痛み

「あれ?今日理人の数値3じゃん。何かあったん?」


「いやぁ、ちょっと小指ぶつけちゃってさぁ」


 気を付けろよな〜という言葉と共に聞こえる大きな笑い声。机の上に行儀悪く座っている理人と間宮、そして俺、それが俺達のグループ。


「はよーっ」


「おっ!隼人は0だな!いい事だいい事だ!」


 笑いながら背中をバシバシ叩く。それに笑い声を被せ、理人の方を向く。


「お前小指ぶつけたんだってな〜。いったそ〜」


 おちょくるように言ってやると、うるせぇな、と言ってジャレついてくる。

 平和な、何ともない教室。

日の光が眩しいほど教室に漂い、風がそよいでカーテンがなびく。

 女子達のかしましい、もとい喧しい声を背に受け、俺たちは彼女らのテンションに合わせて面白半分で強引に割り込む。


「なーに話してんの?」


 やだー、と笑いながら満更でもない笑みを浮かべ、その目線は確実に俺に注がれていた。少しの高揚感を胸に、楽しく話していると、大人が入ってきて「授業を始めるぞ〜」と俺たちの仲を裂く。

 ちぇー、と言いながらバラける。

 それが、俺の日常。楽しいスクールライフだ。

 学校での俺の評判は、「イケメンで、あまり話しすぎるタイプじゃないが、楽しく話せるやつ」だった。


 怪我をすると、数値として頭の上に見えるようになった。

 そのおかげで病気がすぐに判明し、寿命は格段に伸びた。

 不健康な生活を続けていたら病院でその事を指摘されるようになったし、何より病院にかかる費用はゼロになった。

 数値が高くなりすぎると、自動的に救急車を呼んでくれる。


(間宮が骨折してきたときは50だったな…)


 その事を今でも何故か自慢げに武勇伝のように話す彼に何度苦笑させられたことか。




「ただいま」


 学校が終わり、家に帰ると、静まりかえった家があった。母親も父親もいないようなものだ。


(俺は1人でも生きていけるから平気だ。数値も0だし心配ない)


 タタタッと廊下を不器用に駆けてくる音が聞こえて、少し驚く。

 靴を脱いで目を上げると、そこには妹がいた。


「お兄ちゃん……」


 そう言って、奥の方の襖を指差す。いや、正確には、その部屋の中だな。


 性懲りもなく罵り合っている様は見慣れて、静寂とあまり変わりがない。

 勝手にやってろと思うが、やはり妹は怖いらしい。


(女の子だからなぁ)


 面倒に思いながら仕方なく仲裁に入ると、案の定また俺の事を理由に喧嘩がヒートアップした。

 焼け石に水とはこの事だな、と首を振って、妹の手を握っていつものように公園へ誘う。


 遊んでいる妹をベンチから眺め、遊び疲れた妹が戻ってくる。


「お兄ちゃん」


 なんだ?と優しく答えると、声も出さずに泣き出してしまった。

 とにかく驚いて、どうしたらいいのか分からず、とりあえず抱きしめようとした。


 出来なかった。


??あれ?


 なんで、出来ないんだろ、嫌なわけないのに。


 両手を広げたまま固まっている兄を妹は不思議そうに見つめる。そりゃそうだ。


(人と接するって、


どうやるんだっけ?)



 そう考えた途端、


目の前が真っ暗になって、世界が回った。


 お兄ちゃん、と心配そうに叫ぶ妹の声がする。


 心配させたくなくて、お前のせいではないのだと伝えたくて、声を出そうとしても、出てこない。


 吸うだけで、吐けない。


死ぬ……


 そう思って反射で頭上を見る。



 数値は0だった。





 俺が妹のために早く帰った後、夕日が照らす教室内


「なあ理人、いつも一緒にいるあいつさ、めっちゃノリいいしモテるし性格いいから好きだけどさ、


ずっと無表情なとこ、気持ち悪くね?」






 教室の窓際で、外を眺めていただけの人物は考える


(あの人、大丈夫かな…明日、声をかけてみようかな)



 上を見たその人の数値は、0だった。

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