第2話 譲れない想い

「はい、退いた退いた」


 ヤンキー風の女性は秀介しゅうすけを押し除け、扉を開けようとする。


「ちょ、ちょっと待ってください!話だけでも……」


 折角ここまで来て「ハイ、そうですか」と引き返す訳にはいかない。秀介は何がなんでも話し合いをしようと食らいつく。

 その様子を見たヤンキー風の女性はギロリと秀介を睨みつけた。


「冷やかしか?」

「え……?」


 秀介は彼女の言葉の意味がわからなかった。冷やかし?何故そのような言われをしなければならないのか。


「そんな、冷やかしなんて!僕はただ……」


 秀介は無意識に熱が入り、次第に声が大きくなっていく。


「……ねえ、あれ男の人じゃない?」

「キャー!結構カッコ良くない!?」

「何あの女、見せつけてるつもり?」


 心なしか、次第に周囲に人が集まって来ている。


「……チッ。入りな、ここじゃ目立つ」


 秀介は話を聞いてもらえることに安堵し、促されるまま入口をくぐった。


 彼女の後を追いかけながら、中を見渡す。

 入口付近にはソファ、その側にはテーブルがあり、待ち合いとエントランスを兼ねているようだ。少しカフェのような雰囲気があってオシャレに感じる。

 そこを抜けるとパーテーションで区切られた学習スペースが幾つかあり、その対面には講師の作業オフィスが設けられている。イメージで言うと市役所のカウンターで、マンツーマンで指導するタイプのようだ。

 さらに奥に案内され、応接室のような場所へと通される。


「座んな」

「は、はい」


 秀介は恐る恐るソファに座る。

 ヤンキー風の女性も対面のソファに腰掛ける。


「アタシはここの塾長の安井京やすいけいだ。アンタは?」

「あ、私は高山秀介こうやましゅうすけと申します」


 秀介は京の威圧感につい背筋が伸びる。


「あー、固っ苦しいのはいいよ。……んで、何が目的だ?」

「……はい?」


 秀介は質問の意図がわからなかった。


「わざわざ男様がこんな小さな学習塾に何用かって聞いてるんだ」

「そ、それはここで働かせて頂きたいからです」

「何故?」


 京の眼光が鋭くなった。

 張り詰めた空気に秀介の掌にじわりと汗が滲む。


「理由は?何故ここだ?暇つぶしか?男なら働く必要がないだろ?相手が女なら軽々しく了承されると思ったか?」


 京の口調は静かだが、とても荒々しく憤っているように感じた。

 その様子に秀介も気圧される。


「……そもそも」


 京がゆっくりと口を開く。


「お前、人にモノを教えられるのか?」


 じっと秀介の眼を見据える。


「で、出来ます。僕は元々塾講師の経験があります」

「ほう。じゃあ以前はどこで講師をしていた」


 秀介の心臓がドクリと跳ねた。

 当然だ。経験があると言えば勤務場所を聞かれるのは自然の流れ。発言した手前、今更撤回なんてできない。だがここは秀介のいた世界とは違う。故に勤めていた塾など存在しない。どう説明すれば良いか、適切な言葉が出てこなかった。


「……ッ」

「……答えられないのか」


 京はそう言い、立ち上がった。


「帰んな。こっちは遊びじゃないんだ」


 京の冷たい一言が秀介に降りかかる。

 遊びじゃない……。そんなの、わかっている。


「……お、俺は!」


 不意に秀介が立ち上がる。

 それに釣られて、京の肩が少し跳ねる。


「俺は、塾の楽しさを知っています。学校とは違う講師と生徒との距離感や、目の前の生徒をサポートするやりがいや」


 ぽつぽつと言葉がこぼれ出る。


「……事情があり、前の職場についてのことは言えません。でも」


 秀介は顔を上げ、京の目をしっかりと見て答えた。


「生徒を想う気持ちは、誰にも負けません」

「……」


 京はじっと秀介の顔を見つめ、そのまま応接室から出て行った。


「ちょ、ちょっと!」


 秀介は慌てて京を追いかける。

 応接室を出ると、京がオフィスの棚で何やら物色していた。


「あの〜、……痛ッ!」


 様子を伺いながら声をかけると、突然秀介の顔面にバインダーが飛んできた。


「挟んである書類に必要事項書きな」


 京がぶっきらぼうに答える。

 飛んできた書類に目を通すと、そこには雇用契約書の文字が書かれていた。


「て、ことは!」

「1ヶ月だ」


 秀介の目の前に人差し指が立てられる。


「試用期間として雇ってやる。それ以降はこっちで判断する。切られても文句は受け付けない」

「あ、ありがとうございます!」


 秀介は深々と頭を下げる。それを見た京は「やめろ」と言いながら、しっしと手で払う。

 そんなやり取りをしていると


「京さん、お疲れ様です」


 澄んだ声がオフィスに響き渡り、入口の方から声の主が姿を現した。スカートスーツで黒髪ロングの女性。前髪は綺麗に切り揃えられており、ハーフアップのヘアスタイルは清楚でお嬢様な印象を受ける。女性にしては高めの身長で、また美人系な顔立ちのため大人な雰囲気を纏っている。


「丁度良い時に来たな、しずく


 京は雫を手招きする。

 だが、雫はその誘いに応えることが出来なかった。

 雫は肩にかけていたトートバッグをぼとりと落として、わなわなと震えながらこちらを見ている。


「け、京さんッ!お、おお男の人がッ……な、な、なんで……!?」

「今日からコイツ、ウチで働くことになったから教育係よろしく」

「はひッ!?」


 京のあっさりとした発言内容に雫の脳内は処理が追いついていないようで、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと顔色の変化が目まぐるしい。

 ……大丈夫だろうか。

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