第9話 ひと目惚れ
恋……。
恋なんて僕には無縁だと思っていた。
でも……。
それは間違いだったかも知れない。
あの子から目が離せない……あの子を見ていると……。
ドキドキが止まらない。
——窪田衣織と彼女の演奏が終わると、集まったギャラリーから惜しみない拍手と声援が送られていた。
『『可愛い!』』『『きみ誰?』』『『軽音部のアイドルユニット?!』』
どうやら彼女に心を奪われたのは、僕だけでは無かったようだ。
彼女は窪田衣織と同じく……。
高嶺の花だ。
「彼女はルナちゃん。軽音部の新人だよ!」
『『うおールナちゃん可愛い!』』
ルナか……可愛い名前だ。どんな字を書くのだろう。
手が届かない事ぐらいは分かっている。
だからせめて……名前だけても……。
「ねえ奏、なに見惚れてんのよ」
「え、そ……そんなことは、無いはずだけど」
「顔が真っ赤ですよ?」
「い……いやこれは」
見惚れていたのも事実だし、顔がカーってなったのも事実だ。
でも、傍目に分かる程のなのか?
いや、でも若干汗ばんでるし、鼓動も速い。
バレてる……。
よりによって、この2人に。
もしこれが……もしこれが本当に恋だとしてもこの2人には知られたくない。
というのも、田淵さんと五十嵐さんは、恐らく異性として『僕の事が好き』だからだ。
先に言っておくが、僕は陰キャだけど鈍感系主人公でも勘違い系主人公でもない。どちらかと言うと人の感情には敏感な方だ。
それでもそう思ってしまうのは、彼女たちが僕を好きでなければ説明がつかない事が多々あるからだ。
分かりやすい所で言えば、名前の呼び方だ。
いくらオンラインで仲が良くったって、オフラインで下の名前を呼ぶだろうか?
オンラインでそうやって呼んでいるのなら分かる。
でもオンラインではハンドルネームで呼び合っている。
しかも僕の苗字は『オキ』下の名前は『カナデ』。
圧倒的に名字の方が呼びやすいのだ。
下の名前になると一文字増えるし濁点も入っている。
親しさや好きのアピール以外で下の名前で呼ぶメリットはないのだ。
そもそも下の名前で呼びばれ始めたのは、田淵さんと五十嵐さんがはじめて会った時。
ちょっとした修羅場になった時だ。
2人は絶対意識してアピールの為に下の名前で読んだはずなのだ。
それだけじゃない。
田淵さんは教室でも僕を下の名前で呼ぶ。
当然のように一部の女子に冷やかされるのだが、田淵さんはまんざらでもなさそうなのだ。
同じようなことは五十嵐さんにもあった。
五十嵐さんに至っては『あの人彼氏?』とまで聞かれて『やだぁ』と返すにとどめ、まんざらでもない笑顔を浮かべていた。
これは、明らか僕のこと好きだろ!
「また、止まってますよね……」
「……いや、とまってない」
「でも、目が泳いでるわよ」
目が泳いでるってなんだよ……視点が定まらないことか。
「奏さん……もしかしてひと目惚れですか?」
ひ……ひと目惚れだと……僕がそんなチョロインみたいなこと……。
「あ、近づいてきましたよ」
窪田衣織とルナちゃんがこっちへ近づいてきた。
「軽音部です。新入部員募集していますのでよかったらお願いします」
「「あ」」
僕はルナちゃんからチラシを受け取ろうとしたが、落としてしまった。
そして、落ちたチラシを拾おうとしたら……。
「「あ」」
僕の手とルナちゃんの手が触れ合ってしまった。
『ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!』
やばい……心臓が止まる。
こ……これが一目惚れなのか。
「ありがとうございます」
そう言って、ルナちゃんは満面の笑みで僕にチラシを手渡した。
ダメだ……僕、軽音部に入るかもしれない。
陰キャを卒業する時が来た。
この時は本気でそう思っていた。
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