1-4 帰還

「へぇー、そんなことがあったんだ」

「そそ。どうよ、オレの『森の魔境での体験記 怒涛の五日間』は」

「そうだね、最後以外はクラウドが妖樹にリンチされるばっかだったけど、最後の吸血鬼さんとの出会いは鳥肌ものだった。それ以外はホントにどうでもよかった」

「いい笑顔で毒混ぜるよな、お前……」


 ここは『傭兵派遣会社ゲラーデ』のヘレスニ支部。

 本部を置かれる王国の中央部の王都から、遠く離れた辺境の地に築かれた「前線支部」。

 そこが、クラウドが活動拠点にしている場所だった。


「いやぁ、今日が当番じゃなければ、僕もクラウドに付いて行くのになぁー」

「上位傭兵様も大変だな。ま、序列3000位台のオレには関係ないけど」

「よく言うよ。特別要請が面倒くて意図的に順位下げてる癖に」

「ああ、しようとした。けどする必要がなかった。だって本気出してこの順位だったし……」


 肩を竦ませるクラウドに、相席のイケメンが「ドンマイ」と肩を叩く。


 ゲラーテでは、達成した依頼の数とその難度、そして何より傭兵自身の戦闘力を基にした序列が設けられている。

 それも本人が気付かないような些細な癖や弱点なども含めた、綿密なデータを基に集計されるという驚くべきものだ。


 上位になればなるほどそれだけ受けられる恩恵も大きいが、その分面倒な役割りを押し付けられることも多い。

 強力な魔獣の討伐、周期的に開催されるイベントの運営、ゲラーテ本社直々の都市就任要請と、そこの当番制の見回りetc……


 それらの損な役回りから逃れようと、これまで数多の強者が実力を隠して穏便な傭兵ライフを送ろうと画策し――普通にバレて今では責任ある立場に束縛されている。


 特に厄介なのが、本社直々の都市就任要請。

 傭兵は本来、どの支部に居を構えようと自由だ。一箇所の地域に傭兵があまりに集中し過ぎた際は調整のために色々と対策が取られることもあるが、それでもゲラーテでは基本的には傭兵の自由意志を尊重している。


 しかし上位の傭兵、それも数万を超える傭兵の中でも精鋭中の精鋭と呼ばれる100位以内ハンドレッドの傭兵達は、各都市の戦力一定化のために、自由意志を剥奪した指定都市への配属を言い渡される。


 これは上位傭兵達が団結して反旗を翻すのを未然に防ぐためでもある。最上位の傭兵の実力は、それこそ一国の軍隊に匹敵することもあるからだ。


「ねえクラウド、お願いだからフィーネさんに当番代わって貰うよう交渉してきてくれない? 今日一日だけっ!」

「諦めろ。しっかりと上位傭兵としての役割を全うするんだな」


 そしてクラウドの目の前で不満を漏らしている、相棒でもあるこの金髪の美青年は、そのハンドレッドの一人だ。


 ユリウス・フォーマルティ。ゲラーテ総合序列、なんと驚異の21位。

 二十歳という若さでハンドレッド、しかもその中でも更に上位に入る実力者。


 そして何より、超絶なイケメンである。

 容姿はこの際語るまでもない。爽やかな金髪と蒼い瞳に、左右対称な整い過ぎた顔立ちは、普段は人を褒めないクラウドをしても素直にイケメンだと言わざるを得ないほどだ。


 かと言って性格が悪いわけではなく、寧ろ品行方正を絵に描いたような良人っぷり。心の奥底に黒いものも隠しておらず、たまに天然らしさを見せることもある。


 イケメンで性格良くて強い。何だそれ巫山戯んな、と何度クラウドが妬みから叫んだことか。


「そんな……頼むよ、人生で一度でいいから、零の階位にお目に掛かりたいんだ。出来れば友達になりたいんだ!」

「厄災指定の怪物にそんなこと言えんの、大陸全土で多分お前入れても十人居ねえだろうな。てかお前、オレがこの前紹介した秘境はどうだったんだよ」

「うーん、珍しかったけどつまんなかった。けどおかげで、魔獣に襲われてた女の子を助けれたよ」

「このイケメンめ……」


 だがこのイケメン、性癖――それも友人に関する癖が、やや変人の域に達している。

 自分の琴線に触れた存在を見つけた途端、それこそ人種人外問わず、後先考えずに「友達」になろうとするのだ。


 正直、昔ながらの間柄のクラウドですら、ドン引きすることがままある。


「つーかさ、ユキはお前の琴線に触れるような変人じゃねえぞ。何で今回はそんな積極的に?」

「クラウドこそ何言ってんの!? 吸血鬼だよ!? あの『緋の王冠』伝説の主役とも呼べる超常的存在! いるって分かってるなら会いに行くしかないでしょ普通!」

「おいお前ちょっと黙れ。これが二人だけの秘密だってことを忘れたか」


 いつにも増してハイテンションに語る友人の口を、慌てて腕を伸ばして塞ぐ。


 ユリウスの語る『緋の王冠伝説』とは、誰もが知るあまりに有名なお伽噺だ。


 かつて世界の王と呼ばれていた覇者が、次代の王として吸血鬼の真祖を選び、力の一端である王冠を授けたというもの。


 古くから伝わる神話には、『三原色』又は『原初の魔法』の一翼としてそれと同じ言葉が記されていることから、このお伽噺は実際に起こったことだと信じる考古学者は少なくない。


 しかし吸血鬼は、世界に数体も存在しない『零の階位』の厄災指定魔獣。

 ただ存在するだけで世の法則を捻じ曲げ、人類に壊滅的な被害を与える災厄なのだ。

 それに掛けられている懸賞金といえば、一番低額なものでも人生を十回は遊んで過ごせる程の大金だ。


 恐らくユキの存在を知れば、金目当ての命知らず共が挙って森に雪崩れ込むことだろう。

 かと言って、クラウド一人でユキの存在を隠し通すのには限界がある。今回のようにひょんなことでユキの存在が露見しかねない。


 故に、協力者として最も信頼出来る相棒のユリウスに相談していたのだが、これは少し人選を間違えたかもしれない。


 しかし、何処から自信が湧いてくるのか、ユリウスは自信有り気に胸を張って、


「まあ任せてよ。このことは絶対に秘密にするし、その手伝いもするよ。森の方も、まあ、魔境に好き好んで入る戦闘狂はいない――」

「――って言い切れないからお前に協力を依頼したんだ。おかげであれからで家に帰ってない……」

「……ああ、絶対に何があったのか子細に説明させるよね、あの人」


 頭を抱えてボヤくクラウドに、納得した様子のユリウス。

 二人が共通して脳裏に思い浮かべたのは、とある一人の傭兵の姿。


「……フィーネさんかぁ……」


 そうしんみりと呟くユリウスの表情は、とても苦々しいものだった。

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