第8話 中身は大人なんですか?
桜のつぼみが膨らみはじめ、上着を羽織らなくても快適に過ごせる日が増えてきた。
博晃は昨日、さくらは今日で三歳になった。
「さぁちゃんはプレゼント何貰ったの?」
「えっとねぇ、おとうさんがかえってきてからね、いっしょにみにいくの。まだわかんないの。」
愛の問い掛けにさくらがにこにこと答えると、愛は甘やかす声で「そうなの~」と言ってさくらのマシュマロのような頬をうにうにと揉みしだいた。
「さぁちゃん、きて!ぼくのたんじょうびプレゼントみせてあげる」
博晃に誘われてさくらは少し追いかけてからまた愛の元へ駆け戻り、「こんにちは。おじゃまします」と礼儀正しく頭を下げた。
誕生日のお祝いとお礼のやりとりがあったために挨拶を忘れていたのだ。
愛が同じように頭を下げて「はい、こんにちは。どうぞ」と言うと、さくらは満足そうに博晃の待つ部屋の奥に駆けていった。
「プレゼント、これといって欲しいものがないみたいでね。とりあえずオモチャ屋さん見に行こうかって言ったら、オモチャ屋さんよりそこのリサイクルショップがいいって。」
可奈子が補足をした。
「えー何それもしかしてお金のこと気にしてくれてんの?」
「いや、まさか~!あの店が好きなんじゃないかな。商品剥き出しで山積みに置いてある感じが、わくわくするんじゃない?宝探しみたいで」
「わかんないよ~?さぁちゃん賢いもん。実はこっちのほうが安いとか考えてんのかもよ」
愛がトクトクとコップにお茶を注ぎながらふふっと笑った。
「ひろくんには何あげたの?」
「扇風機」
「扇風機?!ひろくんも謎だなぁ」
―もう3歳かぁ。なんか感慨深いわね。
―えへへ。結構生きましたよね。
―ハハハ、何言ってんの。まだまだこれからだよ。長くて苦しい人生が
―こら。やめなさい、サカ。
レイがサカの輪を引っ張り、離した反動でバチンと頭に当てた。
―あ、ひろくんがハサミ踏みそう!
サカの声にさくらは慌てて床に放ってあったハサミを拾って閉じた。
「ひろくん、ハサミがだしっぱなしだったよ」
「あ、そうだった!ごめんね」
「ハサミふんだらねぇ、ちがでちゃうからね」
「うん!きをつけるね!」
その様子を見ていた愛が「私が注意しても聞かないのにさぁちゃんの言うことには従順なの、なんで?」と可奈子に冗談っぽく不満を言った。
レイとサカの助言もあるお陰で、愛はさくらが一緒だと安心して遊ばせられると感じていた。
レイとサカは、子どもの遊びを見ているのに飽きると、さくらと博晃のもとを離れて自由に行動する。
そして博晃から離れないさくらにレイが「しんどくない?自由にしてたらいいわよ」と心配することがある。
しかしさくらにとって案外、子どもとして遊ぶのは楽しいものだった。
ブロックやお絵かきをするのも博晃と二人で何だかよくわからないような遊びをするのも好きだ。
多くの母親たちが子供の遊びに合わせてやる時に伴う疲労やストレスなどを感じることはなく、むしろ博晃といると心が和むぐらいだった。
「幼稚園もうすぐだね。」
カレンダーを見ながら可奈子が言った。
「トイレが心配すぎる~。まだほぼ毎日おもらしするもん」
愛が顔をしかめて小さく博晃を指差した。
博晃は、分解してある扇風機の羽根を「スイキンチカモクドッテンカイ!」と叫びながら回して喜んでいる。
さくらは何かの呪文かな?と思いながら真似をして一緒にきゃっきゃと遊んでいる。
「3月生まれさんの宿命だよね」
「でも、さぁちゃんはおもらししないでしょ?」
「そうなんだよ」
可奈子が首を捻って考え込むようなポーズをした。
「違うクラスになる可能性があることをまだひろに伝えられてないんだ~。さぁちゃんと離れるなら幼稚園行かないって言いそうで」
「ありそう。さぁちゃんもひろくん大好きだからなぁ。でも入園したあとに、離ればなれにされるなんて聞いてないぞ!ってなるとね」
「幼稚園そのものに嫌悪感を懐きかねないね。やっぱ言っとくべきか。」
愛が悩ましげに頬杖をついてコップをコツンコツンと指で弾いた。
「さぁちゃんにさりげなく示唆してもらおうか」
可奈子の提案に、どうやって?と愛が首をかしげる。
可奈子は、さぁちゃん、さぁちゃんとさくらを手招きした。
「君に任務を与えよう」
「なぁに?」
「ひろくんにね、幼稚園一緒のクラスになるといいね~って、楽しみな感じで伝えてくれる?」
「わかった!」
さくらはニッコリ頷くと、足早に博晃のもとに戻り、「ひろくん!」と声をかけた。
「もうすぐようちえんだね!」
「うん!」
「いっしょのくらすになれたらうれしいね!」
「えへへ。うれしいね」
その様子に愛は、目を丸くしてはぁ~っと感心した。
「凄いね、さぁちゃん。あの言い回し、まるで我々の意図を汲んでるかのような。」
「けどひろくんに伝わったのかね、あれ。」
あまりにあっさりとしたやりとりに、今度は可奈子が首をかしげる。
「…どうだろう?マイナスには捉えてないようだけど…」
「あ、もしかして『クラス』ってものが何なのかわかんないんじゃない?」
「ああ~、そこかぁ~」
愛がぺたんと机に伏せた。
時計に目をやると3時を指そうとしているところで、愛は「そろそろおやつか」と呟いて立ち上がった。
夢中で遊んでいたはずの博晃とさくらは、その言葉に耳ざとく反応して「やったー!」「おやつー!」と飛び跳ねた。
愛が戸棚を探っていると、博晃が「おやつなぁに?」と椅子によじ登った。
「待ってひろ。ほら、さぁちゃん見てごらん。何してる?」
「おたかずけ!おたかずけする~!」
博晃は遊んでいた場所へ走って戻り、さくらと一緒におもちゃの片付けを始めた。
「私いつもさぁちゃんのこと利用してるな。ごめんね」
「お手本になるなら使えばいいと思うけど、…正直あの子は歳相応じゃない気がするからな…」
「確かに、さぁちゃんと比べると可哀想かな。ひろが全部劣ってるみたいになるし。本当しっかりしてるよね」
「そうなんだよねぇ。女の子はこんなもんなのかと思ってたけど、やっぱ他所の子と比べても聞き分けいいみたい。全然泣かないし。逆に心配なんだよね」
「実は中身大人なんじゃないの?ほら、最近よく見るアレよ。ラノベの、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったとか」
「『転生先で幼なじみ攻略ゲーム』みたいな?」
「『アイドルの後追いで死んだら彼の幼なじみに生まれました』みたいな」
「『転生したから理想の旦那を育てるよ』みたいな」
「『前世のダメ旦那、私がしつけ直します』みたいな」
―ママさんたちすっごーい!結構いい線いってるじゃない?
レイが驚いた表情で拍手をした。
―正解は『一緒に転生したのに、記憶がないなんて聞いてない!~俺がついてるって言ったくせに~』でした~
―なんか僕怖いですよ。こっそり僕らが見てることにも言及されるんじゃないかって。
サカは机上のビスケットに伸ばそうとしていた手を引っ込めて言った。
「そういえば、さぁちゃんこの前ひなちゃんのことしつけてたよ。そう、これ言おうと思ってたんだよ。子供たちの手前言えなくて忘れてたわ」
愛が手を叩いて、愉快そうにずいっと可奈子に寄って言った。
「ほんとに?ひなちゃんって今度一年生の子だよね。なんて?」
可奈子が可笑しそうに口元を押さえた。
それはつい先日、公園での出来事だ。
ひなが水道の蛇口を道路に向けて噴射して遊んでいた。
そこへ砂遊びセットを洗いにきたさくらが「ねぇねぇ」と声をかけた。
「とおりみちにとんじゃってるよ」
「べつに、これぐらい。こんなんじゃ怒られないし」
するとさくらは少し考えてから言った。
「あのねぇ、『おこられるから』ダメなんじゃなくてね、『みずがかかったひとが、いやなきもちになるから』ダメなんじゃないかなぁ?」
ひなは年下のさくらに説教じみたことを言われたのが気にくわないようで、むっと口を尖らせた。
少し離れたところで様子を見ていた愛が駆け寄って、
「ごめんね、洗いたいから水使わせてくれる?」
と姿勢を低くしてひなに聞き、ひなが場所を譲ると、
「ごめんね。ありがとねぇ。」
とさくらがひなに礼を言った。
「いやあの時まじで、さぁちゃん本当は何歳なん?って思ったよ。神童だよ、たぶん」
「『前世・保育士の世直し日記』みたいなかんじか」
「さぁちゃん先生のお陰でひろも良い子に育ちそうだわ。それに比べて私の情けなさたるや…。とにかく穏便に終わらせようとしか考えられなくて。ひなちゃんのお母さんも近くにいたし」
「それはねー。仕方ないよ。そんなもんだよ」
一連の話を聞いていたレイが、ふよふよとさくらの元に飛び、
―さくら、もう少し幼さプラスでいきましょうか。
と言うと、不思議そうな顔をしたさくらを残してまたふよふよと戻っていった。
―神童だなんて思われてたら英才教育が始まりかねないわ
―ひろくんも同じぐらいの子達と比べたら実はかなり賢いんですけどね。
「ああ、でも予防接種の時はすごい嫌がって泣いてたよ。怖い怖い言って待合室の隅っこから動かなくて。」
思い出したように可奈子が言った。
「かーわいい~!そういうところはやっぱ普通のちびっこなんだね。」
―そうそう。説得するの大変だったのよ。インフルエンザ二回接種しなきゃだし
「おたかづけおわったよ!」
「ビスケットすきー!うれしいー!」
嬉しそうな二人の様子に、サカは「どっからどう見ても普通のちびっこだよなぁ」と頷いた。
―コウさんの記憶があったら、中身大人かって即疑われそうですよね。さくらはほとんどテンのままでも一応通用してるけど。
―たしかに。転生のことを人間たちがこんなに身近に認識してるなんて思わなかったものね。別にバレたらいけないなんてこともないけど。
―でもコウさんが子どものふりするの、見たかったなぁ。
―本当よねぇ。
ーああでもそしたら缶詰タイムが増えそう
―それは嫌~
レイとサカはしみじみと言いながら、さくらと博晃がおやつを食べて「おいしいね」と微笑み合うのを眺めていた。
ふとレイは、そういえばさくらは最近コウのことを言わなくなったなぁ、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます