第2話 下界へ転送
「はーい、今回降りる皆さんはこちらへー。講習会を始めますよ」
柵の中には機械とアーチがある。両者はたくさんのコードで繋がっていて、銀色に輝く細やかな装飾のアーチの上には、それには不釣り合いな安っぽい信号機がいかにも突貫工事らしくくっつけられている。
入口付近にポツンとあるその機械たちが、上とも下とも区別がつかないこの真っ白な空間の広漠さを強調していた。
柵の中に入ってすぐ、転送係のトユが小さなベルをチリンチリンと鳴らして4人を招集した。
トユが機械のボタンの一つを押すと、ウィーンと音を立てながら掌より一回り大きいリングが出てきて、それを掲げた。
「これが最新の『プライバシーまもるくん』です。憑き人としていく皆さんはこれが転送装置になります。人間の皆さんのプライバシーをまもる為に、人の「見られてない」「見られたくない」という安心感あるいは緊張感警戒感等を感知して、憑き人を排除します。トイレや入浴、内緒話などもご安心くださ~い」
慣れた様子で説明をして、再び機械に戻す。
「排除ね…。あのビューンって空に吸い上げられる感じ苦手なんだよな」
サカがしぶしぶと持っている資料を渡しながら言うと、
「そういったご意見が多かったので、改良されてますよ」
とトユが得意気に受け取った。
黄緑の光を放つスキャナに資料を読み込ませると、機械の中でリングがシュルシュルシュルと音を立てて回り、ピコンという可愛らしい合図とともに出てきた。
トユがリングを手にとってサカの頭頂にぐっと押し当て、サカは思わずぐっと声をもらす。
トユがはい装着~と手を離すと、リングはサカの頭上15センチほどのところにぽんと浮き上がり、鈍く光りだした。
横に引っ張り離すと、バネのようにぽよよんと揺れて元の位置に戻り、トユはオッケーですと満足げに言って次はレイから資料を受け取った。
「それからこれは霊力の吸引装着でもあります。霊体のみの憑き人が下界に留まり続けるには、転生した者の霊力を分けてもらう必要がありますので」
と付け足した。
同じようにシュルシュルと回って出てきたリングを、レイは「自分でやるから」と言って受け取り装着した。
「転生するお二人は二つです。記憶や霊力を留め、再び記憶を持ったまま帰還する役割があります。イヤリングになってますので両耳に装着してください」
二人の資料を受け取りスキャンする。
レイがテンにイヤリングをつけてやった。
「前にも伝えましたが、要望の地域に双子の男女の予約が取れなかったので、誕生日が1週間違いの予定のご近所さん同士になります。転勤なし、お母さん同士も同級生のお友達ということですので問題ないかと思いますが」
「はぁい。大丈夫です!」
両耳につけられたイヤリングをツンツンとつつきながらテンが返事をした。
コウはちらりとテンの様子を見て、小さく咳払いをした。
「…あのさ、テン。…還ったら、俺と」
装着しながら言いかけたところで、コウはテンの興奮気味な声が少し遠くから聞こえることに気づいた。
「これで私たちの記憶とか霊体とかを飛ばせるんですか?」
いろいろなスイッチやツマミでごちゃごちゃとした機械をまじまじと見ている。
「ここ100年200年ぐらいで一気に開発が進んでね。前は複雑な魔法陣描いて何人もで霊力を送って、大変だったんだよ。記憶の定着も悪かったし」
今じゃあ僕の指一本で完全に制御できるのさ!と、転送係のカツがふふんと鼻を蠢かし、装置工のクコも一緒に得意気に頷いた。
「ねえ、レイさん、これすごいですね!…あれ、みなさんどうされました?」
テンが振り返ると、皆の様子がなにかおかしいことに気づいた。
「いや、かっこつけしいのダサいところを見てしまって…」
とレイは笑いを堪え、サカとトユは「お労しや」という目でコウを見ている。
コウは低い声でなんでもないと項垂れた。
ピヨピヨ、ピヨピヨ、と鳥の鳴き声がアーチから鳴り出した。信号機の青い灯りが点っている。
「さ、門をくぐってくださいね。ここからはお一人ずつです。」
カツが一人ずつと握手をかわし、レイがテンに「またあとでね。」と強くハグをした。
テンがコウを見ると、うっすらと微笑んでいる気がしてた。
「行ってきます!」
テンは笑顔で皆に別れを告げた。
胸を高鳴らせ、そっとアーチの先に足を踏み入れる。すると、くぐったところからみなわが体を覆い、立ちのぼって消えていった。
後ろを振り返ると、もうそこにアーチはない。しかし不思議と、怖さや不安は感じなかった。
少し歩くと体がふわりと浮かび上がり、力を抜くと温かく柔らかな陽射しに包まれているような感覚がした。
心地よさに眠気が訪れテンはそっと目を閉じ、まどろみの中で、コウさんももう寝てるかな、と考えた。
どこからか優しい歌が聴こえる。
やがて何時間、何日といった時間の感覚はなくなり、ただ安らぎに身を任せるばかりだった。
たまにすこし苦しいような、なんとなく不快なような気がしたりもしたが、それらが丁寧に取り去られるたびに、優しく甘い幸せを感じた。
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