第6話 塾長の決断
4月も残すところあと数日となった今日この頃、塾長の
それは
彼がこの塾に来てから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。つまり、初めに伝えていた試用期間があと少しで終わるのだ。
どうしたものか……。
京から見て秀介は、男にしてはかなり誠実で勤勉だと評価している。
職場の人間関係も悪くはない。むしろ良好という判断が適切だ。
……いや、実際のところはどうなのだろう。
「あ、そうだ」
仕事ももう少しで終了間近、オフィスには
ちなみに今日、秀介は非番だ。
もう少しで帰宅しそうな二人に、京は声をかけた。
「おーい、お二人さん。この後、一杯付き合ってくれないか?」
京の言葉に、雫が意外そうな顔をした。
「京さんから誘ってくださるなんて珍しいですね!」
「まあ偶にはな。桃杏はどうだ?」
席を立とうとした桃杏が座り直し、京の方へと体を向け、こくりと頷く。
「ウーロン茶しか飲めませんが」
「よし、決まりだな。じゃあ行くか」
京がそういうと、3人はオフィスを後にした。
*
「らっしゃいませー!何名様でしょうか?」
「三名です」
大きく明瞭な店員の声に迎えられ、三人は居酒屋の入り口をくぐる。そのままテーブル席へと案内され、ドリンクを注文する。
「生1つ」
「私はこのカシスオレンジで」
「ウーロン茶」
程なくして、テーブルにドリンクが運ばれたので乾杯をした。
それからは仕事の話であったり、最近ハマっていることなど、他愛もない話をダラダラとしていた。
そんな中、京が「あのさ」と前置きをし、口を開いた。
「秀介のことなんだけどさ、お前たちから見てどう思う?」
突然の話題に、雫と桃杏はぱちくりとお互いの顔を見た。桃杏が首を傾げている横で、雫は京の言いたいことを何となく察していた。
「……それが聞きたくて、高山クンがいない今日飲みに誘ったんですね」
京は「まあな」と言い、笑みを浮かべながら頬をかいた。
「実はさ、秀介をウチに置く条件……とまでは言わないけど、この1ヶ月は試用期間として雇ってたんだ。それ以降はアタシの方で判断するってな」
雫と桃杏は静かに聞いていた。
「アタシとしてはまぁ、悪いやつじゃないとは思ってるよ。だが職場である以上、お前たちの意見も聞いておきたくってな。何せこの女社会の中に男様を置いておくんだ。職場の意見を最優先に尊重したい」
少し沈黙が流れた後、雫がゆっくりと口を開いた。
「……良いと思いますよ」
京と桃杏の視線が雫へと向く。
「最初はどうして職場に男の人がいるの、何て思っていました。私自身、これまで男の人との交流が少なかったため、どう関わっていいかなんて分かりませんでした。それに、苦手意識もありますし……」
少し雫が伏し目がちになった。
「でも高山クンは違いました。これまでの男性とは打って変わって、優しく、思いやりがあり、仕事に対してとても一生懸命です。男の人と一緒の空間にいて、こんなに心地が良いと思ったのは初めてです。なので、良いと思います。……いえ、高山クンだから良いんです」
雫の想いを聞いた京は、秀介に対し関心をしていた。職場の中でも1番距離が近い雫にここまで言わせるんだ。それだけで彼の人柄の良さが十二分に伝わる。
「にしても、まるでプロポーズみたいなセリフだな」
「か、からかわないでください!」
ニヤニヤと京が茶化すと、雫は頬を染めプイとそっぽを向いた。
「桃杏はどう思う?」
京はすぐさまおちゃらけた雰囲気を切り替え、桃杏へと問いかける。
「…………私は」
桃杏は手に持っていた、氷だけとなったグラスの中を覗きながら口を開いた。
「……男なんて、嫌いです。どうしようもない奴らばっかだし、何様だっていうくらい横柄だし。……ホント、ムカつく。初め塾長から話を聞いたときは、酷く動揺しました。なので初対面のときも、どうせロクでもない野郎なんだろうなと思い、毒を吐きました。ですが……」
グラスの中の氷が、カランと音を立てる。
「高山さんは、対等に私と接してくれました。男とか女とか、年齢とか立場とか、そんなの関係なく。職場の同僚として、等しく私に接してくれました。それが、とても嬉しかった……。なので、私も水瀬さんの意見に賛成します」
京は桃杏に「そうか」と口角を上げて相槌をした。
「それにしては秀介に対する態度キツくないか?」
「そ、それはッ…………『よろしくしない』と言った手前、今更どう謝ればいいか分からなくなって……」
桃杏の声が段々と小さくなる。その様子を見て京はケラケラと笑う。
「アハハ!早めに謝らないと余計に言いづらくなるぞー。この前もエントランスの方で、大きな声出してケンカしてたろ」
「あ、あれはッ…………別にケンカじゃないです」
視線を逸らし縮こまる桃杏を雫が慰める。
「……了解。二人の気持ちはわかったよ」
京はそう呟くと、しけた空気を吹き飛ばすため再度三人で乾杯し直した。
*
──数日後。
「秀介、話がある。応接室に来い」
「あ、はい。わかりました」
秀介はそう返事をし、応接室に向かう京の後に続いた。
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