恋ってなあに?

「ねえ、どうしてあなたは生きているの?」


 隣の綺麗な綺麗な美女に声をかける。

 緑のドレスを豪華に優美に身に纏い、

刺々しい装飾を嫌味でないほどに着こなす彼女は、

その大きな赤い髪を風に吹かれながら言った。


「そんなの知らないわよ。どうしても知りたいなら恋をしてみたらどう?」


 私はハッとして頬を染める。

 顔を背けさせられた彼女はもうこちらを見ていない。だがそれは仕方のないことだ。

それでも話はできる。


「恋ってどんなものかしら……」


 タイミングよく彼女は私の方へグラリと顔を向けた。猛々しい真っ赤な赤が私に迫る。


「知らないに決まってるじゃない。ここにいるんですもの」


 そう言って、寂しそうにボソリと呟く。


「選ばれたならここにはいないわよ」


 そう言った後も彼女はこちらを向いている。気まずそうに顔をうずめることも、自分では出来はしない。

 そう決められているから。

 その時、不意に、影が近づく。吟味するような無邪気な視線がまとわりつくと、みんなが歓びの声を上げた。

 風は吹いてないのに、みんなが揺れる気配だけがする。


「こっちをみて!!」


 そう言って美しさを自慢げに見せる彼女はとても輝かしく、羨ましかった。

 小さな、柔らかな手が、彼女に優しく触れる。

 少し手加減を知らなかったようで、彼女は低く呻くが、それでも嬉しそう。

 笑顔で下に下に向かっていく彼女を、私は見られなかった。風のせいだ。

 誰がなんと言おうが、

風のせい。


「ねえ、恋ってなあに?」


 その言葉は静謐な庭に消えていく。

 美しい彼女が啄まれ、さらに隣の老艶な女性が彼女から見えるようになった。

 少し萎れている彼女を励まそうと、私は声をかける。


「大丈夫よ!あなたは綺麗ですもの!すぐに恋がなんなのか分かるようになるわ!そしたらパッと花開くわよ!」


 明るく言って心を開くと、老女は少し笑って風が吹くように答えた。


「私はもう、しなしなになって、枯れるのよ。花が開くことは、もうないわ」


 私が絶句していると、また影がやってきた。

 今度はかなり大きい影で、その影は夕焼けに急かされるように伸びやかに広がっていた。


「えっ?」


 老女の声が響く。

 その優しい影は、大事に、大事に彼女を手の中に抱え込む。

 その彼女の顔は、赤らみ、笑顔が咲いていた。


「恋っていうのがどういうことか、分かったわ!励ましてくれてありがとうね!」


 そう言い残して、彼女は影の宝物になった。


「恋って、なんなのかしら…」


 1人の男性が、静かに、庭園から家に戻り、ゆっくり書斎に向かう。

 そして、2枚の紙と、分厚い古い本を大事に手に取り、愛しい彼女を、大事に、その間に挟み込む。


「これでずっと、綺麗なままだね」


 そう言って綺麗にニッコリと笑う彼によって、老女は恋を知った。



 ある晴れた日、静謐な庭で、細身の男性が、ゆったりと、風に身を寄せて読書をしていた。


「ねえ、パパ!私たちと遊んでよ!」


 大声で嬉しそうに叫んだ子供達を愛おしそうに一瞥し、返事をして、


大事な本に、愛おしい薔薇の栞を、挟み込んだ。

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