第4話 初めての生徒

「おーい、秀介しゅうすけ

「はい、何でしょう?」


 けいが秀介に手招きする。


「今日から新たに入塾する子がいてな、オマエその子の担当になれ」

「え!ホントですか!」

「オマエの講師としてのスキルを見た限り、大丈夫だろう。ほら、コレ」


 そう言うと、京は持っていた資料を秀介に手渡した。

 受け取った資料に目を通す。生徒の名前を見ると「橘柚乃たちばなゆの」と書かれていた。歳は16で、この春高校2年生になったようだ。


「何か質問は?」

「いえ、特にありません」


 京がジト目で睨む。


「……女子高生だぞ」

「はぁ……そうですね」


 京の頭はガクッと垂れ下がった。


「鈍いオマエには分からんか……くれぐれも恋愛沙汰は起こすなよ」

「ハハハ、いくらなんでも高校生相手にそんな気起きないですよ」


 ケラケラと答える秀介に京は頭をかかえる。


「……オマエではなく、を心配してんだが」


 コホンと京が咳払いをする。


「ま、担当講師が男ってことは予め生徒の方にも伝えてあるから」


 んじゃヨロシク、と言い京は席を外した。


 久々の講師としての仕事に、秀介はやる気に満ち溢れていた。


「よし、頑張ろ!」




「はッ、初めまして!えっと……た、橘柚乃と、申します!よ、よろしくお願いしますッ!!」

「初めまして、高山と言います。今日からよろしくね、橘さん」


 橘さんが塾へとやって来た。ミディアムヘアで落ち着きのある茶髪。大きな瞳に長いまつ毛、まるでお人形さんのように可愛らしい。加えて、華奢な体にセーラー服がよく映えている。


「初回だから、少しお話でもしてから講習に入ろうか。緊張しなくて良いからね」


 お互い席に着く。秀介が講習の準備をしていると、柚乃はじーっと何か言いたげに秀介の顔を見ていた。


「……し、質問いいですか?」

「うん、良いよ」

「……あ、あのッ!高山先生って……な、何でここにいるんですか?」


 ほえッ!?

 何この子!唐突なディスり!?

 もしかして担当を同性に替えろとか?確かに、前にいた塾でも同性の方がやりやすいって言う生徒は中にはいたけど……。


「もしかして、女性の講師の方が良かった?」

「い、いえ!そ、そそ、そう言う訳では無いのですが……!」


 柚乃はもじもじとしながら口を開いた。


「お、男の人がいるってだけでも珍しく、不思議な光景で……その上、こ、講師をしているので……あッ!ご、ゴメンなさい!私、とっても失礼なことを……」


 柚乃は突然、顔色を悪くし凄い勢いで秀介に謝る。


「アハハ、別に気にしてないよ。ここでの仕事は、僕がやりたくてやってることだから」


 秀介のあっけらかんとした対応に、柚乃は目をまんまるにして驚く。


「……高山先生って優しいんですね。私、男の人にこんなに優しくされたの、は……初めてです!」


 え、何で?

 会話してるだけだよ?


「橘さんは大袈裟だなぁ。学校に優しい男子はいないの?」


 そう話を振ると、柚乃は少し眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰したような表情をした。


「……だ、男子はいますよ!1クラスに一人ほどは。でも……」


 柚乃の表情が曇る。


「……自分勝手な人が多いし、かなり女子にキツイ態度を取ったり、冷たいし。とってもプライドが高いんですよ……。男の人はそういう人が多い、てことは昔から分かってるんです」


 柚乃の喋りにどんどん熱がこもる。


「でも、心のどこかでは漫画に出てくるような優しい男性に憧れている自分もいて……。いつかデートとか出来たら良いなとか、考えたり……」


 若干ではあるが、柚乃の肩が震えるように見えた。


「……それで、クラスメイトの男子に告白して……。ま、まぁ当然断られましたよ!ブスは失せろ、勉強の出来ないやつは嫌いだ、とか色々言われて……。ア、アハハ!私、昔から勉強は苦手な方で……し、しょうがないですよね〜」


 柚乃の瞳には薄らと涙が浮かんでいた。


「……だから、少しでも自分の欠点を克服したくて、塾に入ろうと……決めたんです」


 柚乃の切ない告白を秀介だけでなく、オフィスに座っている京と雫も静かに聞いていた。同様の経験をしたことがあるのだろうか、京と雫の表情が硬い。


 秀介には理解できなかった。こんなにも可愛らしい女の子に対し、何故その男子はそのような罵声を浴びせられるのだろうか、と。


 橘さんがブス?とんでもない、こんな愛らしい少女はそうそういるもんじゃない。

 勉強が出来ない?そんなの告白を断る理由にもならない。


 秀介は顔の知らない男子に対し、憤りを感じていた。

 これでは、あまりにも彼女が可哀想だ。


「橘さん!」

「はッ、はひ!?」


 秀介は咄嗟に柚乃の手を取り、両手で包むように握りしめた。突然の出来事に柚乃の顔は真っ赤になり、軽くパニックになっていた。

 間髪入れず、秀介の口が開く。


「君は、とても魅力的な女の子だよ」

「○✖︎△@☆%ッッ!!!?」


 柚乃は声にならない声を発している。

 それと同時に、秀介の言葉を聞いていた京は吹き出し、雫はゴツンと机に頭を打ち付けた。


「橘さんを振った男は見る目がない。橘さんは贔屓目なしにとても可愛い女の子だ。勉強だって努力を重ねればいつかは出来るようになる。先生と一緒に勉強を頑張って、いつかその男を見返してやろう」


 秀介の言葉を聞いた柚乃は頬を染め、口をパクパクさせている。

 その後ろでは、雫が鼻血をボタボタと垂らしており、京は雫にティッシュを差し出している。


「……こ!高山、先生ッ!」


 柚乃は顔をうつむき、振り絞るように声を出す。


「わ、私の……側に居てくれますか?」


 オフィスの方からガタッ、と何かにぶつかる音が聞こえた。


 ん?

 側に居て、てどういうことだ?

 ……ああ!なるほど、俺が橘さんの担当講師としてきちんと面倒を見てくれって事か。


 秀介なりに察し良く納得している中、柚乃は自分の発言を振り返っていた。


「(……え、ええ〜〜ッ!ちょ、ちょっと待って!側にいてくれませんか、て……まるで告白してるみたいじゃない!勉強が出来るように、て言葉が抜けてたぁぁ!!ど、どうしよう……)」


 柚乃が勢いよく顔をあげる。


「あ、あの!高山先生、さっきのは……」


 柚乃が言い切る前に、秀介の言葉が被さる。


「うん、(担当として)ずっと僕が君の面倒をみよう」


 秀介は優しい笑みを浮かべ、柚乃に応えた。

 秀介の言葉に京は壁に頭を打ちつけ、雫は吐血した。

 そして、ワンテンポ遅れて柚乃の顔が茹でダコのように赤くなり、最後には頭がショートした。


「いい加減にしろォ!!」


 京の怒号が部屋中に響き渡った。

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