ネックレス

 首に巻き付けられたそれは、ある時に弾け飛んだ。

 バラバラと飛び散っていく、貝の中にあったもの。

 光を反射せずに吸い込むような濁った白は、コロコロとどこまでも転がっていくように見えた。

 首に残ったのは銀色の糸。ぼんやりとした意識のまま、首を下に向けて、無理やりそれを眺める。

 こちらの方が私らしいわね、

 そう言って目の前にいる人に微笑むと、その人の顔はくしゃくしゃになった。

 可愛らしいヒヨコのような顔なのに、勿体ない、と思って手を伸ばす。

 手に赤い跡が残ってしまった。なんででしょうかね。

 堪らなくなり足元を見ると、キラキラと誘惑するピンクのパンプスが見えた。

 それらを輝かせるのは、無数の思い出。

 それも、今日引きちぎられた。

 でも思い出は、消えない。

 あの人は絶対、あの貝の中のものは絶対絶対、私のもの。

 一生、私のもの。


 前には、ただ直向きに前を見続けて、前が見えなくなったご婦人。

 俺はその人に堪らなくなり、なんだか地味なネックレスを掴んで腹立ち紛れにグイと力を入れる。

 呆気ないほど早く散らばる白に、逆に驚く。

 こんなに脆いものだったのか、と。

 俺はこの人に触れられるほど繊細ではない。

 だが、手を離すつもりもない。

 触れられなくても、そばにいることならできる。

 新たな決意を込めて、足元に転がる思い出を拾い集める。

 それを持って、必死に糸と織りなそうとする。結び付けようとするが、どんどん端から溢れていった。

 イライラと地団駄を踏みそうになりながら、小鳥のような口をした、可愛らしい婦人の前で、愛情を、思い出を、示し続ける。

 どうしても最後のコロコロまでたどり着くこと無く、結んで、差し出した。

 それは婦人の伸ばした手の中で、ホロホロと解けてしまった。


 目の前で、魔法を見た、と言わんばかりの目で糸を見つめる可愛らしい人を見て、自分の今までが胸に引き寄せられる。


 今までも、未来も、全て、私の大切なものなのだった。


 その思い出が、今引きちぎられた。

 今度も思考による崩壊ではない。

 絶えぬ因果を想い、1人、笑った。

 人には物が必要ね、

そう言うと、目の前のひよこは迷路の中に迷い込んだウサギのような目をする。

 婦人は、優雅に呟く。

 人には物が必要ね、

想い出を一つでも多く、持っておくために。

大切を、大事にしまっておけるように。

 じゃないと、


すぐに迷子になるもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る