


 その中で一際わたしの目を引いたのは、この国の三大トップギルドの一つと言われる『銀翼の宴』。ここだけお給金が段違いに高かった。


〝最低保証日当10万G〜、他、諸手当あり。ギルド内施設、無償で使い放題、寮食事完備〟


 つまり生活費が掛からないことを意味した。

 無駄遣いしなければ、毎日最低10万G貯金できる。休まず働けば二ヶ月掛からず500万Gになる。


 わたしは迷わずここに行くことを決めた。


 ◇

 オファーが入ったとは言え、依頼主との面談を経て正式な雇用となる。


 銀翼の宴は武闘派ギルドと名を馳せ、国の自治が届かない辺境の地にある。


 見知らぬ土地に心細くなった。


 エントランスを通されると、視線がいっぺんに集まった。


「女だ」「ああ女だ」「おいおい女じゃねえかよ」「何の用だよ」「ここは女禁制じゃねえのか」「ちっ目障りな」「ふーん。女じゃん」


 蔑む目と卑猥な視線。

 所詮は使い捨てヒーラーセンター。覚悟はしてきた。……こんなのなんとも思わない。


 〝パンッ〟〝パンッ〟


「おい、大事な客人に対して失礼だろ」


 手を叩き、騒がしい場を一瞬で納めた。

 その人は七三分けにメガネ、後ろで髪を束ねていた。

 知将って感じの人。……面談してくれる人かな?


「え。客?」「聞いてない」「俺も聞いてない」「うん、俺も俺も」「通達あった?」「ねえよ」


 え。わたしって大事なお客なの?

 と、似たような疑問を抱いた。


「悪いね。まったく。うちのギルマスは気が利かないのか、まわらないのか。通達くらいしとけってんだよ」


「い、いえ。慣れてますのでお気遣いなく」


「慣れてる……ね。そんな顔には見えないけど。うん。でもギルマスの読み通りだ。美しい」


「……え?」


 美しいと言われれば女として、嫌な気はしない。けど、今、この場でそれを言われることに、不信感を抱かずにはいられなかった。


「ああっと。女性と話すのは久々でね。それもこんなにも美しい。言葉を選ぶのを忘れていた。非礼を詫びよう。私はサブマスターを務めている。名をアスラインと申す。二十九歳、独身だ。よろしく頼む」


 そう言うと、握手を求められた。


 手を握られると、全身から寒気がした。

 わたしは、レオン意外の男の人の手を……握ったことがなかった。


「……大丈夫?」


「えっ? あっ。はい。大丈夫です」


 困り顔をして首を傾げられてしまった。


 使い捨て。ヒーラーセンター。

 覚悟は決めてきたはずなのに。今更になって後悔した。……それでも。わたしには守りたい想いがある。


 まっすぐギルド長室に案内された。正直、え。って思った。


 たかだかヒーラーの面談にギルドマスターが直々に? しかも三大ギルドの一角。そうやすやす会える人じゃない。



 ……会えちゃった。なにこれ。


 その扉が開くと男が一人、座っていた。


 少し焼けた肌に、銀髪ロン毛。

 第一印象はチャラいだった。でも、この人が剣聖と並ぶにも劣らないと言われる三大ギルドの一角。そのギルドマスター。


 わたしのことを一瞬見ると、興味なさそうに煙を吹かした。


 その目は、人を見るような目じゃなかった。


 見た目に反して、禍々しいオーラのような雰囲気を帯びている。挨拶しなきゃいけないのに、すぐには声が出てこない。


「マスター! 面談の子来たよー。エントリーシート持って来てるみたいだから、ちゃんと面談してあげてね」


「面談? なんの話だ」


「覚えてないの? ていうかちょっと。煙はやめなよ。ちゃんと、面談しなきゃダメだよ?」


 そう言うとアスラインさんが葉巻を取り上げた。


「あー、もう、わかったようるせえな」


「ウィングが話聞かないからだろ? これは没収」


 そう言うと葉巻をシュッと燃やした。


「わぁーっ、ったくお前は。ささっと出てけ。くっそ、母ちゃんかよ」


「ああ。母ちゃんだよ」

「お、おう、そうか。お前は、俺の母ちゃんだったんだな? アスラインよ。三十路間近のおっさんなのにな?」

「ああ。何度も言わせるな。わかったらちゃんと面談しろ」


「ちっ。わぁーったよ。わぁーった、わぁーった。ったくお前ってやつは」


 いや、ちょっと!

 アスラインさーん!

 と、突っ込みたくなるようなやりとりだった。


 クスっと笑みがこぼれるようなそんなほんわかした空気。


「良かった。緊張は取れたみたいだね。じゃあエリシアさん。頑張ってね」


 気遣ってくれたのかな。良い人なのかも。と、思ったのだけれど。


 キィィー。バタンッ。


 アスラインさんは出て行き、密室に男の人と二人きりになった。……しかもギルマス。急に怖くなってくる。


 葉巻を取り上げられたことで不機嫌を纏い、ため息を二度三度ついた。


 そして、再度、わたしに視線を向けると、親指で唇を触り、険しい顔をしながら近づいて来た。


 目の前まで来ると、無言で全身を舐め回すように見てくる。


 震えが……止まらなかった。


「わぁぁっと! すまんすまん。でもこれは、ビンゴ! 思い出したよ。君だったか!」


 先ほどまでの険しい表情からいっぺん。笑顔が生まれていた。


「え。あの、わたしをご存知で?」


「ああ。無論。完全再生魔法。天から祝福された数少ない存在。だろ?」


「いえ、そんな。ただの回復魔法ですし」


「まあ、そうだが。でも、その魔法はうちのギルドでは重宝する。ここには馬鹿が多くてな。ポーションで治らない傷を負ってくる者も少なくない。何度言ってもわかりゃしねえ」


 ヒーラーが使い捨てとされる所以はポーションの存在が大きい。上級職のヒールも100Gあれば三本セットが買えてしまう。


 ポーションを飲めば事足りる。

 生産性のない職業。それが、この世界のヒーラーだ。


「あの、完全再生と言えど、その場で早急に魔法を発動しないと……なのですが」


「そう。だからそういう場面で活躍してもらえたらなと思って、君にオファーをかけた」


 そういう場面ってなんだろう。

 そう思い、返答を躊躇っていると、確信につくようなわかりやすい言葉で教えてくれた。


「死ぬか生きるかの戦場ってことだ。わかりやすく言うと過酷な戦場。ドラゴンだって相手にするぞ」


 正直、驚いた。

 適当に嘘をついて連れて行ってしまえばいいのに、この人はそれをしない。


 お金が欲しい。今のわたしには他にこんなに稼げる場所はない。だから、答えは最初から決まってる。


「やります」


 たった四文字の言葉。

 これにわたしの命が乗る。


 なにしてるのかな。でも、わたしはそれだけのことをした。自分勝手な行動でレオンの気持ちを踏みにじった。


 やるしか……ない。

 じゃないと、もう、二度とレオンに顔向けできない気がするから。


「いい目だ。強い目をしているな。気に入った! えーと、エリシアちゃんって呼んでもいいかな?」


 ちゃ、ちゃん?


「あ。はい。お好きな呼び方でどうぞ」


「じゃあエリシアちゃんって呼ぼう。んと、自己紹介がまだだったな。俺は『銀翼の宴』のギルマス。名前はシルバーウィング。三十八歳独身だ。気軽にウィングと呼んでくれ」


 そう言うと握手のために手を出してきた。


「……はい。ウィングさん。こちらこそよろしくお願いします。エリシア・ア・エルリシアです」


 二回目でも慣れない。レオン意外の男の人の手の感触。……なんかやだ。


 それに、独身とか言われると……尚のこと。


 この挨拶の仕方は間違ってると思う。うん。



「それで、エリシアちゃんは彼氏居るの?」


 は、はぁ?


「あの……この質問も面談ですか?」

「いんや、個人的に! もう面談は終わってるよ。でもその様子だと、彼氏持ちかなぁ?」


「……い、居ませんけど」


 一瞬、言葉に詰まった。

 好きな人は居る。でも、その人は彼氏じゃない。それに、いまのわたしは……。そう思うと、胸が締め付けられて……。


「おおっと。これは聞いちゃまずかったかな。いやね、見ての通りこのギルドには男しか居ない。そういう気を起こす者が居ても不思議じゃないんだ。でも、そうか。心に決めている相手が居る。そうだね?」


 言葉にされると、尚、苦しい。

 コクリと頷くので精一杯だった。


「かぁぁぁ! 青春だ! エリシアちゃん。俺は君の幸せを願おう! ギルド組員に全通達。エリシアちゃんに手を出したらぶっ殺す。これでいこう! わはははは!」


「お……、お気遣いありがとうございます」


 たぶん。誰にでも優しいってわけじゃない。

 最初、わたしのことを見たとき、あれは人を見る目じゃなかった。


 でも、幸か不幸か、一人の人間として扱ってくれるみたい。


「おっし。じゃあとりあえず、ギルドの中を案内したいんだけど。今日、このあと予定は?」


「ありません」


「じゃあ行こう! っと、その前に飯食うか! まずは食堂から案内しよう。あ、ちなみにパパって呼んでもいいぞ! ふた回りくらい歳の差あるからな! はっはっは」


「はい。ウィングさん」


「いいね、その媚びない姿勢! そういうところもますます気に入った」


 悪い人ではなさそうだけど。

 むしろ良い人そうだけど。


 ……すごい苦手なタイプかも。距離感の詰め方が……異常!


 媚びないんじゃなくて、媚びたくないだけだし。色々とズレているような、そんな気がした


 ◇◇◇


 さっそく翌日から仕事に就いた。

 そして今日は五回目のお仕事。ちょっと慣れてきたかな。なんて思う頃。


 所詮は派遣。いざとなれば捨てられる覚悟もしていたけど、最後衛、さらに護衛を3人も付けてくれた。


 ……金銭面以外も、意外と高待遇なのよね。


 正直、TOPギルドの連中なんて貴族や王族連中と癒着して稼いでいるだけだと思っていた。でも、このギルドは違った。


 誰からの依頼もない見捨てられた地域の魔獣討伐によく赴く。


 それもとびきり凶暴な。

 最果ての地や小さな村や町など。そういうところへ積極的に赴き、無償で討伐をしている。


 遠征や討伐だって費用が掛かる。

 資金の出所は不明。色々と闇がありそうなので気にしないことにした。


 そして、わたしが一行を共にするのは毎回必ず、ウィングさん率いる本隊だった。計五十人を超える大所帯。


 そして、今日、初めてドラゴンと対峙した。一目見て死を意識するほどの迫力。


 でも、それを超える強さがこのギルドにはあった。……異世界に迷い込んでしまったような非日常の連続。



「さっきのブレスはやばかったな! もろに直撃! エリシアちゃんが居なかったらまじで死んでたわ!」

「エリシアちゃんまじ天使!」

「ノンノン。大天使! ただの天使だなんてエリシアちゃんに失礼だろ!」

「だな」「そうだそうだ」


 他のギルドメンバーもわたしのことを〝ちゃん〟付けで呼んだ。

 初めてギルドの門をくぐった時は酷い言われようだったけど。ウィングさんが気を計らってくれたのか、なんかよくわからないけど、みんな良くしてくれる。


 でも〝ちゃん〟呼びは嫌だ。


 エリシアさんと呼んでくれたのはサブマスのアスラインさんだけだった。今にして思うと、唯一良識のある人なのかもしれない。のに、ここには居ない。基本的には戦場には出てこない。ギルドの金庫番らしい。


 それに、わたしは〝ちゃん〟ってキャラじゃないと思うんだけどな……。



「おいお前ら、少し休んだら、次行くぞ!」


 あとは帰るだけ、そう思っていたらウィングさんがとんでもないことを口にした。


 え。さっきドラゴン倒してたのに?

 あの……もう無理なんだけど。


「あの、ウィングさん……」


「お。どうしたエリシアちゃん」


「はい。完全再生は使えてあと三回。完全再生を二回にすればヒールを三十回。それでわたしの魔力は尽きるのですが」


「いいねえ! 十分、十分!」


 待って。話が通じてない。


「おい、おまえら! そういうことだ! 完全再生はあと三回。使い切ったら、たとえどんな状況であろうと、即撤退。いいな?」


 「「「うおおおおおお」」」


 待って。本当になんで?

 どうしてここで指揮が高まっちゃうわけ。もう、意味わからないんだけど……。


 普通に絶望的な状況なのに。


 三回目の完全再生使ったらわたし、もう動けなくなっちゃうんだよ。


「あ、あの。その三回目を使ってしまうと、わたし──」


「大丈夫大丈夫。そん時は俺が、おぶってやるから! なにも心配はいらないよ。こいつら見捨ててでもエリシアちゃんを一番に助ける」


「そーだぜエリシアちゃん。むしろこのおっさんがへばっても、俺がエリシアちゃん最優先に運ぶわ!」

「俺も」「俺も俺もー!」

「ギルマスよりエリシアちゃん優先!」


「くぅ〜、ほんとお前ら最低だな! 俺はギルマスだぞ? もうちっと労われないのか!」


 「「「あははははは!」」」


 いい人たちなのはわかるのよ。

 良くしてくれてるのもわかる。感謝もしてる。


 けど、色々とズレてる。


 それに、レオン意外の男におぶられるとか……。


 ……やだ。


 レオンにお姫様だっこされたいな。


 でも、わがままばかり言ってられない。

 死ぬか生きるか。ここはそういう場所。


 500万Gを集めるまでは……挫けない。絶対に。


 ◇◇◇


「おっ、起きた起きた。悪かったねエリシアちゃん。この通りだ。すまない」


 目が覚めるとウィングさんが深々と頭を下げてきた。


「あれ、わたし。……ここは」


 見知らぬベッドで寝ていた。


 ……記憶がない。


「うん。三日三晩寝てたよ。ここはね、ギルドの医務室だよ」


 そんな……。三日あれば最低でも30万G稼げたのに。

 早くレオンにお金渡さなきゃいけないのに。


「ど、どうしたのエリシアちゃん? 大丈夫だよ。もうドラゴンは居ないよ」


「はい。すみません。大丈夫です。びっくりしちゃって」


 わたしがそう言うと、ウィングさんは普段見せないような温かい顔つきで「うんうん」と何かを決めたような素振りをみせた。


「もう少しラクな現場にするかい? エリシアちゃんならどの現場でも、大歓迎さ」


「大丈夫です。迷惑じゃなければ、変わらず今のレートの任務でお願いします」


「ひゅー! ナイスガッツだね! いいよ。好きだよそういうの。俺の嫁にもらいたくなっちまうな。なんつってな!」


 俺の嫁……。レオンに会いたいな。


「ちょぉ! 冗談だよエリシアちゃん! そんな顔しないで!」


 やだ。わたし顔に出ちゃってたの?


「す、すみません。別にそんなつもりじゃ」


「えーとっだな。エリシアちゃん。君はね、俺にとって娘みたいなものだ。だから、センスの悪い親父ギャグ程度に聞き流してくれると嬉しいかな」


 親指立てて歯をにぱぁ! とさせた。


 そして、手が出される。

 グッ。握手をした。


 やっぱりまだ慣れない。レオン意外の男の人の手。でも、大きくて温かい。強者の手。そんな気がした。


 ◇◇◇


 とは言いつつも、ウィングさんの冗談は日に日に増していき……。あの日、握手なんてしなければ良かったと、ひどく後悔した。


 親父ギャグとは言うけれど、度を超え始めてしまった。


 ◇

 今日は十回目の任務。


 ここは人界と魔界の境界線。

 最果ての地と呼ばれる場所。ギルドが使役するワイバーンに乗ってここまで来た。


 まだお昼頃だと思うのだけど、焼けた夕日に荒廃された土地。最近、度々ドラゴンの群れが入ってくるらしい。


 ここには朝も夜も来ない。

 永遠に夕暮れ時の場所。正直、不気味。


 戦闘が始まる前に、ウィングさんが指揮を高めるのが恒例なんだけど、最近、おかしなことになってしまっている。


 全身をオリハルコンの鎧で武装したウィングさん。普段とは違う気の入れよう。フルアーマーウィングの二つ名を持つ、本気モードだ。


 ただ、今日もあれをやる。

 この人はブレないから。たぶん、やっちゃう。


「よぉーし、お前ら集まれ! あれやるぞ、あれ」


「もうそんな時間か」

「よっしゃ!」「っしゃあおらぁ!」


 ウィングさんの掛け声にぞろぞろとメンバーたちが集まってくる。もう〝あれ〟で通じてしまう……。


 ウィングさんが大きく息を吸い込むと、大声をあげた。ついに、あれが始まる……。


「今日、俺らはなんのために此処へ来た?」


 「「「エリーシア!」」」


「誰のために、この身を捧げる?」


 「「「エリーシア!」」」


「この身、滅びようとも、必ず守る、ただ一人の女神の名前は?」


 「「「エリーシア!」」」


 うん。全てがおかしい。

 右手を胸に当てて言うことじゃない。だってそれって、心臓を捧げるポーズ。……この身を捧げるとか言ってるから、それどころの話じゃないんだけど。


「はい、じゃあ、俺の嫁にして女神様のエリシアちゃんから一言!」


「おーいおっさん! 何言ってんだよ! エリシアちゃんはあんたのじゃねーぞ!」

「ギルマスー、キツイっす!」

「親子の間違いじゃねーの!」


 「「「あははははは」」」


 うん。本当に笑えないんだけど。

 それでも、この人たちは脳筋過ぎるから……。聖女として、ヒーラーとして。


 役目は果たさなければならない。


「みなさん。なるべく直撃は避けてください。完全再生は回数が限られてます。命は一つしかありません。一人一人がその意識をしっかり持ち、連携を高めていきましょう。大丈夫。私たちは必ず勝利します! ただ一人の犠牲も許しません。誰か一人でも欠けたら、その時は敗北だと思いなさい」


 こうやってちゃんと、言葉にしてあげないとわかってくれない。実際、戦闘の前にわたしが一声かけるようになってから回復量は目に見えて減ったくらいだ。


「よぉーし、エリシアちゃんから神の声を頂いたぞ! お前ら、恒例のいくぞ! エリシアちゃんの言うことは〜?」


 そう言うとウィングさんは耳に手を当て、場に居る全メンバーを煽る。すると、


 「「「言うことは〜?」」」


 と、復唱する。本当にもう笑えない状況。



 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ。


 計、六回。

 剣やら盾をリズミカルに地面に叩きつける。


 そして……、


 「「「絶対!」」」


 言葉に合わせるようにラスト一回。

 〝ドンッ〟と叩きつける。


 その衝撃は凄まじく、大地が大きく揺れる程。


 験担ぎなのか、なんなのか、はっきり言って謎。


「我ら、エリシアちゃん親衛隊に加護があらんことを〜‼︎」


 「「「うおおおおおおお!」」」


 そうして、指揮は最高潮になる。


 ほんと、頭が痛くなる。

 なんなのよこれ。親衛隊って何よ。ここはトップギルドの銀翼の宴でしょ……。


 そして、わたしの護衛も十人に増えた。


 十人で円を組み、その中心にわたしがいる。


 ヒーラーってそんなに重宝される職業じゃないのに。


「姫に何かあったらウィングさんにぶち殺されるからな」

「抜かせ! お前のところを機にお姉ちゃんに擦り傷一つ、つけてみろ。その時は真っ先に俺がお前をぶっ殺してやるよ」

「ああ?」「んだてめぇ?」


「あー、もう。仲良くしないとダメだよ。喧嘩はだめって何回も言ってるでしょ?」


 「「にぱぁ!」」


「ついつい、高まった指揮のせいで。姫、申し訳ございません」

「お姉ちゃんごめん。見苦しいところ見せちゃった。こいつ、存在自体が見苦しいから」


「あ?」「事実だろ?」


「あーもう、だから仲良くすること!」


 「「にぱぁ!」


 いったいなんのルールがあるのか。

 わたしが注意すると必ず「にぱぁ!」とする。


 この笑い方には見覚えがあって、ウィングさんが一枚噛んでるような気がした。


 この子たちはわたしよりも年下。十五、六くらいかな。


 姫呼びしてくる子がテトくん。

 お姉ちゃん呼びしてくる子がニアくん。


 二人とも学校を飛び級して既に卒業済み、自らの意思でこのギルドの門を叩いた。言ってしまえば超エリート。


 でも、子供っぽさがまだ抜けない。

 だから、わたしの護衛役になってるのだと思う。たぶん、ウィングさんの優しい采配。


 わたしの近くに居れば、万一の時はすぐに回復魔法がかけられる。そして護衛が増えることによってわたしの安全も増す。


 ふざけた人だけど、本当に色々考えてる。


 とは言え、ほんとに。

 わたし、何してるんだろう。


 姫でもないしお姉ちゃんでもない。

 下民の教会出の元シスターだよ。


 でも。本当にみんないい人たち……。だから困る。心底困る。


 文句の一つや二つ、思っても言いたいとは思わない。それくらい良くしてくれてる。


 なんでだろ。意味わからない。


 ……はぁ。



 ねえ、レオン。元気してる?

 ちゃんとご飯食べてるかな?

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