第14話 中の人と任務
「すぐ戻るからね」と言い残して、レイは光のアーチを潜り天界に帰った。
「すぐ」というのは思っていたよりもずっと早く、ものの10秒ほどだった。
来春生まれる愛の子ども。
宿す魂をどうするかという議題は、既に普通の人間の霊にすることに決定済みだったらしい。
―たまにこういうことでもないと、中身はコウだってこと忘れるわね。ひろがあまりにも普通の人間の子どもだからさぁ。
そうかな、とさくらは思った。
最近はむしろ博晃をコウと切り離して考えるのが難しい。
しかしながら、博晃とは完全に同い年の友達として遊んだり話したりしている。
それはコウ相手ではあり得ないことだ。
どういうつもりで接しているのか、自分でもよく分からない。
さくらは膝にのせていた絵本を閉じた。
「あの、レイさん。転生の任務ってなんですか?コウさんの代わりに、私何をしたらいいんでしょう?」
さくらの問いに、レイは「ニンムって何だっけ」とでも思ってそうな表情できょとんと固まった後、「ああ!」と手を叩いた。
―そうそう。光の道の、新しい拠点をつくりたいのよ。
「光の道の…拠点?」
―霊力を宿した岩がある場所よ。
レイはふいっと光を放つとアーチ状に広げ、光の道を示した。
―寿命を全うすると、自動的に光の道が現れるの。私たちの案内なしでも、霊が迷わず天界に上がれるようにね。
「それが拠点から出てるんですか?」
―そんなかんじ。でもね、近年パワースポットだとか言われて人間の往来が激しくなってきて、光が遮られちゃうことがあるんですって。
レイはアーチを閉じ、指先で操った。
光はさくらの体に近付き、肩に触れると吸収されていった。
―このままだと霊の流れが滞って、こっちの世界が澱んじゃうから…
「別の場所を探して、新しい拠点を作るのがコウさんの任務なんですね。私に出来ますか?」
―そうね。お願いしてもいい?岩にさくらの力を込めて欲しいの。あんまり人が来ない場所に…。あ、でも場所探しは私とサカでやるから。
「岩…大きな?運ぶんですか?」
―岩がある場所を探すわ。なければ石を集めて積むのでもいいし、埋め込むのでも。当座簡易的でも使えれば問題ないのよ。後から憑依や転生で整備するから。
さくらは胸を弾ませた。
仕事を任されるというのは嬉しいことだ。
それも、自分にしか出来ない仕事だ。
いよいよ自分の力が必要とされるのだ。
しかし希望に満ちた顔のさくらとは対照的にレイは「うーん」と難しい顔で考え込んでいる。
―心配だから、なるべく先延ばしにしたいのよねぇ…。帰還間際だといいんだけど、体力とか考えるとそうもいかないし。
「早いと駄目なんですか?一人で出掛けられるようになり次第すぐにって思ったんですけど」
―駄目ってわけじゃないけど…。岩に霊力を宿し留めるとなると、さくらが使える霊力が弱くなるのよ。普通の人より少し霊感があるって程度に。
「えっ…。そうなのか…!」
―今みたいに人に力を分けたり道案内手伝ってくれたりとかはできなくなるわ。私の姿や声も認識できるかどうか怪しいぐらい。だから行きまではいいけど、帰りとそれ以降がね…。
「そっか…使えなくなるのか…。ちょっと…ショック…。この力で人の役に立てると思ってたのに…。」
さくらはしゅんとして掌を見た。
念じれば凝縮する光。
出来れば、この力はこの一生でずっと持っていたかった。
人を元気にすることができる、自分だけの武器。
レイはなるべく先延ばしにと言っているが、そうもいかないだろう。
モニは不運な事故に遭って、二十歳で帰還したのだ。
突発的な死はいつ来るかわからない。
だから任務は、早いうちにこなさなければならない。
―さくらね、そんな気負って人の役に立とうとか思わなくていいのよ?今回は研修なんだし、ただ人間の人生を経験するだけで…。「だけ」とか言っちゃったけど、ただ生きていくのもなかなか大変だからね。
「でも、何かしないとって思っちゃって…。次機会があっても100年後とかでしょ?今の世界は今しかないし」
―まあわかるけどね…。でも霊力で人の役に立つなんて人知れずしかできないでしょ。霊力を使ってできる職業なんて知れてるもの。自分を犠牲にするんじゃなくて、ちゃんと労力に見合った報酬をもらってほしいな。
「ああぁあぁ報酬をもらっていいレベルのお仕事とか出来る気がしない…!すぐヘマするし、不器用だし、特技もないし…。私、将来どうしよう…?」
さくらは両手で頭を抱え、恐ろしいものを見たかのように青くなった。
レイは「早い早い」と笑った。
―まだ幼稚園児なんだから。今は好きなようにしてたらいいわよ。それが磨けば武器になったりもするんだから。
「そうかなぁ?」
好きなこと。
草花の水やり、本、あやとり、折り紙、お絵かき。
考えを巡らせたが、さくらの思う「人の役に立つこと」にはなかなか結び付かない。
うーん、うーん、と唸るさくらに、レイが思い出したように言う。
―コウは余った時間で天文学の研究をするつもりだったみたい。
「天文学?って宇宙とかの研究ですか?ひろくん宇宙好きですけど、別に仕向けたりしてないですよね。聞こえないんだし…」
―そうね。あれはコウの魂による性質ね。
さくらの中で、急にコウの色が濃く浮き立った。
印刷物を虫眼鏡で見てみた時の、新鮮な発見をした気分だ。
全ての鮮やかな色が、小さな赤、黄色、青の点点で表されている事を知った時の。
喜びの反面、もっと早くに知りたかったと残念にも思う。
もっと近くにコウを感じていられたのに。
レイは続けて言う。
―人間の先天的な性質を決める3大要素があるんだけど知ってる?
さくらはいいえと首を横に振った。
頭の中には赤・黄・青の三原色が思い浮かんでいる。
―一つが魂による性質、二つ目が親からの遺伝、そしてもう一つが天界から加えられる変異よ。
「変異!変異課のみなさんがやっているお仕事ですね?」
―そうそう。親からのストレス信号を受けて、魂にランダムで変異を加えて送り出してるの。
「私にも何か変異がかかってるんですか?」
―テンは今回研修だからなにもしてないんだけど、コウには実験的に変異を大きめに加えてあるわ。人間の研究はなかなか進まなくて、天界ではどのスイッチでどういう特性を持つようになるのか把握しきれてないのよ。その研究のためにね。まあこれは私たちが観察するか、帰還してから本人に思い出してもらうしかないわね。
「へぇ…。なんか不思議。記憶は全然ないのに、前と同じことが好きって。」
―まあね。記憶がなくても、前世と同じ人を好きになるってこともよくあるし。
レイは心の中で「コウの魂はずっとあなたが大好きなのよ」とニヤついた。
レイの思いと反して、さくらは少し残念そうにしている。
「そっか…。じゃあ、生まれた時から結構決まってるんですね。」
―ん?まぁね…。
自分の短所、例えば怖がりなところや不注意なところは、簡単には克服しえない深いところに根差していると思うと、なんだか呪いみたいだなぁとさくらは思った。
「さぁちゃ~ん。ご飯できたよ~おいで!」
部屋の襖がズッと開けられ、可奈子が呼びに来た。
「暑~。エアコンつけたらよかったのに。」
「せんぷうきつけてたら、だいじょうぶだったよ」
部屋を出ると夕食のいい匂いがした。
―テンの任務として、強いて言うならね、生きていて不便に感じたこととか嫌なこととか報告してほしいわね。いずれ変異に組み込むものを選択していくのに使うわ。まあ普通に生きてて副弐的にね。
―はぁい。
嫌なことって、なんだろう。痛いことと、怖いことかな。とりあえず、ご飯が美味しくて幸せだなぁ。とさくらは思った。
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