菩提樹の下で その2
2010-01-25 00:00:00 | 経典
魔羅に打ち勝ったのち、釈迦は心を静めて深い瞑想へと入った。そして禅定の第一段階から第四段階まで上昇していった。
第一段階は〈澄んだ川で沐浴をして向こう岸に渡り、腰をかける〉ことに譬えられる境地である。あらゆる低俗な卑しい欲望を克服して離れ去る。心の汚れを消し去ったことによって全身が喜び・安らぎに満たされる。そうして、外の世界を眺めている。
第二段階は〈泥の汚れをすっかり忘れて咲く美しい蓮の華〉に譬えられる境地である。もはや外の世界に心を向けず、精神はまったく落ち着いて、ひとつに集中している。そして、〈精神集中から生まれる限りない心地よさ〉が全身を貫いている。
第三段階は〈滔々と流れる大河を心の内に宿して、揺るがない大きな山になったような境地〉と呼ばれる。心は円満に欠けることなく、また深く根を下ろして微動だにしない。心の中の泉から水が湧き出る。その清らかな水がどこまでも広がってゆき、すべてを清め尽くしてゆく。〈限りない心地よさ〉も消え去り、釈迦は平静と思慮深い自覚のなかにいる。喜びを超越した至福が全身を貫いてゆく。
第四段階は〈全身が真っ白い清らかな衣服ですっぽりと覆われたような境地〉と呼ばれる。〈身体に由来する汚れ(裸の体に譬えられる)〉はすっかり取り除かれる。釈迦は「快適さも苦しみも」、等しくすべて捨て去り、〈純粋で思慮深い平静〉のなかにいる。〈精神の明るさと純粋さ〉が全身を貫き、光となって釈迦の体を輝かせる。
黄昏時から宵のうちにかけて、釈迦は自分自身の数限りない前世を想い出していった。悦びと苦しみ、幸運と不運をつぎつぎと経験した無数の前世を眺めた。「私はかつてどこに生まれ、なんという名であり、どの一族、どの仲間に囲まれて、生活状態はどのようであり、寿命がいかほどであったか、どのように死に、そしてどこに生まれ変わって行ったか」を果てしなく想い出していった。
夜更け頃に、釈迦は清められた神のごとき天眼でもって、あらゆる生きものたちが、生まれ変わり死に変わりしながらそれぞれの業に従って〈輪廻〉していく様子を見た。身体が崩れ去ると、ある生きものたちは邪まな想いと言葉と行いによって奈落(地獄)に沈み、またある生きものたちは善良な想いと言葉と行いによって天界に上っていくのだった。
そして夜明け前に、釈迦はあらゆる生きものの苦しみの成り立ちと、その展開について考えた。生きものたちが〈生まれ、老い、死ぬ運命(輪廻)〉に屈服している世界は、悲惨な状態にあるように思われた。〈複雑に入り組んだ苦しみ〉からの出口は、まだ見出されなかった。
――〈老いて死ぬ苦しみ〉の原因は何であろうか。
と、釈迦は自らに問うた。
そして、つぎのように認識したのだった。
――〈老いて死ぬ苦しみ(老死)〉の原因は〈生まれること(生)〉だ。〈生まれること〉の原因は〈有ろうとすること(有)〉である。〈有ろうとすること〉の原因は〈煩悩の火を燃やすこと(取)〉である。〈煩悩の火を燃やすこと〉の原因は〈どうしようもなく欲しがること(渇愛)〉である。〈どうしようもなく欲しがること〉の原因は〈手放さないこと(受)〉である。〈手放さないこと〉の原因は〈触ること(触)〉である。〈触ること〉の原因は、〈様々に感じること(六入)〉である。〈様々に感じること〉の原因は〈自分があるとおもうこと(名色)〉である。〈自分があるとおもうこと〉の原因は〈何かを知ろうとすること(識)〉である。〈何かを知ろうとすること〉の原因は〈何かを求めてもがくこと(行)〉である。〈何かを求めてもがくこと〉は、〈正しい在り方から眼を背けたままでいること(無明)〉から発している。
〈正しい在り方から眼を背けたままでいること〉から〈何かを求めてもがくこと〉が生じ、〈何かを求めてもがくこと〉から〈何かを知ろうとすること〉が生じ、〈何かを知ろうとすること〉から〈自分があるとおもうこと〉が生じる。そこから〈様々に感じること〉が生じ、〈様々に感じること〉から〈触ること〉、〈触ること〉から〈手放さないこと〉、〈手放さないこと〉から〈どうしようもなく欲しがること〉が生じる。〈どうしようもなく欲しがること〉から〈煩悩の火を燃やすこと〉、そこから〈有ろうとすること〉、〈有ろうとすること〉から〈生まれること〉、〈生まれること〉から〈老いて死ぬ苦しみ〉が生じる。
ひとつのものが発生すると、ほかのものが発生する。ひとつのものが消滅すると、ほかのものが消滅する。
だから、〈正しい在り方から眼を背けたままでいること〉が滅すれば〈何かを求めてもがくこと〉は滅し、〈何かを求めてもがくこと〉が滅すれば〈何かを知ろうとすること〉が滅し、〈何かを知ろうとすること〉が滅すれば〈自分があるとおもうこと〉が滅する。〈自分があるとおもうこと〉が滅すれば〈様々に感じること〉が滅し、〈様々に感じること〉が滅すれば〈触ること〉がなくなり、〈触ること〉がなくなれば〈手放さないこと〉がなくなり、〈手放さないこと〉がなくなれば〈どうしようもなく欲しがること〉がなくなる。〈どうしようもなく欲しがること〉がなくなれば〈煩悩の火を燃やすこと〉がなくなり、〈煩悩の火を燃やすこと〉がなくなれば〈有ろうとすること〉がなくなり、〈有ろうとすること〉がなくなれば〈生まれること〉がなくなり、〈生まれること〉がなくなれば〈老いて死ぬ苦しみ〉がなくなるのだ。
こうして釈迦は、〈苦しみとはなにか〉〈苦しみはどう成り立っていくのか〉〈苦しみはどう滅びてゆくのか〉〈苦しみを滅ぼし尽くすための道〉を知って、〈比類のない完成されたさとり(阿耨多羅三藐三菩提)〉を見出し、〈仏陀(さとりを完成させた者)〉となった。
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