釈迦の悟り-律蔵・阿含経

菩提樹の下で その1

2010-01-18 00:00:00 | 経典

 「すべての人は老い、病み、死ぬ運命にある」ということを知った若き釈迦は、王子の位も王宮も捨て、六年のあいだ苦行に打ち込んだ。しかし、苦行では「老い、病み、死ぬ運命」は乗り越えられないことを悟り、乳がゆを食して(=断食などの苦行を捨てて)、菩提樹の下に座った。


 菩提樹の下で、釈迦は思いめぐらせた。

 -この〈感覚の世界(欲界)〉では魔羅(マーラ・悪魔)が支配者であり、統治者だ。魔羅の知らないうちに最高の悟りを開くことは、私にはふさわしくない。

 その考えを知った魔羅は、いそぎ悪魔の軍勢をととのえて釈迦に攻撃をしかける!神々も逃げ出してしまう恐怖の軍勢。手に手に恐ろしい武器を持ち、無数の毒蛇をしたがえ、逆巻く火炎と煙を吐きながら、軍勢は押し寄せる!身の毛もよだつ恐ろしい攻撃の数々――

 すべてをなぎ倒す大風、大地をも砕く大雨、そして大岩・刃・炭火の雨!燃え上がる灰が空を覆い、熱砂が、灼熱のマグマが、若き釈迦めがけて嵐と叩きつける!さらには、炎に包まれた山の数々が、転がり突進して来る!暗闇が四方から襲いかかり、恐ろしい戦場の怒号が無数に響き渡る…!


しかし、釈迦の心は〈ありとあらゆるものへの完全なる慈愛〉に包まれているので、いかなる攻撃にも傷つけられることはなかった。

いかなる炎も恐ろしい毒も、釈迦を害することができない。射られた悪意の矢は釈迦の頭上にとどまり、〈世間を超越した完全なる慈愛〉の力によって、美しい花環に変化した。転がされた山は立派な花の宮殿になった。恐ろしい火のかたまりは高貴なる光の輝きの冠となって、釈迦の頭上を漂ったのだった。


 魔羅は別の方法で勝利を奪い取ろうと考えた。釈迦に「〈全世界の支配者〉という王の位を提供しよう」と耳打ちをした。そうして、若き釈迦を解脱(さとり)の道から引き離そうと試みる。しかし、釈迦はその誘惑をものともせず、魔王・魔羅に言い放つ。

「私は数限りない前世において行なった〈自らを犠牲とする行為〉によって、ようやく〈全世界を越えて目覚めた者〉という仏陀の位へ上昇することになったのだ。遥かな昔から今に至るまで、数え切れないほどの身体と生命と持ちものすべてを、ほかの生きものの幸福のために犠牲にして来たのだ。

それに対して、魔羅よ。汝はただ一度の犠牲のみによって、〈感覚の世界(欲界)〉の支配権を手に入れたに過ぎないではないか」

 しかしその言葉尻を取って、魔羅は反論する。

「儂の犠牲については、おまえ自身が証人だ。だが、おまえの犠牲には証人がいないぞ。つまりは真実を語ったことにならない!仏陀になろうともいう者が、偽りの言葉を語ったのだ!おまえは儂に負けたのだ!」

 勝ち誇る魔羅に対して、しかし少しも慌てることなく、釈迦は右手で全身を撫で、大地に触れた。

すると地震が起こり、地面が割れて、大地の女神プリティヴィーが無数の土の精霊たちを引き連れて姿を現わす!そして、遥かな過去から大地での出来事すべてを見てきた女神みずからが〈釈迦の過去世における無数の犠牲〉の証人となったのだった。

 この争いにも敗れた魔羅は娘たちに、釈迦を誘惑するように求めた。しかし、釈迦は一切惑わされることはなかった。その顔は太陽のごとく輝くのだった。

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