第8話 陰キャの初恋

 あの日以来、僕たちはすんごい仲良しになった。


 田淵さんも五十嵐さんも僕のことを下の名前で呼ぶのが当たり前になっていた。


 たまに上の名前呼ばれると『嫌われたんじゃないだろうか』とマジでへこんでしまうほど当たり前になっていた。


 通学路でも昼休みも僕たちは一緒だった。


 普通、陰キャな僕が四六時中2人の可愛い女子と一緒にいると目立ちそうなものだが、そんなことはなかった。


 その理由は……。


 我が学園のアイドル窪田衣織くぼたいおりに彼氏ができたからだ。


 窪田衣織の彼氏が、全男子生徒のやっかみを一手に引き受けてくれているのだ。


 だから僕がこうして昼休みに屋上で2人の女子と仲良くしていても、誰も気に留めない。


 名前は確か音無鳴おとなしなる


 僕が憧れている音無仁おとなしじんと同じ性だ。


 羨ましい。


 窪田衣織と音無鳴は目に届く位置でイチャラブしている。


 窪田衣織はともかく、音無鳴……僕がもしあいつだったら、既にこの世にいないまである。


 毎日あの視線にさらされて、やっかみを受けて、学園SNSではボロカスに叩かれて。


 アイドルと付き合うなんて真面な神経じゃできないと思った。


 ちなみに学園SNSとはウチの学園のタグが付いたSNS投稿のことだ。


 学園の情報がタイムリーに調べられるので、利用している生徒は多い。僕も利用者の1人だ。



「奏さん、どこ見てるんですか?」


「窪田のことでも見てるんじゃないの?」


「あ、ああ……でも見てたのは窪田衣織じゃなくて彼氏の方だよ」


「あ、音無ですね」


「知り合い?」


「知り合いってほどじゃないですけど、クラスメイトですよ」


「そうなんだ」


「この間も、窪田先輩が教室に来てクラスの子と修羅場ってましたよ。なかなか女ったらしなのかもしれませんね」


 なるど……やはりそれぐらいの強者でなければ、アイドルとは付き合えないってことか。


 僕には一生無理だ。


「音無もギターやってるみたいですよ」


「そうなんだ」


 音無でギターだと……羨ましいじゃないか。


「奏とどっちがうまいのかな?」


「僕はまだまだだから」


 ギターは飾りじゃない……アイドルと付き合って、女にうつつを抜かしているような奴に僕は負けない。


「なんか、メラメラしてるんだけど……」


「そ……そうですね」




 ——僕たちは特に約束のことに触れるでもなく、毎日平和な日々を過ごしていた。


 これが青春なのだろうか……。


 青春……僕のアイデンティティが崩壊しそうな言葉だが、今の関係は嫌じゃない。


 ノブチにポチ丸。


 オンラインでもオフラインでもこの2人と仲良くできる今が、人生絶頂期かもしれない。





 ——そして放課後、僕は運命の出会いを果たす。




 いつものように3人で校門に向かっていると……。


「なんか、ギターの音が聞こますね?」


「本当ね、広場でなんかやってるんじゃない?」


「行ってみます?」


「う、うん」


「いってみましょう」



 広場では窪田衣織と見たことのない女子が弾き語りでデュオをやっていた。


 さすが窪田衣織。アイドルと呼ばれるだけのことはある。


 歌唱力もアコギの腕も素晴らしい。


 だが僕が目を奪われたのは、窪田衣織じゃない。


 もう1人の方の女子だ。


 窪田衣織に声量こそは負けるが素朴でいい声だった。


 窪田衣織とハモリをするには最適なのだろう。


 それよりも驚いたのが……。




 ギターがエモ過ぎるのだ。



 コードストロークで強弱をつけているだけなのに、何でこんなに良い音がなるんだ?


 たまに入れるオカズ的なフレーズが、ギターやっているものなら分かる超絶テクで、僕はその子から目を離すことができなかった。


 脱帽だ。


 僕は何をやっていたんだろう。


 僕は自分のギターの腕が彼女には遠く及ばないと悟った。


 そしてなんだ……このあらがい難い衝動は。



 胸がドキドキした。



 顔も紅潮してくるのが分かる。



 僕は今まで恋愛なんてしたことがなかった。


 まともに誰かを好きになったこともなかった。


 だからこの感情が何なのかは僕にはわからない。


 でも、これはもしかして。




 恋なのか……。



 窪田衣織の相方の女子を見るだけで胸がドキドキした。




 これが僕の初恋だった。


 


 ————————


 【あとがき】


 陰キャ、恋に落ちる……。


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