どこまで行っても、どこまで行っても、まだ道は遠く先まで続いている。


 いったい私はどこへ向かっているのだろう、

と一旦立ち止まり、左に手を伸ばす。

 ぼろぼろと何かが手に纏わり付くように零れ落ちていった。


 必死になって目を開いて見てみると、

黒い壁が、今にも崩れ落ちそうな姿でそこにあった。


 それは先に行くほどに色を様々に変えていた。

 だんだんグレーになり、緑になって、最後に見えるのは茶色。

 薄くなったり、濃くなったり。


 今度は右、試しに手を伸ばす前に目を開けてみる。

 そこには白い、ツルツルとした頑強そうな壁があった。

 押してみるが、手を跳ね返すように全く進まない。手触りは上々だった。ワクワクする色だった。


 どちらか破ればゴールのある道に辿り着けるのでは?という疑問が頭に浮かぶ。

 左の壁の先を覗き込むと、無機質な家具が並ぶ部屋が見えた。狭い狭い部屋だった。その中には、薄ぼんやりと人影らしきものがあった。



 どっちを選ぼう、と首を捻る。


 それとも、まだ少し、歩いてみようか。


 立ち止まるよりはそちらの方が楽そうではある。


 だが、なんとなく、狭い狭い部屋の中で佇む、あの人影が頭から離れようとしない。


 不愉快に思って、強引に右を向うとすると、

案外簡単に曲がれた。


 それでも、彼の足はそこで止まる。



 下を見ると、真っ暗な闇が見えた。


!?


 心底驚いて飛び退こうするが、そもそも地面が無かった。


……!!


 どんどん下へ下へ落ちていく。こんなはずではなかった。どの道を選べばよかったんだと、後悔し、後悔して、後悔したのに、

いつまでも高いところから真っ逆さまに落ちた衝撃が無いな、と気付く。


 思い切って下を見ると、そこには真っ暗な闇が変わらずにあった。


 だが、少し、安心できる気がした。


 ここでなら、僕は、少なくとも迷わずに済みそうだ、と安心した。


 落ちていく合間に、微かな音を聞いた気がして、耳を澄ませる。


 どこから来ているのだろう?と、やたらその音が気になる事実に動揺しつつ、探っていく。


 近付きたい、知りたい、と思うと、だんだん音は大きくなっていった。


 近付くと共に、安らかな闇が、牙を剥く陰に変容した。


 恐怖で立ち止まりそうになりながらも、必死に、必死になって、手を、伸ばす。


 もう少し……


 離れて、近付いて、また離れて、近付くと、




突然身体が宙に浮いた、


ように思った。


 それくらい大きな衝撃が彼の身体を走った。


 誰かの叫ぶ声が聞こえる。

 あの薄ぼんやりとした、人影の声だ、と彼は何故か確信する。


 上を見ると、白い、所々に黒が舞う天井と、病室の黄色いライトが見えた。


 上はこんな風になってたんだな、と段々はっきりしてくる頭で考える。


(そうか、あの人影に、暖かさを感じたのは、そういうことなんだな)


 彼は、妻の顔を見て、精一杯顔を歪ませて、

不器用すぎる笑い顔を作ってみせた。

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