第6話 無くした記憶

 ファーストフード店の居た堪れない空気から抜け出し、帰る道すがら僕はSNSのログをたどった。


 しかし、田淵さんの言う約束らしいやりとりは見つけられなかった。DMも探してみたが10ヶ月ほどさかのぼったところで、ログは途切れていた。


 YoTubeの方も同じだった。


 五十嵐さんこと、ポチ丸とのやりとりの中にも約束らしい書き込みはなかった。DMにあたる機能でポチ丸ともやりとりをしてたのだが、SNSと同じく10ヶ月ほどさかのぼったところでログは途切れていた。


 約束の手がかりは見つけられなかった。




 でも、なぜ僕が、2人の約束を忘れていたのかは思い出せた。




 僕は1年前、空から降ってきた女の子を助けた時に、頭部を強打した。


 その影響でそこからしばらくの間、記憶が曖昧なのだ。


 入院中もスマホをいじっていた事は、記憶がなくても想像できる。


 2人とも何らかのやりとりを行なっていた可能性は高い。


 もし、その約束を記憶が曖昧な時期に交わしていたら、僕にその約束を辿る手立てはない。


 

 ……だからと言って2人にいいわけをしようとは思わない。


 僕はプロの陰キャだ。


 普段通りの生活に戻り、フォロワーが2人減る。そう考えればいいだけだ。



 そして、この日を境に2人とのやりとりは殆どなくなった。


 オンラインもオフラインもだ。




 ——そんなある日の通学路で、春一番と共に「パチ——————ン」乾いた音が鳴り響いた。


 ん? あれは窪田衣織くぼたいおりと尻餅ついているのは誰だ?


 まあ、どちらにせよ僕とは交わらない人種だ。


 窪田衣織は我が学園のアイドル。陰キャの僕とは対極に位置している。尻餅をついている男子は窪田衣織にちょっかいでも出そうとした推しだろうか。


 なんて恐れ多い。君も僕のように身の程を知りなさい。





 ——教室では田淵さんからの視線を毎日感じている。


 でも僕たちに会話は無かった。


 ただし、昨日までは……。



「ねえ、沖くん」


 久しぶりに声をかけてきた田淵さんは、呼び名が奏から沖くんに変わっていた。


「は、はい」


「話しがあるの、今日の放課後付き合ってくれない?」


 まあ、特に用事は無い……が、気まずくなるのは確定的だ。イマイチ気が乗らない。


「おーい、沖、お客さん」


 声の方を見ると、そこにいたのは五十嵐さんだった。


 僕が五十嵐さんの所へ向かうと、何故か田淵さんも付いてきた。


「沖さん、すみません、いきなり尋ねてきて」


 五十嵐さんも奏さんになっていた呼び方が、沖さんに変わっていた。


「いや、大丈夫」


「お久しぶり芽衣めいちゃん」


「ご無沙汰です英梨乃えりのさん」


 2人はいつの間にか下の名前で呼び合う間柄なっていた。流石コミュケーション強者たち。


「あの、お話しがあります! 今日の放課後、私と付き合っていただけませんか?」


 何だ何だ、2人は示し合わせての行動かなのか?


「いいわよ、私も一緒だけどそれで構わないなら」


「構いません! それでお願いします」


 僕の意思を無視して、話しが進んでいく。


「沖くんもいいよね?」


 よくはないけど……。


 これが、コミュケーション強者の『断れない状況作り』ってやつか……恐ろしい。



「う、うん」


 弱者は従うしかない。


 

 ——放課後、3人で例のファーストフード店に行った。


 今日は僕が1人で2人は横並びに座っていた。


「沖くん、あなたの1年のクラスメイトに聞いたんだけど、あなた1ヶ月遅れで学校に来そうね?」


 なんで今更、そんなことを……。


「ま、まあそうだけど」


「その1ヶ月なにしてたの?」


「な……なんで、そんなこと……気になるの?」


「うんとね、丁度その頃1週間ほど、あなた浮上しなかったでしょ?」


 生死の狭間をさまよっていたからね。


「うん」


「何かあったの?」


「な……なんでそんなことが気になるの?」


「あなたとの約束……丁度その頃の話だったから」


 ちょっと伏し目がちに照れる田淵さん。僕は何を約束したんだ。


「私もです!」

 元気一杯答える五十嵐さんも若干顔が赤い。


 

 そんなことより……僕の仮説は正しかった。


 2人は僕の記憶が曖昧な頃に約束を交わしていたのだ。


「ねえ、沖くん」


「はい」


「単刀直入に聞くけど」


「……うん」


「沖くんってその……」


 事故のことに気付いたか……。





「そこの頃アカウントハックされなかった?」


「私もそれが聞きたかったです!」


「……」




 もう面倒なのでアカウントハックされたことにしておこう。


 僕はそう思った。


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