第13話 天界の同僚の皆さん

生まれてからもう6度目の夏。


この季節の変化の振り幅には、たぶん何年経っても慣れる気がしない。


四季の美しさを日本の長所に挙げていたコウも、夏に関しては「気をつけて」という警告が全てだったのだ。


太陽の力のなんと恐ろしく強大なことか。


博晃はこんな話をしていた。


太陽のプロミネンスは、意思を持ったガス生命体「太陽人」が欠伸やくしゃみのように或いは競い合って噴き出しているもので、太陽人は地球に生命があることに気づいていないのだと。


そもそも人や動物など地球の生命と言われるものは、太陽人にとってカビやバイ菌ほどの存在でしかなく、核融合によって生きる太陽人の定義からすると空気や水によって生きる我々は生物でもなんでもないのだと。


(だから容赦ないんだなぁ、太陽人さん…)


さくらはベランダの植木鉢に水をやり終えると、急いで部屋の中に入った。


陽が射し込むカーテンの境目をレイがくいっと引っ張り閉めた。


―暑いわねぇ。霊体にしてあげたくなっちゃう。


「霊体だと暑くないんですね」


―実体化してなければいつでも快適よ。しっかり水分補給しなさいね。ミネラルをバランスよく摂ってね。冷やしすぎにも気を付けるのよ。


レイは体をより透けさせて拡げるとクラゲのようにプカプカと宙を泳いだ。


(天界人の体、便利だなぁ~。)


さくらは大の字にころんと寝転がり、漂い降りるエアコンの冷気を浴びた。


博晃は太陽人の他にも色々な宇宙人の特徴を考えて話してくれた。


例えば水星人は地中に住んでいて、高温で柔らかい流動的な生物。星が暑い期間は活動的だが、誤って地表に出ると死んでしまう。寒い期間は凝固して冬眠するのだそうだ。


ぐちゃぐちゃのクレヨンの線でそのようなことを一生懸命表そうとしているのがコウの魂だと思うと、一層可愛らしくて、愛しかった。


―やっほー!レイさ~ん。


うとうとしていたさくらのこめかみの奥に届いたのは、サカでもレイでもない懐かしい声。


目を開けると、さっき閉めたカーテンの前に天界の同じ人間調査課で働くモニがふわりと浮かんでいる。


モニは「お久しぶりでーす」とレイに嬉しそうに飛び付いた。


―モニ!久しぶりね。


「モニちゃん!久しぶりだねぇ!もう還ったの?」


さくらはパッと起き上がり、懐かしい同僚の姿に両手を挙げて喜んだ。


モニはテンが転生する15年前にブラジルで転生していたはずだ。


―わぁ~これがテンなのかぁ!久しぶり!昨日帰還したんだー。テン可愛い~!


モニはさくらに抱きつこうとしたが、実体化していなかったのでスカッとすり抜けてしまい、陽気に笑った。


―どうテン、人間としての生活は?しんどくない?


「ううん!楽しいよ!モニちゃんは御告げ係?」


―テンとコウさんが転生したって聞いて見に来たの。私急死しちゃったから、これから遺してきた家族のところにフォローに戻らなきゃいけないんだ。その前に二人見たくてさぁ。コウさんは近所なんだよね?


―たぶんもうそろそろ来るわよ。


「今日は4時に約束してるんだぁ!」


―楽しみ~。いいなぁテン。日系人の友達がつやっつやの黒髪でさぁ、憧れてたんだよー日本人。しかもコウさんと一緒でしょ。


モニはさくらの髪をさらさらと触りながらいいなぁと何度も言った。


ピンポーン。


玄関のチャイムに「あ、ひろくん来たよ!」と言ってさくらが飛び出して行った。


―「ひろくん」って、コウのことね。ヒロアキっていうのよ。


とレイがモニに教えた。


玄関では、サカが愛の頭の周囲を飛び回り、服の裾をはためかせて風を送っている。


―あ、サカくん久々~!


―モニ!あれ?還ったの?サブリナ死んじゃったの?もしかして熱中症?


―いやぁ、事故っちゃって。まぁ任務は大方済んだけど。


愛がよたよたと壁に手をついた。


「ごめん、来て早々で悪いんだけど、横になっていい?気分悪くてさ…。」


「え~っ大丈夫?今日暑いもんね。ここ寝てて。待ってね、ゼリー飲料冷やしてあるから。ひろくんも一旦水分補給しようね」


「ぼくはだいじょうぶだよ。おかあさんにいっぱいあげてくれる?」


―えっ…。これコウさん?やばっ!可愛い!ってかイケメンじゃない?!


―でしょー。パパさんママさん美男美女だからさ。コウさんこっちの世界でもハイスペックなんだよ。ずるいよねー。


不平のように言いつつもサカは自慢の我が子を褒められた親のように得意になった。


―あ、レイさ~ん。ママさんに力分けて貰えます?外出たら一瞬で汗だくだくなんですよ。僕が分けてひろくんがバテちゃったらいけないし、さくらが平気なら。


―私は大丈夫ですよ~。


茹でたほうれん草のようにソファにくたっと横になる愛をレイがふわりと通り抜けた。


―コウさんお久しぶりです!わ~!きらっきら!コウさん、アイドルなれますよ!


博晃に向かって話しかけるモニを見て、さくらは「あっ」と声を漏らした。


―モニちゃん、コウさんは見えないの。


「? さぁちゃん、なにしてあそびたい?」


「あ、えっとね…!いろえんぴつ、かってもらったの!おえかきしたいな」


「いいよ!」


―転送ミスで、記憶も繋がってないのよ。


―えっ、そうなんですか!?…そっかぁ。


小さな机に落書き帳を広げ、向かい合って絵を描く二人。


モニは机に頬杖をついて「ふ~ん」と博晃の顔を覗き込み、ちらっとさくらの顔を見ると、ニタリと笑った。


―なるほどぉ。じゃあこっそりほっぺにチューとかしちゃってもバレない感じですか。むふふ…。


「えっ!…」


―こら、モニ。いくらわからないからってそんな…


―アハハッうそうそ~。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃないですったら!


「さぁちゃんどうしたの?」


「あ、なんでもないよ」


「またぼーっとしてたの?」


博晃は「しょうがないなぁ」と笑った。


「えへへ。なにかいたの?」


「はくちょうざだよ。ここにブラックホールがあるんだよ。」


「あ!このまえ、ずかんでみせてくれたやつだね!えっとね、これが、でねぶ!」


「せいかい!」


幸せそうに微笑み合う二人をモニは交互に見た。


―やだぁ、なんか萌えるこの状況~!あの不器用なコウさんが。


―え?コウさん不器用だった?靄細工上手だったけど。


さくらが首をかしげた。


―あ、ううん。気にしないで!


モニはふふっと笑うと、レイとサカと共に可奈子と愛の元へ移動した。


ソファに横になっていた愛が、「ごめんね~もう大丈夫だわ」と起き上がり、ふぅぅと息を吐いて頭を押さえた。


―急に動いたらダメよ、愛さん!


―そうですよ!もうちょいゆっくり休んで!

―そうそう!


「急に動くと良くないんじゃない?もうちょいゆっくり休んどいたら」


「う~。ありがとう」


―よしよし。


三人は愛を囲むようにソファの縁に座った。


―見た目違うから実感湧きにくいけど、コウさんがテンとこうして二人で微笑みあってると思うとめちゃくちゃキュンキュンしますね。


モニがパタパタと愛を扇ぎながら小声で言うと、サカもレイもニヤリと笑って「でしょ」と言った。


―婚約してるのよ、二人。


―まじっすか?テンとコウさん結婚すんの?ひゃー!でも記憶ないんでしょ?天界に還ってからどうなんの?


―どうなるかねぇ。そこは僕らも楽し…心配なところだけど。コウさんのハイパー悶絶慚愧タイムが待ってるだろうね。



その時、カーテンの前に拳大の白い光がぽうっと灯った。


光はアーチ状に広がり、そこからモニの憑き人をしていたトキが現れた。


―モニちゃん、そろそろいかないと。サブリナの葬儀用意してるよ。スオさんが今フォローに行ってる。あ、どーも皆さん久しぶり。


―わかりましたぁ~。


モニは再びさくらの元へふよふよと飛んだ。


―テン、私行くね!頑張ってね!車に気を付けてね!


―うん、ありがとう!またね!


「はさみどこやったかな…」


可奈子が左手にお菓子の袋を持ち、右手をはさみの形にしてチョキチョキと動かしながらあちらこちらをうろうろと探している。


モニはソファの横の棚の上に置かれたはさみを見つけると、小さなベルをチリンチリンと鳴らした。


―ママさ~ん、探し物これですか?


「可奈子~。はさみここにあったよ!」


「おおっ!私もちょうど今そこかなって思った。ありがと」


モニは満足そうに笑ってベルを光の塊に変え、それをアーチにして潜って行った。


トキがさくらと博晃の元へ寄っていった。


―トキさん、こんにちは。お久しぶりです!


―こんにちは。テンちゃん可愛い。いやぁ、これがコウかぁ。噂によると転送ミスがあったそうで。


―可愛いんですよ、コウさん。


サカが可笑しそうに言い、さくらは苦笑した。


―あ、コウのところ来年の春頃赤ちゃんが生まれるんだって。人員配置するか話し合うからレイとサカは一旦戻れって通達です。


―赤ちゃん?!わぁ~!楽しみです!


―あ~。それで愛さん具合悪そうなのね。


―確かにコウさんがこの状態ですから、もう一人配置してもらったほうが助かりますね。


―え~いらないわよ。普通の人間の赤ちゃん可愛がりたいもの~。


確かに、天界の誰かだと思うと可愛がるに可愛がれないなぁ、とさくらは想像した。


モニが言っていた「任務」という言葉を思い出した。


(コウさんのお仕事…の、代わり…。)


博晃が「またさぁちゃん、ぼーっとしてる~」と微笑んだ。




「課長~!見てきましたよ。記憶のないコウさんがテンに超あまあまで超~尊かった~」


モニは部署に戻るとさくらと博晃の様子をきゃっきゃとはしゃいで話した。


「うわ~見たい!私も見にいこうかな~。コウが還ってからどうなるのかが楽しみすぎる」


課長のカクは読んでいた本を閉じると頬杖をついてにまにまと笑った。


「コウさんの弟妹に人員配置するって話、やっぱり無しですよ!そんなことしたらテンが遠慮しちゃうじゃないですか。野暮っすよ、野暮。任務がどうこうより優先させるべきはテンとコウさんの恋の行方でしょ!」


「それもそうよね。よし。一般霊でいこう」


「モニちゃん、いたいた!急いで~!彼氏くんが事故起こしたトラックの人を殺そうと考えてる!今スオさんが隙間に憑依して緩和してるんだけど、定着しちゃいそうだよ」


「ヒィッまじか!私が入れ替わります!」


モニは慌ただしく再び下界に降りていった。

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