第18話 この先合流注意
―コミさん。もう一度念を押しておきますけど、
裕美子の体で前屈をするコミにホキが言う。
―裕美子様に悪影響がありそうだと判断したら即刻天界に連れて戻りますからね。裕美子様は貴重な人間なんですから。
「わかってる、気を付けるわよ。裕美子さんのお祈りのお陰で円部りい先生にも加護があると思うと嬉しいわ。この辺り一帯、本当に気の流れがいいのよねー。」
そう言ってコミは窓に手を掛けた。
―あっ、待ってください!窓は開けないで!
裕美子の制止は間に合わず窓がガラッと肩幅まで開けられ、同時にコミが豪快なくしゃみをした。
「え?何なに?」
コミは訳もわからず慌てて窓を閉め、また大きなくしゃみをした。
―ごめんなさい。わたしひどい花粉症なんです。薬が鞄の内ポケットに…あ、ティッシュはそこの机です。
―花粉症?アレルギー反応ですか?この窓を一瞬開けただけでこんなにも顕著な反応が?
ホキが興味深そうにメモをとる。
「花粉が?…ハッッくしょいっ!これ、つらいわね…。虫から過飛散を防ぐ物質を出すように変異させられないかしら。可急的短期で研究してほしいわ。10世代計画ぐらいで。」
うー、と唸りながらコミがカーディガンの袖口で涙を拭い、薬を出すとごくんと飲み込んだ。
―虫媒花ならこちらからの干渉が可能ですね。昆虫だけなら10年そこそこで結果が出ますが、植物側に共生の利が見つかるかどうかで可否が決まりますから植物部との連携で数世代となると…あ、何の花粉ですか?
―あの、杉ですけど…たぶん花粉症をおこす植物ってだいたい風媒花なのでは…。
裕美子が体の中からおずおずと答え、あーそりゃそうだ、とホキは頷いた。
―じゃあ人間を変異させたほうが早いですね。人間調査課の者に伝えて…
コミがまたくしゃみをし、大きな音を立てて鼻をかんだ。
「ふぅぅ…早急に研究に取りかかってもらいましょ。上手くいけば、ざっと見積もって300年後には今のレベルの杉花粉に悩む人間はほぼいなくなるわ。」
三人は結論にたどり着きとても満足げだ。
―この近辺に人間調査課のコウとテンさんが調査に入っているそうですから伝えておきましょう。
―知ってる?コウね、そのテンって子にべった惚れなのよ。
コミは裕美子に体の権利を返して楽しそうに言った。
―ほう、それはからかい甲斐がある。なんでそんなこと知ってるんですか?
―あそこの課長とは少女漫画仲間なの。
「そのお二方はどちらにいらっしゃるんですか?」
―ここから西に1キロもないぐらいです。
「じゃあ自転車で行けますね。帰りにスーパーに寄りますね。」
裕美子は花粉対策用のだて眼鏡とマスクと帽子を装着して外出の用意をした。
―自転車か。私、一旦体出るわ。カゴに乗っていい?
「はい。では、案内お願いしますね!」
コミもホキも自転車の籠の中で風を受けて気持ち良さそうな顔をしている。
裕美子はそれを見て、可愛いなんて思ったら失礼かしら、と微笑みながら自転車を漕いだ。
5分ほどでたどり着いた住宅地は、子どもたちの声で賑やかだった。
ホキが書類を見ながら「この辺りのはず」と言い、裕美子は自転車を降りた。
「あ、そこの公園、ベンチのところに天使様が見えますよ。」
裕美子は今まで見えていなかったものが見えるようになっていることに少しの興奮があった。
―レイだわ。憑き人やってるのね。裕美子さん体貸してくれる?
公園には、鉄棒とぶらんこに小学生ぐらいの子どもが数人。砂場に小さな男の子と女の子。ベンチに母親らしい女性が二人とその脇に天界人が一人。
公園の入り口のそばに自転車を停めると、手洗い場にいたサカが気付いた。
―あれ?昆虫部のホキさん。
―おや、どうもサカくん、お疲れ様です。こちらにコウとテンさんいらっしゃいますか?
―あそこで遊んでますよ。おーい、さくらー!レイさーん!
―はぁい。なんですか?
さくらは「手を洗ってくる」と言ってサカの呼ぶ方へ移動した。
裕美子とホキに気づくと誰だろう?と首を傾げ、駆け寄って「こんにちは!」と挨拶をした。
―あら、可愛らしい。こちらが調査員さんなんですか?
―人間に転生して調査しているのですよ。
「レイ、久しぶりね。あなたがテンね?」
―あれっ、もしかしてコミさん?どうしたんですか?人間に憑依してるの?
「コミさん?こんにちは!テンです!いまは、おやいづさくらっていいます!よろしくおねがいします!」
さくらがニコニコと見上げて自己紹介をすると、コミは「かわいいぃぃっ」と叫んでしゃがみ、さくらの頬を両手で挟んだ。
「さくらちゃんっていうのねぇ。さくらちゃんいくつ?」
「もーふぐ6ひゃいになりまふ。」
「かぁわいーい!」
「コミはん、にゃかみはテンでふよ?」
「中身のテンも可愛いんでしょ~?知ってる~!」
大人の人達はみんな頬っぺたをうにうに揉みたがるんだなぁと思いながらさくらは身を任せた。
―こちら、体の主は今泉裕美子様です。
―さくらちゃん、よろしくお願いしますね。
「ゆうぃこはん、おろひくおねがいひまふ。」
「裕美子さんはね、この辺りを司る巫女様なのよ。感謝してね。」
―ああ!今空気が軽くなったの、そういうことなのね!
サカは「いつもありがとうございます」と頭を下げた。
「集中してお祈りすると、もっと凄いのよ。」
その時、博晃がさくらの腕を両手でギュッと掴んだ。
―あ、これコウさんなんですよ。転生ミスで普通の子に生まれたんです。
「そうなの?いいわね、その設定。なかなか面白い。」
コミはにこやかに「こんにちは」と言うと、博晃も小さく「こんにちは」と返した。
そして怪訝な上目遣いでコミを見て、さくらに小声で「だれ?」と尋ねた。
「あ、えっとね、しってる人なんだけど」
さくらは何と答えていいかわからずしどろもどろになる。
―面白いけどこうなると邪魔ですね。
とホキが唸った。
「ごめんね。この子と二人でお話することがあるからいいかな?」
コミは鞄をごそごそと漁って飴を出すと
「ほら、美味しい飴ちゃんあげるからね。どうぞ」
と博晃に差し出した。
―あ、あの、コミ様。その言い方ちょっと…
裕美子が体の中から警告すると同時に博晃が「さぁちゃん!」と声をあげた。
「だめだよさぁちゃん!こっち!早く!」
博晃が腕をぐいっと引っ張り、さくらが尻餅をついた。
「あ、大丈夫っ?」
コウったら好きな子相手に乱暴ね、と思いながらコミがさくらを起こそうとすると、
「お母さん、お母さん!ゆうかいはんだよ!」
と博晃の大きな声が響き、公園内外の視線がさくらとコミに集まった。
「誘拐犯?」
コミは自分の状況を省みた。
尻餅をつく女の子と、片手でそれを引っ張り、もう片手に飴を持つ、帽子に眼鏡にマスクの不審者。
「すみません、どうしました?うちの子が何か?」
博晃の声に駆け寄って来た可奈子が警戒の強い笑顔で訊ねた。
「いや、あの、可愛いから、つい…」
―コミさん、それだと本当に誘拐しようとしてたっぽいです…!
―こ、コミ様、私が体替わりましょうか…?
―か、可奈子さん、大丈夫よ。これ知り合いなの、本当に。
レイが慌てて弁明するが、その声は届かない。
「す、すみません、帰りますね」
コミはそそくさと自転車に乗り、漕ぎ出す前にレイに向かって「対杉花粉の変異お願いね!」と言い残し、ホキが「また余計に不審なことを」とはらはらと追いかけ、裕美子が「あ、そこ左です!体替わりますよ」と言った。
「あっ…」
さくらはせめて本当に怪しい人ではないということを可奈子たちに示したくて、裕美子たちに向かって「バイバイ!またきてねっ!」と叫んだ。
「さぁちゃん、誰だったの?」
「えっと…おともだち…。」
「いつ知り合った人?」
「あの…。…いま…。」
可奈子はさくらの両肩に手を置くと、はぁ~と大きなため息を吐いた。
「ありがとうね、ひろくん。さぁちゃんったら本当に危機感がなくておっとりしすぎてるんだから」
「さぁちゃん、名前おしえちゃってたよ」
「もう…。あのね、さぁちゃん。世の中いい人ばっかりじゃないんだよ。恐い事件もいっぱいあるんだからね…」
可奈子は過去にニュースで見た様々な子供の関わる事件を絡めて説教をし、さくらは事件の話が怖くて耳を塞いで涙ぐんだ。
「ちゃんと聞きなさい」と手を退かされ、さくらは「ごめんなさい。気をつけるから、もうやめて」と懇願した。
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