本に救われたい話

 色々なところから目が出てくる。壁にも床にも天井にも隙間にも。

 ギョロギョロと凝視するそれらは、僕が気付かないままに、僕の首をゆっくりと締めていく。

 外に出るとさらに。街の装飾にも、木にも、花にも、傘にも、雨にも、晴れにも、水溜りにも、車にも

……もちろん、人にも。

 それを無意識に振り切ろうと全力で家に篭っても、家にも目があって、首を絞める。


 ある時、1人の本に出会った。そして、言われた。


「その目は、君自身だよ」


 もちろん他人が悪いことには変わりないけどね、と僕の腕を指差す。

 慣れたはずの傷。


「見える傷の方が痛くないんだよなぁ」


 寂しそうに笑って言う本に向かって、ある想いが溜まっていく。


「うるせぇな!知ったようなこと言うんじゃねぇ!」


 思いの外大きい怒声が出て、相手を傷つけてしまった、とすぐ後悔して、また傷を増やす。


「知らないよ」


 予想外のあっけらかんとした優しい声に俯いた顔を跳ね上げ、呆然と本を見つめる。


「君の心なんて、君自身だって知らないじゃないか」


 だけどね、と本は続けた。


「君は良い人だ。だって、僕は、君がいないと生まれなかった、本の感情なのだから」


 本、改め、本の感情。あれは幻だったのかと思いながら、僕は荷物をまとめた。教科書、ノート、今日はあと何が必要だったっけ。


 もちろん何も解決しちゃいない。息苦しい家であっても、そこから出るのは嫌だし、僕の傷はちゃんと残っている。ただ、それが僕のせいだとはもう思えなかった。


 朝起きると、

目と本の感情に明るく挨拶をして僕は出かける。


 まだ生きていてもいいかもな。

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