第6話 塾長の決断

 4月も残すところあと数日となった今日この頃、塾長のけいはカレンダーを眺めながら思案していた。


 それは秀介しゅうすけのことだ。

 彼がこの塾に来てから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。つまり、初めに伝えていた試用期間があと少しで終わるのだ。


 どうしたものか……。

 京から見て秀介は、男にしてはかなり誠実で勤勉だと評価している。

 職場の人間関係も悪くはない。むしろ良好という判断が適切だ。


 ……いや、実際のところはどうなのだろう。


「あ、そうだ」


 仕事ももう少しで終了間近、オフィスにはしずく桃杏ももがいた。

 ちなみに今日、秀介は非番だ。

 もう少しで帰宅しそうな二人に、京は声をかけた。


「おーい、お二人さん。この後、一杯付き合ってくれないか?」


 京の言葉に、雫が意外そうな顔をした。


「京さんから誘ってくださるなんて珍しいですね!」

「まあ偶にはな。桃杏はどうだ?」


 席を立とうとした桃杏が座り直し、京の方へと体を向け、こくりと頷く。


「ウーロン茶しか飲めませんが」

「よし、決まりだな。じゃあ行くか」


 京がそういうと、3人はオフィスを後にした。




「らっしゃいませー!何名様でしょうか?」

「三名です」


 大きく明瞭な店員の声に迎えられ、三人は居酒屋の入り口をくぐる。そのままテーブル席へと案内され、ドリンクを注文する。


「生1つ」

「私はこのカシスオレンジで」

「ウーロン茶」


 程なくして、テーブルにドリンクが運ばれたので乾杯をした。

 それからは仕事の話であったり、最近ハマっていることなど、他愛もない話をダラダラとしていた。

 そんな中、京が「あのさ」と前置きをし、口を開いた。


「秀介のことなんだけどさ、お前たちから見てどう思う?」


 突然の話題に、雫と桃杏はぱちくりとお互いの顔を見た。桃杏が首を傾げている横で、雫は京の言いたいことを何となく察していた。


「……それが聞きたくて、高山クンがいない今日飲みに誘ったんですね」


 京は「まあな」と言い、笑みを浮かべながら頬をかいた。


「実はさ、秀介をウチに置く条件……とまでは言わないけど、この1ヶ月は試用期間として雇ってたんだ。それ以降はアタシの方で判断するってな」


 雫と桃杏は静かに聞いていた。


「アタシとしてはまぁ、悪いやつじゃないとは思ってるよ。だが職場である以上、お前たちの意見も聞いておきたくってな。何せこの女社会の中に男様を置いておくんだ。職場の意見を最優先に尊重したい」


 少し沈黙が流れた後、雫がゆっくりと口を開いた。

 

「……良いと思いますよ」


 京と桃杏の視線が雫へと向く。


「最初はどうして職場に男の人がいるの、何て思っていました。私自身、これまで男の人との交流が少なかったため、どう関わっていいかなんて分かりませんでした。それに、苦手意識もありますし……」


 少し雫が伏し目がちになった。


「でも高山クンは違いました。これまでの男性とは打って変わって、優しく、思いやりがあり、仕事に対してとても一生懸命です。男の人と一緒の空間にいて、こんなに心地が良いと思ったのは初めてです。なので、良いと思います。……いえ、高山クンだから良いんです」


 雫の想いを聞いた京は、秀介に対し関心をしていた。職場の中でも1番距離が近い雫にここまで言わせるんだ。それだけで彼の人柄の良さが十二分に伝わる。

 

「にしても、まるでプロポーズみたいなセリフだな」

「か、からかわないでください!」


 ニヤニヤと京が茶化すと、雫は頬を染めプイとそっぽを向いた。


「桃杏はどう思う?」


 京はすぐさまおちゃらけた雰囲気を切り替え、桃杏へと問いかける。


「…………私は」


 桃杏は手に持っていた、氷だけとなったグラスの中を覗きながら口を開いた。


「……男なんて、嫌いです。どうしようもない奴らばっかだし、何様だっていうくらい横柄だし。……ホント、ムカつく。初め塾長から話を聞いたときは、酷く動揺しました。なので初対面のときも、どうせロクでもない野郎なんだろうなと思い、毒を吐きました。ですが……」


 グラスの中の氷が、カランと音を立てる。


「高山さんは、対等に私と接してくれました。男とか女とか、年齢とか立場とか、そんなの関係なく。職場の同僚として、等しく私に接してくれました。それが、とても嬉しかった……。なので、私も水瀬さんの意見に賛成します」


 京は桃杏に「そうか」と口角を上げて相槌をした。


「それにしては秀介に対する態度キツくないか?」

「そ、それはッ…………『よろしくしない』と言った手前、今更どう謝ればいいか分からなくなって……」


 桃杏の声が段々と小さくなる。その様子を見て京はケラケラと笑う。


「アハハ!早めに謝らないと余計に言いづらくなるぞー。この前もエントランスの方で、大きな声出してケンカしてたろ」

「あ、あれはッ…………別にケンカじゃないです」


 視線を逸らし縮こまる桃杏を雫が慰める。


「……了解。二人の気持ちはわかったよ」


 京はそう呟くと、しけた空気を吹き飛ばすため再度三人で乾杯し直した。




──数日後。


「秀介、話がある。応接室に来い」

「あ、はい。わかりました」


秀介はそう返事をし、応接室に向かう京の後に続いた。

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